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71:乱入

「何だ、アイツらは…?」


 背後から上がる騒音と坊ちゃんの呟きを聞き、私は身を縮めたまま恐る恐る背後へと振り返った。振り返った私の視界に、後ろを向く坊ちゃんとハヤテ様の背中が映し出され、私は自分の顔が見られていない事に安堵しながら、二人の視線を追う。


 闘技場の反対側に、硬い鱗と鋭い角を持った四つ足の鎧竜が、十頭ほど姿を現わしていた。灰色熊(グリズリー)に匹敵するほどの大きさの、ずんぐりとした胴体を持つ鎧竜の背中には鞍が括り付けられ、槍や槍斧(ハルバード)といった長柄の武器を手にした男達が跨っている。男達は皆逞しい体付きで、その険しい顔の周囲は茶色の(たてがみ)に覆われていた。一行の先頭に立っていた2メルド(メートル)にも届く大男が、手にした槍斧(ハルバード)を振り払って、高々と宣言する。


「ハヤテっ!そして、我が父オウガよ!虎族に屈した貴様らに、獣王国は託せないっ!獣王国の未来は、このコンゴウと獅子族のものだっ!」

「血迷ったか、兄者っ!?」

「血迷ってなどおらんよ、ハヤテっ!俺の憂いに多くの獅子族が賛同し、この戦いに臨んでおるぞっ!」


 男の哄笑混じりの宣言に、観客席から身を乗り出して外の様子を窺っていた獣人族の一人が、声を張り上げる。


「獅子族の軍勢約1個中隊が、我が軍を襲撃っ!我が軍は闘技場の南西方向に後退して、応戦中です!」

「嗚呼っ!もう!腕っぷしは足らないわ、オツムは弱いわで、箸にも棒にも掛からんではないか、この馬鹿息子がっ!不満分子なんぞに唆されおって!」


 帝国側の観客席に押し掛けていたオウガ様が、(たてがみ)を掻きむしって地団駄を踏む。直後、オウガ様は旦那様へと振り返り、闘技場に乱入した男達を指差してがなり立てた。


「ええいっ!こうなったら致し方あるまい!オーギュスト!三国停戦協定に基づき、我が国は貴国に救援を要請するっ!反乱軍の鎮圧と、逆賊コンゴウの捕縛に協力してくれっ!」

「オウガ殿、承った」


 オウガ様の突然の救援要請に旦那様は動じる事なく応じ、その場で右手を上げる。旦那様の指図を受けた騎士が観客席から外に向かって旗を振ると、やがて闘技場の東方で地響きが上がった。闘技場の周囲が騒々しくなる中、私は顔を覆っていた手を下ろすと、坊ちゃんの前へと進み出る。


「…坊ちゃん、危ないですから、下がっていて下さい」

「お前、本当に大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫ですから」


 私の様子を窺おうとする坊ちゃんを手で遮り、払いのけるように後ろに押し戻す。私は男達の集団を据わった目で捉え、観客席に佇む旦那様に背中を向けたまま、抑揚のない声で尋ねた。


「旦那様」

「何だい、リュシー?」




「…私、今、物凄ぉぉぉく虫の居所が悪いので、――― アレ、全部()っちゃって好いですか?」




「あぁ、大いにやって構わない。ただ、先頭の大男だけは生かして捕えてくれ」

「ありがとうございます」


 旦那様の(いら)えに私は冷え切った声で答えると、並んで立つハヤテ様に忠告する。


「殿下、私の前に出ないで下さい。当たっても知りませんよ?」

「あ、あぁ…」


 私の抑揚のない言葉に、ハヤテ様が顔を引き攣らせ、一歩後退する。親善仕合で吹き飛ばされ、スリットに収納された仕込みナイフを全て失っていた私は、右の腰に手を回し、投げナイフを一本逆手で掴んで引き抜いた。掌の上で回転させ、順手に持ち替えた私を見て、大男が嘲笑う。


「其処の女っ!そんなナイフ一本で、このコンゴウをどうにかできると思っているのかっ!?盾突くなら、ハヤテ共々、槍斧(ハルバード)の錆になるがよいっ!」


 威勢の良い大男を無視し、私は投げナイフを右手に持ったまま、右足を一歩踏み出した。腰を落とし、木製の壁を破って観客席へと駆け上がる一頭の鎧竜に切っ先を向けると、続けざまに突き込む。


