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79:戦勝記念

 …どうしてこうなった。




 ***


「お早うございます、リュシー様。昨夜は良くお休みになれましたでしょうか?」

「あ…えっと、まぁ、お陰様で…」


 目が覚めた私は、部屋の隅で一列に並ぶ七人の女官達を目にして、頬を引き攣らせた。


 スモーキークォーツやタイガーアイを連想させる透明感のある褐色の肌と、絹糸のように煌めく銀色の髪。絶世の美女と呼んで差し支えないほど整った眉目と、艶めかしい曲線を描く美しい肢体。帝都の晩餐会に連れて行こうものなら男の視線をことごとく釘付けにし、御令嬢方が嫉妬のあまりハンカチを噛み千切るであろう美しい容姿の女性達が壁際に佇み、畏まった表情で()()の命令を待ち続けている。天蓋付きの豪奢なベッドの上で身を起こした私が、壁際に並ぶ女性達を見て硬直していると、彼女達は一斉に深く頭を下げ、しずしずとベッド脇に歩み寄って来た。


「失礼します。身支度を整えさせていただきますので、ご起床のほどお願いします」

「え?あの、その…」


 女官長と思しき気品ある女性の声と共に、四人の女性がベッド脇で二列に並ぶ。手前側の二人の女性が私の背中に手を回し、私は女性達のされるままにベッド脇へと体を向け、足を下ろして立ち上がった。四方を固める四人の女性達によって浴室へと連行されると、二人の女性が私の前で跪き、背後の二人と合わせて四人がかりで私のネグリジェを剥ぎ取る。淀みない流れ作業を目にして下着姿で呆然と立ち尽くしていると、手早く下着まで脱がされ、私はそのままなみなみと湯を湛えた湯船に身体を横たえた。四人の女性が湯船の左右に張り付き、石鹸をふんだんに泡立てて私の手足を丁寧に磨いていく。


「湯加減は如何ですか?」

「え、えっと、気持ちいいです…」


 泡だらけとなった湯船に腕を突っ込んで甲斐甲斐しく身体を洗う女性達からの質問に、私は頷く他にない。やがて四人の手によってピカピカに磨かれ、体が温まった私は、両脇を彼女達に支えられて湯船から立ち、全身に纏わりついた泡を洗い流された。浴室から連れ出されるとタオル一枚羽織っただけの姿で椅子に座らされる。彼女達のしなやかな手が私の手を取り、隅々まで香油を塗り込んでいく。


 肌の手入れが終わると彼女達は私を立ち上がらせ、再び四方を取り囲んだ。下着と衣装を手にした女性が私の許へと進み出て、六人がかりで着せていく。着付けを終えた私は再び椅子に座らされ、女性達が再び私の手を取って、爪の一つひとつに丁寧にマニキュアを塗っていく。背後に回った女官長が(くし)を手に取り、短く切り揃えられた私の髪を丁寧に梳きながら、静かに呟いた。


「…僭越ながら、もう少し長く伸ばされた方がよろしいかと。リュシー様の御髪(おぐし)はベージュでとてもお綺麗なのですから、勿体のうございます」

「え?そ、そう?」

「はい」


 いや、ごく普通のベージュだよ!?珍しくないじゃん!


 内心で違和感を覚えるものの、魔族の人達は全員が褐色肌と銀色の髪の持ち主だから、ベージュの髪はとても珍しいのかも知れない。そう思っているうちにいつの間にやら一人の女性が目の前で膝をつき、パウダーを塗したコットンを手に私の頬を叩き出した。反対側に傅いた女性が細い筆先でパレットを擦り、私の目元を繰り返しなぞっていく。両手を取られて指先に幾つもの指輪を通され、両足を持たれてヒールの高いパンプスが履かされる。大粒のダイヤモンドを幾つもあしらったネックレスが首に架けられ、いつものチョーカーとは異なる冷たい感触に、思わず身じろいだ。


