67:三国会合
墓参りを終えた私達は道に沿って西南西へと進み、秤の月の25日、予定通り三国国境へと到着した。
三国国境には、丁度国境に沿うように山野で区切られた平原が広がっていた。東側からはラシュレー家の領する山野が幅を狭めながら楔を打つように食い込み、西側には魔王国と獣王国を隔てる山岳地帯が横たわっている。そうして東西から山野の挟撃を受けて中央にくびれを持ち、その分南北に向かって扇形に広がる砂時計のような形の平原が、三国会合の会場だった。
私達がラシュレー領の山野を下って会場へと到着すると、すでに旦那様の率いる本隊が現地に到着し、陣を張っていた。すでに停戦協定が締結されてから21年が経過し、その間大きな問題もなかった事もあって、辺りには緊張感こそ漂っているものの、相手に対する憎悪や殺気は感じられない。それでも旦那様の武人としての矜持なのか、ラシュレー家本隊の陣形は理に適ったものであり、どのような変事が起きようとも即座に対応できる態勢が整えられていた。
「親父、すまない。遅くなった」
「いや、期日通りだから、構わんよ。気にするな」
結果的に旦那様より遅参した坊ちゃんが、陣幕に足を踏み入れながら旦那様に頭を下げる。旦那様は坊ちゃんの陳謝に鷹揚に答えながら、私達を出迎えた。坊ちゃんはマリアンヌ様や帝都から派遣された特使と言葉を交わした後、旦那様に尋ねる。
「先方の様子は?魔王国の姿が見えないようだが」
「先ほど早馬があって、3日ほど到着が遅れるそうだ。どうも本国で何やらゴタゴタが起きているらしい」
「ゴタゴタ…」
旦那様の言葉に坊ちゃんが顔を顰め、誰も居ない北側の平原を睨みつける。剣呑な表情の坊ちゃんとは対照的に、旦那様はのんびりとした表情を保ったまま答えた。
「ラシュレー近郊に張り巡らせた情報網には、何も引っ掛かっていない。ゴタゴタと言っても、首都近郊の内情関係だろうな。少なくとも即座に攻め寄せて来る事はあるまいよ」
「なら好いけどよ…落ち着かねぇな」
「其処は後日、本国に探りを入れるとしよう。今は三国会合を無事に終わらせる事を優先すべきだ」
そう答えた旦那様は、南側の平原へと目を向ける。南側の平原にはすでに獣王国の一団が到着しており、旦那様と同じように陣を張っていた。その一団から十数人の集団が現れ、会談のために設けられた天幕の方へ進み出るのを見て、旦那様が独り言のように呟く。
「…お、オウガ殿が出て来たな。王妃のキキョウ殿も一緒だ。シリル、マリアンヌ、一緒に来てくれ。挨拶に行く」
「わかった」
「はい」
旦那様の言葉に、坊ちゃんとマリアンヌ様、そして帝都から派遣された特使と護衛騎士達が進み出る。私は旦那様達を送り出した後、フランシーヌ様と共に陣に残り、旦那様達のお戻りをお待ちする事になった。
***
「おう!オーギュスト殿、久しぶりだな!元気そうで何よりだ!」
「ご無沙汰しておりますな、オウガ殿。あなたもお変わりのないようで」
帝国側の動きはすぐに獣王国側にも伝わり、オーギュストとオウガの二人は互いに一行から進み出て、固い握手を交わした。オウガが国王であるのに対しオーギュストは公爵で位は下となるが、オーギュストは皇帝の名代として全権を委任され、帝国の代表として対等の立場で赴いている。両者の関わりは停戦協定締結以前より25年以上に渡って続いており、国を預かる者同士、敵味方を超えてすでに十分な信頼関係を構築していた。オーギュストとオウガの傍らで、マリアンヌとキキョウの二人も互いの再会を喜んでいる。
「キキョウ殿、手紙でいつもお話しておりますから、久しぶりと言う感じがいたしませんわね。でも、実際にお会いして、お元気な姿を拝見でき、とても嬉しく思いますわ」
「こちらこそ、いつも妾の愚痴に付き合ってくれて、申し訳ありませぬな、マリアンヌ殿。あれから7年も経ったと言うのに、其方は全く変わりなく美しくあられる。オーギュスト様との仲睦まじさが面にまで現れておって、同じおなごとして羨むばかり。はぁ…、是非ウチの宿六に、オーギュスト様の爪の垢を煎じて飲ませたいところじゃ」
「あら、またオウガ様が何かおいたをなさって?よろしければ後日、爪の垢を送って差し上げましてよ?」
「オーギュスト殿、奥方を宥めていただけぬか?このままでは、またキキョウの尻に敷かれてしまう」
「オウガ殿、そろそろ火遊びは止めて、キキョウ殿を大切にされた方がよろしいぞ?」
夫人同士の会話を耳にしたオウガがオーギュストに顔を寄せて小声で頼み込み、この件に関しては一向に進歩の見られないオウガの態度に、オーギュストが苦笑する。オーギュストはそのまま笑みを湛えながら、背後に佇むシリルを夫妻に紹介した。
「オウガ殿、キキョウ殿、息子のシリルを紹介させてくれ。今年で19になる。シリル、両陛下に御挨拶を」
「はい」
オーギュストの紹介を受けたシリルは、オウガとキキョウの前に進み出ると左胸に右拳を当て、恭しく一礼する。
「お初にお目に掛かります。オーギュスト・ド・ラシュレーの息子の、シリルであります。両陛下におきましては、ご機嫌麗しく」
