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75:魔王都への道

「…確かにハヤテ殿の仰られる通り、似ていますね」

「シリル殿もそう思うかい?」

「ええ」


 ハヤテ様と鍛錬を始めてから、数日。


 その日、私と一緒に鍛錬に参加していた坊ちゃんが、瞑想を解いて呟いた。ハヤテ様の問いに坊ちゃんが頷き、感触を述べる。


「見よう見真似で試していますから正しいか確証が持てませんが、私達が魔力を汲み上げる方法と気を練り上げる方法は、どちらも体の奥底に眠る力を呼び覚ますという点で、非常に似ていると思います。

 ただ、私達人族が無策のまま魔力を汲み上げると、魔力は皮膚を通じて外気に触れ、すぐに変質して霧散してしまいます。なので、私達はその組み上げた魔力を『触媒』に集積し、体質に合った属性を付与して指向性を持たせ、発散する。そうして発現した力が『魔法』を形作るのです」

「一言で言えば、『溜められない』って事ですか?坊ちゃん」

「そうだな。ハヤテ殿、獣人族は違うのですか?」

「あぁ」


 私の感想に坊ちゃんは頷き、続けてハヤテ様に尋ねると、ハヤテ様は端的に答える。


「その例えで言えば、アタシ達の場合は『出て行かない』って感じだな。アタシ達は気を練り上げた後、強化したい部位にその力を集積するわけだけど、溜めた力は体の中で滞留していて、外に漏れる感じがしない。だからこの間の外勁による遠距離攻撃は、溜めた力を掌に集中させ、皮膚を突き破る感じで無理矢理押し出しているんだ」

「なるほど。皮膚に穴が開いているという表現は、言い得て妙ですね」

「でも、それで言ったら神聖魔法も似たようなモンですよ?ねぇ、フランシーヌ様」

「いえ、違うわよ、リュシーさん」

「え?」


 意外なところで意気投合し、頷き合う坊ちゃんとハヤテ様を見た私は、傍らで器を持つように両手を広げ、瞑想しているフランシーヌ様に同意を求めた。しかし、瞑想を解いたフランシーヌ様は頭を振り、呆れたような目を向ける。


「以前にも説明したけど、神聖魔法は私達の命が持つ聖龍の魂の欠片を通じて女神様に乞い、女神様の力を借りて発現させる魔法なの。だから、体の奥底から湧き起こる力ではなく、『天から降りて来る力』っていうのかしらね?聖気にとって私達の体は単なる通過点であって、私達は体に入って来た力を触媒に集積させて神聖魔法として発現させているの」

「え?聖気の扱いも同じじゃないんですか?」


 私には魔力がないため、結局ハヤテ様のレクチャーを受けても気功を身に着ける事ができなかった。そのため、坊ちゃんに試して貰ったわけだが、感覚的には神聖魔法も同じだと思うんだけど。そう思って疑問を呈したわけだが、それを聞いたフランシーヌ様が胡乱気な目で私を見る。


「…リュシーさん。あれだけ特訓して何でそうなるの?その思い違いが、通常の神聖魔法が一切使えない理由じゃない?また、もう一度特訓する?」

「あ、いえ、すみません、結構です…」


 フランシーヌ様から放たれるジト目の圧力に負け、私は恐縮の態で頭を下げた。ピーキーで使い勝手の悪い私の浄化魔法だけど、滅却だけは断トツだから、下手に是正して失うわけにはいかない。フランシーヌ様も本気の発言ではなかったようで、すぐに矛を収めた。


「…私には属性魔法が使えませんから、ハヤテ様のご指導では変化が感じられませんでしたが…、ヒルベルト様は如何ですか?」

「私もシリル殿に同感です」


 私の隣の隣、フランシーヌ様の向こう側に立つヒルベルト様は、瞑想を解くと体の前に掲げていた右手を引いた。直後、右掌を前方に勢い良く突き出して、独り言ちる。


「…こう掌を突き出すと、右手に漂っていた魔力が一気に体の外へ漏れ出るのが感じられます。汲み上げた魔力を詠唱もせずに右手に移した途端、袋に開いた穴から水が漏れるように力が抜けていくのが、はっきりと分かります」

「やはり、種族ごとの体質の違いのようですね」


 王太女やら第二王子やら、三大国を代表する錚々たる面々が私を中心にして左右に並び、皆同じ方向を向いて両手を広げ瞑想する。傍目から見ればなかなかシュールな光景だが、当人達は至って大真面目だ。私は皆と意見交換をしながら、フランシーヌ様の向こう側に佇むヒルベルト様の様子を窺う。するとヒルベルト様と視線が合い、彼は顔を綻ばせ、微笑んだ。


「…ありがとうございます、リュシー殿。お気遣いいただいて。お蔭でだいぶ、気が紛れました」

「あ、いえ、お気になさらないで下さい、殿下。今思い悩んでも、何もできませんから」


 ヒルベルト様の謝意に、私は慌てて手を振って断った。


 三国会合の会場から魔王国の王都メル・ベル・ヘスまで、約1ヶ月の道のり。その間、ただ大人しく馬車に揺られて待つ他ない状況に、ヒルベルト様は塞ぎ込み、明らかに焦燥を募らせていた。そのため、少しでも気休めになればと、ヒルベルト様を気功術の検証に誘った次第だった。意を酌んだハヤテ様が口添えをする。