「…お待たせいたしました。大変美しくあられますわ、リュシー様」


 女官長の手を取って立ち上がった私の前に大きな姿見が現れ、私は鏡に映し出された自分の姿にたじろぎ、仰け反ってしまった。


 私は、まるで南国の海を思わせるコバルトブルーのドレスに身を包み、鮮やかに彩られていた。きめ細やかなサテンの生地が光を浴びて艶やかに輝き、波のような優美な襞を描く。瑞々しさと凛々しさを兼ね備えた左右の肩は剥き出しで、左右に流れる鎖骨が白い肌に艶めかしい影を落とす。浅い角度で切れ込んだ鮮やかなブルードレスの縁が、主張の激しい二つの膨らみを否が応にも引き立て、その上で大粒のダイヤモンドがまるで太陽のように燦々と輝く。ウエストまでキュッと引き締まったドレスは、そこから斜め下に向かって一直線に広がり、絨毯の上に鮮やかなブルーの花を咲かせていた。


「とても素敵ですわ、リュシー様」

「まるでお姫様のよう…」


 女性達が次々に賛辞の言葉を口にし、日頃とはかけ離れた自分の姿に私が絶句していると、扉をノックする音が聞こえ、新たな女官が現れる。


「失礼します。リュシー様、お連れの皆様がお見えになられました。お呼びしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。どうぞ」


 いや、そもそも、私の方がお連れだからっ!


 女官の報告に内心でツッコミを入れながら返事をすると、女官は一度退室し、やがて複数の男女を伴って戻って来る。女官に続いて入室したハヤテ様は、私の姿を見た途端に口笛を一つ吹き、口の端を吊り上げた。


「おはよう、リュシー。すげぇな、そのカッコ。なかなかサマになっているじゃないか」

「ハヤテ様もとてもお似合いですよ」


 ハヤテ様は鮮やかな橙を基調とした、タイトスカートのワンピースに身を包んでいた。ドレスの左側面には深い切れ込みが走っており、三国会合の場においてキキョウ様が身に着けていた獣王国の民族衣装を連想させる。慣れない衣装にハヤテ様は幾分煩わし気な表情を浮かべていたが、サバサバとした挙動がタイトスカートに張りを与え、いつもの清々しさとは違った魅力を振り撒いている。私はハヤテ様から視線を外し、続けて入室して来たフランシーヌ様に声を掛けた。


「フランシーヌ様は、いつものローブなのですね?」

「ええ。これが帝国の聖女の正装だから」


 フランシーヌ様は、襟元と袖に幾何学模様があしらわれた白を基調としたローブに身を包み、短い錫杖を胸元に抱えたいつもの姿で、佇んでいた。もっとも日頃よりは幾分装飾品が多く、首元には金製の細い筒を繋げたネックレスを二重に架けている。ローブの下にはスレンダーラインのドレスに似たワンピースを着ており、幾何学模様の縁取りがフランシーヌ様の神秘的な美しさを一層際立たせていた。私はいつもと変わらないフランシーヌ様の美しさに感嘆しながら、坊ちゃんへと目を向ける。


「坊ちゃん、そんなに怒らないで下さいよ。仕方ないじゃないですか、魔王国の再出発に必要な行事なんですから」

「別に怒ってなんかねぇよ」


 坊ちゃんは暗赤色のスーツと黒のパンツ、襟元にフリルタイをあしらった白のブラウスに身を包み、不機嫌そうな表情でそっぽを向いていた。坊ちゃんは唇を酸っぱそうに尖らせ、私が宥めようとしてもまともに取り合おうとしない。不貞腐れたまま目を合わせようとしない坊ちゃんだったが、暫くするとその視線が宙を漂い、コバルトブルーに彩られた私の姿を捉える。そして眉間に皴を寄せて私の姿を目に焼き付けた後、舌打ちを堪えながら再びそっぽを向いた。私は、坊ちゃんの視線が彷徨うたびに内心の葛藤を知って得も言われぬ歓びを覚え、殊更(ことさら)胸をひけらかして、坊ちゃんの理性を揺さぶった。




 ***


 私達が百鬼夜行(ハロウィン)の討伐に成功した後、魔王国は戦後の復興へと取り掛かった。


 十年以上にも渡って百鬼夜行(ハロウィン)と戦いを繰り広げ、国土の西半分を蹂躙された魔王国は、甚大な被害を被った。多くの人々が家族や住む場所を失って路頭に迷い、リカルド陛下、ヒルベルト様をはじめとする王家は国民の救済に奔走する。三国停戦協定に基づき救援に訪れた帝国軍も魔王国の復興支援要請に応じ、フランシーヌ様は魔王都周辺各地を歴訪し、被災地の救護に当たる。ハヤテ様もフランシーヌ様の護衛の名目で同行し、獣王国を代表して被災者を見舞った。