「…フゥゥゥゥッ!」


 直後、硬い鱗に覆われた鎧竜の側面に人差し指大の穴が三つ空き、鎧竜は三筋の白煙を上げながら、けたたましい音を立てて横転した。


「うわああああぁっ!?」

「「…はぁっ!?」」


 鎧竜に乗っていた獅子族の男が空中へと投げ出され、ハヤテ様と大男の素っ頓狂な声が重なる。投げ出された男は、身を起こす間もなくオウガ様側の男達に討ち取られた。掌の上でナイフを回しながら観客席の様子を平然と眺める私に、ハヤテ様が恐る恐る尋ねる。


「…お、おい、アンタ…まさか、先ほどの仕合でアレを撃つつもりじゃ…」

「えぇ、えぇ、もう、撃つ気満々でしたよ。良かったですね、殿下。坊ちゃんが止めてくれて」

「…」


 絶句するハヤテ様を放置し、私は再び腰を落として投げナイフを構えた。続けざまに刺突を繰り出し、次々と鎧竜の体に絶死の穴を開けていく。


「手前ぇ!」


 私の刺突を見た男達が危機感を覚え、三騎の鎧竜が間隔を空けて私に突撃して来た。騎乗する男が私に向かって手斧(ハンドアックス)を投げつけ、私とハヤテ様は別方向に駆け出して手斧(ハンドアックス)を躱す。私は闘技場を回り込むように走りながら刺突を繰り出し、走行中の射出により何発か外しながらも、三騎の鎧竜を仕留めた。


「クソっ、このアマぁ!」


 反乱軍の男達は、それでも勇敢な戦士なのだろう。鎧竜から投げ出されながら着地に成功し、得物を手に私達に襲い掛かって来た。私に二人、ハヤテ様に一人。ナイフを回転させて逆手に持ち、押し寄せる男達に向かって拳を構えた私の背後から、坊ちゃんの声が聞こえて来る。


「≪三槍(トリプル・ランス)二連(・トゥワイス)≫」

「うおぉぉぉっ!?」


 私の頭上を飛び越え、六本の氷槍が二人の男に襲い掛かる。男達は慌てて槍斧(ハルバード)を払って氷槍を捌くが、私はその隙に素早くナイフを順手に持ち替え、刺突を繰り出した。


「フゥッ!」

「ぐっ!?」

「がぁっ!?」


 男達の脇腹に一つずつ小さな穴が開いて、白煙が立ち昇る。私はすかさず駆け出し、苦悶の表情を浮かべて脇腹を押さえる男達の懐へと飛び込んだ。右側の男の傷口を容赦なく蹴りつけ、返す刀で左側の男の左膝裏を蹴り抜く。


「フゥッ!」

「うぐ…!」

「ぐぉ…!」


 私は蹴りつけた右足を引き、ナイフを逆手に持ち替え右手を振り上げると、悶絶して前のめりになった右の男の首筋に振り下ろす。うなじに突き立ったナイフの先から斜め下に一閃の白光が放たれ、右の男が白目を剥く。私は右の男を無視し、腰を落として左の男に左肘を突き入れると、そのまま腕を立てて左手甲を叩き込む。そして、右手に持ったナイフを順手に持ち替えると、引き抜いた勢いを駆って弧を描きながら、そのまま左の男へと振り抜いた。順手に持ったナイフから白光が放たれ、左の男の背中に人差し指大の穴が開く。


「…な、なんだ、あの女は…!?」


 私の左右で二人の男が崩れ落ち、反乱軍の男達にどよめきが走る。私は男達のどよめきを無視し、ナイフを逆手に持ち替えながら素早く周囲を見渡した。ハヤテ様は、危なげない動作で相手の男をすでに沈めている。観客席に目を向けると、オウガ様が率いる獣王国の一行が帝国側の席まで後退し、旦那様達と共同戦線を張っていた。


 西側の観客席は王妃のキキョウ様が虎族を率いて先陣を切り、鋭い鉤爪を振るって反乱軍を討ち倒している。オウガ様も獅子族の面々を率い、目立たないながらも着実に敵を斬り伏せていた。西側の観客席には無数の氷槍が横殴りに突き刺さっており、二頭の鎧竜が縫い留められている。闘技場に下りている坊ちゃんが側面支援を行ったに違いなかった。