「ヒルベルト殿、よかったらアンタも朝の鍛錬に付き合うかい?体を動かした方が、気が楽になると思うよ?」

「ありがとうございます、ハヤテ殿。私は魔術師ですから組手は付き合えませんが、参加させていただきます」




 ***


「…あれ?坊ちゃんも来たんですか?」

「何だよ、文句でもあるのか?」


 翌朝。


 私がハヤテ様との組手を前に準備運動をしていると、珍しく坊ちゃんが起きて来た。坊ちゃんは大欠伸をした後、私の質問にジロリと目を向ける。


「…馬車に揺られてばかりだと、体が凝るからな。俺も少しは体を動かさないと。なぁ、後で少し剣術を教えてくれないか?」

「え?…あ、はい。好いですよ、喜んで」


 坊ちゃんの意外な申し出に私は驚き、目を瞬かせた。旦那様よりマリアンヌ様の血を濃く受け継いだ坊ちゃんは、剣術や体術に対する才能が欠けている。それは本人も承知しており、時間があれば魔術の研鑽に当て、剣術には手を出していなかった。それがどういう心境の変化だろう。私は小首を傾げながら坊ちゃんの立ち姿を眺め、腰に吊るしたレイピアに目を留める。


 …あ、そう言えば19歳の誕生日に、旦那様からレイピアをプレゼントされたんだっけ。


 騎士と言えば、戦場の花形だ。勿論、魔術師も戦局を一気に覆す可能性を秘めた強力な駒だが、剣を手に馬を駆り、敵陣へと突進する騎馬団は圧巻と言える。そして、旦那様はその先頭に立ってレイピアを振りかざし、敵味方の双方から「軍神」と畏れられるほどのお人。坊ちゃんはそんな方の後継者であるわけだから、向き不向きがあるにしても、意識しなければならない。得心した私はストレッチを繰り返しながら、顔を綻ばせた。


「準備運動でもしながら、お待ち下さい。ハヤテ様との組手が終わりましたら、お教えしますので」

「ああ」

「では、お願いします。ハヤテ様」

「あいよ」


 私の言葉に坊ちゃんが頷き、体を動かし始める。私は、準備運動を終えるとハヤテ様に一礼し、組手を始めた。




「皆さん、お早いですね」

「…あ、お早うございます、ヒルベルト様」

「あ、好いですよ、続けて下さって。私の事は構わず」


 組手を始めて暫くすると、ヒルベルト様が姿を現わした。私はハヤテ様と組手を中断し、頭を下げる。拳を下ろした私にヒルベルト様が手を振って促し、私はお言葉に甘えハヤテ様との組手を再開した。ヒルベルト様は近くに置かれた木箱に腰を下ろし、傍らでレイピアの感触を確認する坊ちゃんに尋ねた。


「…シリル殿は剣も扱えるのですか?」

「いえ、私は完全に後衛気質でして、正直に申し上げると剣はまるっきり。ですが、父が剣の達人ですので、形だけでも、と」

「そうですか。属性は何を?」

「氷と雷です。殿下は?」

「私は火属性一極です」


 坊ちゃんとヒルベルト様の二人が世間話をしながら、ハヤテ様と私の組手を観戦している。やがて組手を終えた私はハヤテ様に一礼すると、籠手(ガンドレット)を外しながら坊ちゃんの許へと歩み寄った。


「坊ちゃん、お待たせしました。早速始めましょうか」

「ああ」


 私の言葉に坊ちゃんは頷き、手にしていたタオルを私の頭に被せる。ハヤテ様との組手で体が火照り汗を掻いた私は、坊ちゃんの厚意を有難く受け取り、頭から被せられたタオルで汗を拭った。ノエミの手によって丁寧に洗濯されたタオルは清潔で、息を吸い込んでも何の匂いもしない。私は心の中で落胆を覚えながら、目の前でレイピアを振るう坊ちゃんの姿を眺めた。


「…ふっ!ふぅっ!」

「…」


 目の前で数回刺突を繰り返した坊ちゃんがレイピアを下ろし、私に目を向ける。私は目を閉じ、坊ちゃんの期待を籠めた視線を振り払うように(かぶり)を振った。


「…駄目駄目です。何で一突きする度に、そんなに体幹がぶれるんですか?もっとこう、腰を落として。背筋はこう!腕は此処!」

「こ、こうか?」


 私は呆れた表情で盛大な溜息をつくと、坊ちゃんの傍に寄って矯正を施した。前のめりになりがちな坊ちゃんの顎に手を当てて顔を上げさせ、坊ちゃんに体をぴったりと寄せてレイピアを持つ手に自分の手を添え、構えを直させる。私の掌が何物にも遮られる事なく、坊ちゃんの滑らかな素肌と触れ合う。


 厳しい言葉とは裏腹に、坊ちゃんの意識を逸らしたくて。修練とは別のものに意識を向けさせたくて。


「…はい。それではもう一度、その姿勢を意識して振るってみて下さい」

「お、おう。…ふっ!ふぅっ!」


 やがて一歩下がった私の合図で、坊ちゃんが再び剣を振るい始めた。その切っ先が一突きするたびに上下に揺れ、私は腕を組んで顔に手を当てたまま、眉を顰める。


 …雑念の入ったレイピアの動きを見て、自然と綻んでしまう口元を隠すように。

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