 そんな中、私は坊ちゃんと共に魔王都メル・ベル・ヘスに留め置かれ、侍女の身でありながら毎日のように王家の訪問を受け、あるいは招聘を受けて王家に足を運んだ。リカルド陛下とヒルベルト様は頻繁に被災地を訪問して復興に専念していたが、メル・ベル・ヘスに戻って来るとすぐに私の部屋を訪れ、魔王国の将来に関する重要な事柄から些細な愚痴まで、様々な相談を受けた。また、王太子を殺され悲嘆に暮れていた王妃様が頻繁に私を招聘し、アンデッド化した王太子を浄化した事に対して繰り返し感謝の言葉を述べられた。


「リュシーさん、貴女があの子を浄化してくれたから、あの子は輪廻の輪を外れる事なく、安らかな死を迎える事ができたのです。リュシーさん、本当にありがとう…」

「とんでもございません、陛下。人として当然の事をしたまでですから」


 私には、浄化しかできない。一介の侍女だから帝国を代表した対話もできないし、そもそも侍女としては全くの役立たずだ。フランシーヌ様やハヤテ様は各地を歴訪して近くに居らず、魔王国という異国の地では他にやる事もない。だからせいぜい坊ちゃんの後を付いて回るか、でなければノエミとお喋りする他にないんだけど、そこに頻繁に王家が顔を出す。おかげで私はほとんど王城から出る事なく、誰かとお喋りばかりしていた。


「リュシー様、陛下がお見えになられました。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「え、ええ。それはもう喜んで」


 討伐成功から3週間が過ぎたその日、私が自室で坊ちゃんとグダグダしていると、私の側付きに任命された女官が現れ、リカルド陛下の来訪を告げた。私は、女官が陛下を迎えに部屋を出た隙を突いて素早く坊ちゃんへと顔を寄せ、声を潜める。


「ぼ、坊ちゃん。何でこの国の国王が、わざわざ私にお伺いを立てるんですか?」

「知らねぇよ、そんなの」


 途方に暮れた私が縋る思いで尋ねるも、坊ちゃんは明らかに機嫌を損ね、私を突き放した。


 魔王国の私に対する厚遇ぶりは、あまりにも常軌を逸していた。確かに十年以上にも渡って魔王国に甚大な被害を齎して来た仇敵を単騎で覆滅し、亡国の危機を救った私を救国の英雄と讃えたくなる気持ちは理解できる。だけど、元はと言えば私は他国から派遣された一介の侍女であって、坊ちゃんと言う上官の下で働いた以上、讃美されるべきは上官である坊ちゃんであり、兵を派遣した帝国であるべきだ。


 それなのにリカルド陛下をはじめとする魔王国の面々は帝国や坊ちゃんをすっ飛ばして直接私に賛辞の言葉を述べ、私は下にも置かないもてなしを受けた。勿論坊ちゃんをあからさまに蔑ろにしているわけではないんだけど、例えば王城において各人に割り当てられた部屋一つ取っても、坊ちゃんやフランシーヌ様が公爵待遇であるのに対し、私はハヤテ様と同じ、三大国の王族待遇の部屋を宛がわれている。あまりの厚遇に一度は辞退を申し出たのだが、王妃様が直々にお見えになられ、涙ながらに頭を下げられては、流石に受け入れざるを得なかった。


 こうして私はこの大陸で最も役立たずで最も経費の掛かる侍女になってしまったわけだけれども、そんな私の部屋に魔王家の人々がそれこそ夜討ち朝駆けの勢いで押し掛けて来るもんだから、ただでさえ面白くない坊ちゃんの機嫌は、急降下。3週間を経過したこの頃には、坊ちゃんは魔王家と張り合うかのように毎日のように私の部屋を訪れ、一日中二人してグダグダしているというわけだ。


「シリル殿、リュシー殿、急に申し訳ない。実は一つ相談があってな」

「如何なさいましたか、陛下?」


 私の部屋に現れた陛下は坊ちゃんに話を持ち掛け、坊ちゃんも内心の不機嫌さを押し隠して慇懃(いんぎん)に応じる。幾ら機嫌が悪くとも、相手が三大国の国王とあっては、大人しく聞かざるを得ない。私の部屋で坊ちゃんと鉢合わせする事は陛下も()うにご承知で、訝る様子もなく早速本題へと入る。