「おおっ!其方がシリル殿かっ!我は獣王のオウガ、隣に居るのが王妃のキキョウだ!…なるほど。噂に違わず、奥方に似て、随分と目を惹く。この眉目では、さぞ京雀達も騒々しかろうっ!」
頭を下げたシリルの流れるような橙色の髪を見て、オウガが感嘆の声を上げる。彼はからからと笑いながら右手を前に払い、背後に佇む女性に前に出るよう促した。
「ウチの娘も紹介させてもらおうっ!この度新たに王太女に立てた、ハヤテだ!シリル殿と同じ19歳だ」
「ほぅ…。キキョウ殿と同じ、虎族ですか…」
オウガの紹介を得て前に進み出た女性の、橙と黒の縞模様に彩られた髪を目にして、オーギュストが小さく呟く。ハヤテはオーギュスト達三人の前に進み出ると、体の前で左掌を広げ、そこに右拳を圧し当てながら立礼した。
「この度獣王国の王太女となりました、ハヤテと申します。以後、お見知り置き願います」
ハヤテは武装こそしていなかったが、その出で立ちは令嬢と言う表現からほど遠い、戦いに臨む武人の姿だった。
彼女は獣王国の民族衣装とも言える、袖のない膝下まで覆う衣装に身を包んでおり、その側面には裾から腰まで深いスリットが入っている。王妃のキキョウはそのスリットから年齢を感じさせない艶のある素足が顔を覗かせていたが、王太女のハヤテは中に動きやすさと強度を重視したゆとりのあるズボンを履いて、激しく動いても裾が広がらないよう足首で結い留めていた。首の中ほどまでを覆う詰襟から右の鎖骨を抜けて右脇の下へと布の合わせ目が斜めに走り、衣装に独特のアクセントを加える。ハヤテの声は若さと生命力に溢れていたが、女性らしい色艶より凛々しさが先行していた。
シリルは、王太女と言う肩書からは程遠い出で立ちのハヤテを目にしてもその表情に変化を見せず、ハヤテに対してもう一度、優雅に一礼する。
「これはこれは、ハヤテ殿、痛み入ります。その鋭い眼光一つで、御父君が何故あなたに獣王国の未来を託したのか、理解できました。隣り合う国の次代を担う者同士、譲れない事もありましょうが、なるべく穏便に願います」
「こちらこそ」
優美としか表現できないシリルの姿を前に、しかしハヤテは惑わされる事もなく、値踏みをするように彼の顔を眺めている。そうしてシリルが顔を上げると、ハヤテはなおも値踏みを続けながら、端的に尋ねた。
「…で。アンタがアタシの相手かい?」
「は?…あぁ…」
ハヤテの問いにシリルは一瞬目を見開いたが、すぐに艶めいた笑みを湛える。
「…親善仕合の事ですね?残念ですが、ハヤテ殿の相手は私ではありません」
「何っ!?本当かっ!?」
「ええ」
シリルの言葉に、ハヤテより先にオウガが驚きの声を上げた。目を剥くオウガと厳しい視線を向けるハヤテの前で、シリルは両掌を上に向け、苦笑する。
「実は私は魔術師でして。とてもではありませんが、ハヤテ殿のお相手はできません。対峙したら最後、一撃で敗北するでしょうね」
「おい、オーギュスト!どういう事だっ!?お前の息子が後衛だなんて、聞いてないぞ!?」
「聞くも何も、オウガ殿、あなたが息子について尋ねてきた事なんて、一度もないではないか」
「なら、ハヤテの相手は誰がするんだっ!?オーギュスト、またお前かっ!?」
獣王の威厳を放り投げ、眦を上げて捲し立てるオウガの姿に、オーギュストは両手を上げてオウガを押し留めながら、息子と同じように苦笑する。
「おいおい、勘弁してくれ。私もいい加減、年なんだから」
「何だとっ!?クソっ、またお前、我の邪魔をするのかっ!?過去に三度も我の野望を打ち砕いたお前だからこそ、今度こそはとお前に我の願いを託したのに、此処で肩透かしはないだろうがっ!」
「オウガ殿、勝手に貴国の未来を私に託さないでくれ」
理不尽とも言えるオウガの物言いに、オーギュストは呆れたように答える。彼は腐れ縁とも言うべき相手を宥めながら少しでも安心させようと、ハヤテの対戦相手を、自信を持って評した。
「とにかくオウガ殿、少しは落ち着いてくれ。この私が直々に推薦するほどの、巧者だ。武に秀でたハヤテ殿であろうと、そう簡単に勝てはせんよ。まぁ、大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」
「本当だな、オーギュストっ!?本当に頼むぞ、おいっ!」
下馬評を信じて全財産を賭けたような余裕のなさで詰め寄るオウガの姿を横目に見て、マリアンヌがキキョウに尋ねる。
「…キキョウ殿、今回の賭け事はご息女の伴侶と伺ったけど…結局誰にされたの?」
「秘密。その方が、緊張感があって楽しいからのぅ」
扇で口元を隠し、曰くありげに目を細めるキキョウの姿に、マリアンヌが怪訝な表情を浮かべる。そんな四者四様の姿を見たシリルは頭を掻き、ボヤキを入れるように零した。
「やれやれ…、我々の親達は一体何を騒いでいるんですかね…」
「…」
「…ハヤテ殿、如何しましたか?」
諦めたような溜息をつくシリルの横顔を、ハヤテがじっと見つめている。ハヤテの視線に気づいたシリルが尋ねたが、彼女は質問に答えないまま目を細めて口の端を吊り上げ、舌なめずりをした。
「…うん。これなら十分アリだ」