 一方、東側の観客席は旦那様が先陣を切り、流星の如き無数の刺突で相手を翻弄していた。南東へと目を向けると、床下から無数の岩槍が乱立して既に観客席は崩壊しており、その中で三頭の鎧竜がまるでモズの早贄のように串刺しとなって宙に浮かんでいる。直後、空中に描かれた魔法陣から巨大な岩石が現れ、生き残っていた反乱軍の男達共々、鎧竜を押し潰す。


「≪落崩撃(アース・フォール)≫」


 うわ、マリアンヌ様、容赦ねぇ。


 扇子で口元を隠し、嬉々とした表情で次々と地属性魔法の放つマリアンヌ様の姿に、身震いを覚える。すでに闘技場は東西共に南半分が瓦礫と化し、足の踏み場もない。反乱軍によって破られた入口は辛うじて原型を留めており、なおも散発的に反乱軍の男達が飛び込んできていたが、彼らは鎧竜に乗っておらず全て徒歩だった。彼らは闘技場へと飛び込んできた途端、眼前に広がる惨状を目にして浮足立ち、コンゴウと名乗った大男の鎧竜の周囲に寄り集まる。新たに入口から駆け込んで来た反乱軍の男が、荒い息をつきながら大声を上げた。


「コンゴウ様!我が軍は東西からオウガ軍と帝国軍の挟撃を受け、劣勢ですっ!これ以上は持ちませんっ!」

「何だとぉっ!?」

「≪雷撃衝(サンダー・レイン)≫」

「「「ぐわぁぁぁっ!」」」


 男の報告にコンゴウが怒鳴り返した直後、マリアンヌ様の詠唱と共に無数の雷が入口に落ち、周囲に居た反乱軍を討ち倒した。木造の入口は火を噴きながら崩落し、反乱軍は援軍と退路を断たれる。後背の惨状に唖然とした反乱軍達に、反対側の観客席からオウガ様の怒声が飛んだ。


「コンゴウっ!この馬鹿が!無策のまま一個中隊で大隊に突撃したところで、勝てるはずがなかろうがっ!しかも、背後に居る帝国軍一個大隊も無視しおって、挟撃の恐れも考えなかったのかっ!?お前には、ほとほと愛想が尽きたわっ!」

「ぐぬぬぬぬ…」


 どうもオウガ様と旦那様はこの事態を予期し、予め示し合わせていたように見える。コンゴウと言うオウガ様の実子まで担ぎ出されるのまでは、想定していなかったみたいだけど。オウガ様の人心掌握はなかなかのもので、率いていた一行は獅子族と虎族を主体とした種族混成だったが、互いにいがみ合う事もなく肩を並べ、反乱軍と渡り合っていた。オウガ様の怒声を聞いたコンゴウが歯ぎしりをして私達へと目を向け、忙しなく左右を見渡した。


「…クソっ!此処は一旦引くぞっ!」

「え!?コンゴウ様、お待ちをっ!」


 生き残りの中で唯一騎乗していたコンゴウが鎧竜を駆り、徒歩の男達が慌てて追従する。退路を断たれたコンゴウは脱出を図ろうと、闘技場の北東に設けられた裏口へと突入する。


 その、体長3メルドに近い鎧竜の突進の先には、――― 驚きの表情を浮かべて立ち竦んでいる、金色の髪を湛えた一人の女性。




「退けぇっ!其処の女っ!」

「ひぃぃぃっ!?」

「フランシーヌ様、避けてっ!」


 私は慌ててフランシーヌ様に退避を呼び掛けるも、足が竦んでしまったフランシーヌ様はその場から一歩も動く事ができない。恐怖に囚われ動けなくなったフランシーヌ様を前に、しかしコンゴウは速度を緩める事なく、槍斧(ハルバード)を掲げ突進する。私は急いで右手に持ったナイフを構えるも、至るところに横倒しとなった鎧竜が散在し、射線上に坊ちゃんとハヤテ様が並んでしまって、刺突を放つ事ができない。やむなく私は射線を変えるべく駆け出し、無差別に刺突を放って後続の反乱軍を討ち取りながら、悲鳴混じりの声を上げた。


「フランシーヌ様ぁぁぁぁぁっ!」




 ――― ドン。




 私の願いも虚しく、闘技場に鈍い音が響き渡り、人影が木の葉のように宙を舞った。

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