百鬼夜行(ハロウィン)の討伐に成功してから、3週間が経過した。これまで被災地の救護や犠牲者の埋葬、復旧活動に専念していたわけだが、過去の犠牲に区切りをつけ新たな一歩を踏み出すためにも、戦勝記念の式典を催し、国民を鼓舞したいのだ。シリル殿には、その式典におけるリュシー殿の登壇を、承知していただきたい」

「なるほど、そういう理由であれば、仕方ありませんね…」


 リカルド陛下の申し出に、坊ちゃんも止むを得ずと言った雰囲気で頷きを返す。


 私は既に百鬼夜行(ハロウィン)を単騎で覆滅した英雄として、魔王国中に知れ渡ってしまっている。式典の目的が国民の鼓舞である以上、英雄「本人」の意向を無視してでも、その偉業を大々的に喧伝すべきだ。私が「派手にやらかした」のは事実であり、多くの魔族から支持をいただいている以上、坊ちゃんさえ許可してくれるのであれば、「偶像」として魔王国に協力するつもりだ。


「…リュシー、構わないな?」

「はい、喜んで登壇させていただきます」


 こうして戦勝記念式典への私の登壇が決定し、年明け早々の山羊の月の1日、私は朝からコバルトブルーのドレスに身を包む羽目になったというわけだ。




 ***


「リュシー様、お待たせいたしました。これより謁見の間へとご案内いたします」

「あ、はい」


 控えの間で坊ちゃん達と共に待機していると、女官が現れ、私達の出番を告げた。私達は女官の先導に従い、謁見の間へと向かう。


 魔王城は石造りの重厚な建物で、王城だけあって敷地は広く、天井も高い。各居室には当然暖炉が備え付けられているが、通路まで暖房設備が完備されているわけではなく、山羊の月ともなると漂う空気は身を切るように冷たい。だけど、通路を進む私達の周囲だけは暖かく、私はコバルトブルーのドレスに身を包み、両肩を曝け出しているのにも関わらず、さほど苦痛を感じる事はなかった。


 私達の前後を歩く、二人の魔族の女性。その周囲に四羽の小鳥が羽ばたき、私達の周りをゆっくりと旋回していた。その全身は炎に包まれ、四羽の飛翔体の発する熱が、周囲の空気を暖める。


 召喚魔法。獣人族の気功術、人族の魔法付与装身具(アーティファクト)と並ぶ、魔族の代名詞とも言うべき高位魔法だ。


 魔族の中でも特に魔法の扱いに長けた者は、魔法に自立性を持たせ、まるで生き物のように動き回らせる事ができる。これが召喚魔法と呼ばれる、魔族にしか扱えない魔法だ。そんな魔族に、人族は魔法付与装身具(アーティファクト)という技術で対抗してきたわけだが、従来の魔法付与装身具(アーティファクト)では単純な反復機能しか再現できず、召喚魔法の足元にも及ばない。マリアンヌ様の発明した雷撃通信回路によって自動感知、自律駆動性が向上し、ここ数年でラシュレー産の魔法付与装身具(アーティファクト)は目覚ましい発展を遂げたが、それでも互角までには至っていなかった。


 魔法の威力と操作性は必ずしも比例するものではないようで、この二人の女官も召喚魔法は扱えるものの、魔力自体は多くないと言っている。ただ、魔力が少なくても火や氷の召喚魔法は夏冬の空調に重宝されるらしく、召喚士と言うだけで王家や高位貴族など、働き口に事欠かないらしい。そして、炎人(ファイア・ゴーレム)を召喚できるほど魔力、操作性に秀でたヒルベルト様は、魔王国でも五本の指に数えられるほどの強力な召喚士なのだそうだ。


 やがて私達は通路の突き当たりへと到着し、その場で足を止めた。目の前に立ちはだかる扉の向こうから、リカルド陛下の声が聞こえて来る。


「…こうして我々は十年以上にも渡る、長く苦しい戦いを続けて来たが、ついに百鬼夜行(ハロウィン)の息の根を止め、勝利を手にする事ができたのだ。私は今日此処に、勝利を齎してくれた恩人達を招き、感謝の言葉と共に歓びを分かち合いたいと思う」


