表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

はじまり



それは、ある夏の日の出来事だった。その日、ロードラン国の王城の庭園で、王女セレスティアと、剣士ローウェンの婚姻式が執り行われていた。


木漏れ日が降り注ぐ王城の中庭で、二人は誓いのキスを交わした。集まった国民たちは祝福の拍手を送り、父王も涙を浮かべ、娘の幸せを喜んでいた。


ふとそのとき、セレスティアは何かの気配を感じ、顔を見上げた。すると雲が割れ、突如まぶしい光が庭園に降り注いだ。そして、その光のカーテンの中を、一人の美しい天使が舞い降りてきた。


天使の頭上には、かがやく光輪が浮かんでいた。彼女は亜麻色の大きな六枚の羽をはためかせながら、ゆっくりとセレスティアのそばへ近づいた。


天使は語り始めた。静寂に沈む庭園に、天使の声が響き渡った。


【 天使 】───「セレスティアよ、聞け。汝は神の御子を宿した。その胎内に宿る者は、救い主をこの世界に復活させるものなり」


突然の言葉に、民衆のあいだにざわめきが広がった。王は、椅子から立ち上がり、口を開けて呆然とした。ただセレスティア本人だけは、天使のその言葉をあるがまま受け入れた。幼い頃から信仰心の篤かったセレスティアにとって、天使の放つ言葉は、神の啓示そのものであり、疑う余地などなかった。天使は続けた。


【 天使 】───「セレスティアよ、聞け。この世界の東の果て、ベツレヘムと呼ばれる場所において、救い主はお眠りになられた。まことに救い主は、世界に神の教えを伝え、悪を払い、そして人々を癒やした。そして、その旅の途上において、傷つき、ひとときのあいだお眠りになられたのだ。今や御方の傷は癒え、ふたたび世界に神の教えを広めんと、復活の時を待っている。」


セレスティアは喜びに打ち震えた。自らの子が、世界を闇から救う。その使命を、セレスティアは心に刻んだ。


【 天使 】───「神は五人の使者を地上に遣わすだろう。一人は、皇の宝剣に選ばれし勇者。一人は、無限の叡智を得た賢者。一人は、消された歴史を生き抜いた覇者。一人は、神のことばを語る聖者。一人は、世界の終わりを見た預言者。汝の子は、彼らとともに、世界を旅する。そしていつの日か、救い主のもとへとたどりつき、この世界を悪魔の手から救い出すだろう。」


天使はそう語り終えると、また天上へと去っていった。


この天使の言葉は、やがて大陸中に伝えられた。


人々には、果たしてベツレヘムがどこに存在するのかわからなかった。天啓とは、常にそういうものだ。それでもなお、数多の冒険者が、この世界の何処かにおられる救い主を探すために、東へ旅立っていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



あくる年の夏至の日、この世界に二人の赤子が生まれ落ちた。


一人は、王女セレスティアの身体に宿った、神の御子である。


王族の子供は、取り違えを防ぐため、その出産は公開される習わしだった。セレスティアも、伝統にならい、また自らそう望んで、大勢の貴族が見守る中、子を生んだ。


しかし、その御子が身体から生まれ落ちた時、貴族たちは思わず息を呑んだ。


生まれ落ちた御子の身体は、あたかもその全身が赤黒い血に染まっているように見えたのだ。最初、貴族たちは、御子が死産したのかと恐れた。王はそれを見ると、思わず音を立てて椅子から立ち上り、呆然とした。ひとりの貴婦人などは、早とちりをして、慟哭の叫び声を上げた。しかし、産婆が焦ることなく慣れた手つきでその体を清めると、やがて彼女の身体を覆う赤いものの正体は明らかとなった。


それは決して血などではなかった。それは、赤子の背中を覆っている、赤く美しい六枚の羽根だったのだ。


赤子はゆっくりと目を見開いた。そして祖父の顔を見た。彼女はその眩しいほど鮮やかな赤い羽根が、そわそわと動いた。そして、次の瞬間、彼女は赤子らしく、目を細めて、大きな大きな泣き声を上げ始めた。


産婆は彼女を白い布でくるむと、彼女を抱きかかえて王のそばに寄った。


【 産婆 】───「素敵な女の子ですよ」


王は、御子を受け取り、その胸に抱いた。


そうして王が彼女の顔を覗き込んでいると、赤子の頭上に、段々と金色に輝く光の輪が浮かび上がってきた。それこそは、かつて数多の芸術に描かれてきた、神性の証、天使の光輪だった。それは、間違いなく彼女が神の御子である証だった。


王は貴族たちを振り返り、言った。


【 王 】───「この子は、アマンダと名付けます」


王女の寝室は、いまや歓喜の叫びに満たされた。


神の御子生誕の知らせは、彼女の名前とともに、わずか一日で国中を駆け巡った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さて、アマンダが生まれた同じ日に、ロードランの東の辺境にて、ある下級騎士の家に一人の男子が生まれた。この者の名は、クロードと名付けられた。