 そう陛下が述べられると荘重な扉が左右に開かれ、私達の目の前に謁見の間が広がった。




 私達は女官に誘われ、中央を貫く赤い絨毯に沿って歩み出る。広間の左右には魔王国を代表する数多くの高位貴族や騎士達が並び、私達に向けて惜しみない拍手を送る。


 壇下に進み出た私達に、壇上に立つ陛下が笑顔を向けた。


「20年前の遺恨を捨て、我が国の危機に駆け付けてくれた友人達よ、魔王国は其方らの友誼に深い感謝の意を表する」


 そう答えた陛下は短い石段を降りて私達の前に立つと、ハヤテ様、坊ちゃん、フランシーヌ様の順に手を取り、感謝の言葉を述べていく。


「ハヤテ殿、王太女自らの参陣を受け、私は獣王国との確固たる信頼を確かに目にする事ができた。シリル殿、フランシーヌ殿、僅か二人しかいない聖女を躊躇いなく派遣された帝国の英断には、感謝の言葉もない。私は、両国との関係が新たな段階を踏み出した事に歓迎の意を表し、魔王国はこれからも三国停戦協定を遵守し、両国と共に平和と発展の道を歩んでいく事を、此処に宣言しよう」

「獣王国は魔王国が手を携える限り、決して我々からは振り払わぬ事を、獣王オウガに代わって約束しましょう」

「帝国も良き隣人として種族の垣根を超え、『(あな)』の底に眠る邪龍に対し、貴国と肩を並べ立ち向かっていく事を宣言します」


 こうして坊ちゃん達と握手を交わしたリカルド陛下が、最後に私の許へと歩み寄る。


「…リュシー殿」


 リカルド陛下が、私の手を両手で包み込んだ。魔王国の頂点に立つ国王が、平民出の侍女の手を慈しむように両手で押し包み、銀色に輝く頭を静かに下げる。


「…其方は、魔王国の恩人だ。この細くしなやかな手が我々を絶望の底から救い出し、歓びに溢れる未来へと誘ってくれたのだ。我々魔族は、この恩義を決して忘れない」

「とんでもございません、陛下。私達は種族こそ違えど、同じ大地に立ち、同じ光の下で暮らす仲間です。その仲間のためとあらば、私は何度でもこの地を訪れ、押し寄せる闇の手を振り払って参りましょう」

「…其方の志はあまりにも美しい。躊躇いなく発せられるその言葉は、まるで太陽のように輝いている」

「うっ」


 50を越え、年齢に比例した深い人生を歩んだ男だけが見せる穏やかな笑顔が旦那様と重なり、私は思わず呻き声を上げてしまった。私の動揺を知ってか知らずか、リカルド陛下は微笑みを湛えたまま身を翻し、自身の背後に向かって手を差し向ける。


「新たに王太子となったヒルベルトからも、礼を言わせてくれ。どうしても君に伝えたい事があるそうだ」

「えぇ、喜んで」


 ヒルベルト様が壇上を降り、私の許へと歩み寄って来た。百鬼夜行(ハロウィン)との戦いで実兄を喪い、魔王家唯一の直系男子となってしまったヒルベルト様は、今日の戦勝記念式典において、新たな王太子に任命されていた。ヒルベルト様は私の前に佇むと、両手で私の手を取り、静かに頭を下げる。


「リュシー殿、我が兄を新たな輪廻へと旅立たせていただき、本当にありがとうございました。あなたが帝国においてどのような身分であろうと、私達魔族にとっては紛れもない聖女です」

「身に余る御言葉でございます、殿下。このような半端な力でも皆様のお役に立てたと思えば、歓びも一入(ひとしお)でございます」


 ヒルベルト様の賛辞の言葉に、私は手を取られたまま会釈を返す。すると突然、ヒルベルト様が私の手を取ったまま、その場で片膝をついた。下方から仰ぎ見る美しい銀色の眼差しに目を奪われ、硬直している私に、ヒルベルト様が熱い想いを口にする。




「…リュシー殿、あなたこそ私の探し求めていた女神だ。――― あなたを愛している。どうか、私と結婚して欲しい」

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