彼が二歳の時、彼に弟が生まれた。弟はウィルと名付けられ、二人はすくすくと成長した。


彼が五歳になったとき、近くの村に危険な魔物が侵入した。騎士である父親は魔物と戦い、その片腕を失った。


父は教会にて治療を受け、長い間目を覚まさなかった。苦しむ父を見て、クロードは、やがて剣士になり、村を守ると己に誓いを立てた。一方ウィルは、父を癒やす神父の敬虔な姿を見て、聖職者となり人を癒やすと誓った。


父はやがて目覚めた。彼は、残る片腕でクロードに剣術を教えたが、息子の上達ははやく、すぐに追い抜かれた。彼は騎士団の人間に頼み、息子を彼らとの模擬試合に参加させた。最初は彼の強さに半信半疑だった騎士団の戦士たちも、このわずか九つの少年に、あっという間に打ち倒されてしまった。


クロードの名前は評判となり、噂を聞きつけた流れの冒険者が彼に手ほどきを授けた。この冒険者の名はケイレブと言い、南の地にて、人知れず魔物を打ち倒している義の者だった。彼の鍛錬を受け、クロードはわずか13歳の若さで、王都の剣術大会に出場した。


彼はその大会で、史上最年少の若さで、優勝を飾った。


クロードは、王に導かれて、歴代の王たちが眠る墓地に案内された。この王墓には、王族以外には立ち入ることは許されていない。王墓の荘厳な佇まいに、クロードは緊張しながら歩いた。


やがて彼らは、墓地の最奥にたどり着いた。そこには、ひときわ大きな墓石が鎮座していた。それは、ロードランの開祖、ロキの墓だった。


ロキの墓石の手前の草むらに、白い花崗岩が露頭しており、その岩の天辺には、一本の古剣が突き刺さっていた。


その剣は、今から五千年前のかつて、天使ザビエルが世界を救うためロキに託した、皇の宝剣ドレッドノートだった。


ロキは一つの遺言を遺していた。それは、この剣を抜くものが現れる時、それは自分と同じように、世界を救う力を持つものであると。


歴代の王たちがこの剣の柄に手を掛け、引き抜こうとした。しかし、いままで誰一人として、岩から剣を抜くことができるものはいなかった。


クロードは石にまたがり、剣を握り力を込めた。すると、剣は驚くほど簡単に岩から抜き放たれ、彼は勢い余って思わず尻餅をついた。彼が尻をさすりながら、改めて剣を見た。その剣身は、あたかもたった今磨かれたかのように、鏡のように光り輝いていた。


王たちは驚嘆した。彼らはクロードの強さに期待しつつも、やはり彼にも剣を抜くことはできないだろうと諦めていたのだ。それが今や、五千年もの間一度として抜かれることのなかった剣が、この年若い少年に簡単に抜かれてしまったのだ。


やがて、彼が王女と同じ日に生誕したことが知れると、王たちは沸き立った。クロードこそが、神が遣わした三人の使徒の一人、皇の宝剣に選ばれし勇者に違いない。

この知らせもまた、王女生誕の知らせと同じく、一日で国中を駆け巡った。


クロードは、王族の学校に通うこととなった。彼はそこで、王女とその学友たちと親睦を深めた。彼は、護衛として、また騎士として、彼女につき従った。そうして二年の月日が経った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さて、これらのことが起こっている間にも、冒険者による東の海の探索は進んでいた。彼らは地図にない島を渡り、そしてついには遥か大海に隔てられた、新たなる文明と邂逅を果たした。

そうして、いまから三年前、ロードランから遥か東の海に浮かぶエーゲ島にて、冒険者たちは、贄の大悪魔オラクスと遭遇したのだった。


大悪魔とは、数多の悪魔たちよりも遥かに強力な力を持つ、悪魔の頭領たちのことであった。悪魔の多くがこの地上で生を受けるのに対して、この大悪魔たちは地獄で生まれ、この世界にやってきたのだと言われる。オラクスは、その強大な力を持って、幾百人もの冒険者たちを殺した。


王子ローウェンのもと、オラクス討伐のために軍が組織された。クロードもまた、この討伐軍に志願した。そして、二年に渡る長き戦いがあった。激しい戦いのさ中、多くの戦士が死に、ローウェンもまた戦場に散った。しかし、クロードは残った兵を率い、そしてついに、見事勝利を収めた。


オラクス討伐の知らせは、すぐに国に届いた。多くの国民が、クロードの勇気を称え、祝福した。


一年の後、帰路についた彼がロードランの港に入ると、多くの国民が彼を祝福するため港で出迎えた。彼がオラクスの頭蓋骨を高々と頭上に掲げると、群衆はさらなる歓声で応えた。


王もまた、アマンダとともに港に出向き、クロードを出迎えた。そして、王はその場で、クロードとアマンダの婚姻、そして王位継承を宣言した。


それから3日の後、物語ははじまる。その日王都では、世界各国の賓客を招き、二人の結婚式が盛大に催されることとなっていた。街は花々で彩られ、人々は通りに出て、歓喜の歌声を上げていた……



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