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66:かつての仲間達と

 拝啓、マリアンヌ様。


 枕、早速使わせていただきました。




 ***


「すぅ、すぅ…」

「…」


 目を覚ました私は、眼前に横たわる美しい姿態に目を奪われ、硬直した。豊かな金色の髪に彩られた染み一つない肌が艶めかしい起伏を描き、毛布の上からでも煽情的な造形を浮かび上がらせる。伏せられた睫毛は長く艶を帯び、瑞々しい珊瑚色の唇が緩く開いて規則正しい寝息を繰り返して、同性異性を問わず見る者を惹き込ませる。私は目の前に展示された、生ける美術品をまじまじと観賞しながら、記憶を掘り返した。


 え、えっと…昨夜は確か、フランシーヌ様がお酒を持って私の部屋に押し掛けて来て、リアンジュの時の話で大いに盛り上がっちゃって、そのまま泊まるとか言い出したんだよね。布団の上にはフランシーヌ様の衣服や下着が点々と散らばり、恐る恐る毛布を捲ると、彼女の瑞々しい肌が何物にも遮られる事なく、太腿まで露わになる。ちょっと!何でこの人、全裸なのよっ!?


 …はっ!?もしやこれがマリアンヌ様の仰っていた、女子会ってヤツですかっ!?


「…ん、ぅん…あ、リュシーさん、おはよう…」

「おおお、お早うございます、フランシーヌ様!」


 私が自分の胸元に視線を下ろし、全身を包むネグリジェを目にして一夜の過ちがなかった事に安堵していると、フランシーヌ様が目を覚ました。聖女の殻を脱いだ彼女は、美しい肢体を横たえたまま無防備であどけない笑顔を浮かべ、いつもと異なる魅力を部屋中に振り撒いている。その無差別攻撃の唯一の被害者となった私は、目の前で揺れ動く芸術に目を奪われながら、恐る恐る尋ねた。


「…あ、あの、フランシーヌ様。何で全裸なんですか?」

「え?…あぁ。私、室内で寝る時はいつも裸なのよ。以前はちゃんと服着てたんだけど、陛下がいつも剥くもんだから、いつの間にか、ね」


 陛下ぁぁぁぁぁっ!貴方、フランシーヌ様に何つぅ癖、埋め込んでいるんですかっ!?


「…あ、朝日が凄く綺麗っ!」


 後宮での営みが聖女にとんでもない習慣を植え付けた事に内心で抗議していると、フランシーヌ様がカーテンの隙間から差し込む朝日を見て歓声を上げた。彼女はベッドから飛び降りると、足取り軽く窓際へと近づき、両手でカーテンの端を掴んで勢い良く広げる。


「うわぁっ!中庭が一望できて、絶景じゃないっ!」

「うわぁぁぁぁぁっ!フランシーヌ様、服着て下さいよ、服っ!」

「大丈夫よ、見られても減るもんじゃないし」

「いや、見た方が減りますからっ!理性とかっ!」


 フランシーヌ様が一糸纏わぬ姿で鍵を開け、ベランダに出ようとするのを見た私は慌てて窓際へと駆け寄り、彼女を押し留めた。両肩を手で押さえて彼女を拘束し、必死に説得する私の目の前で、フランシーヌ様が頬を膨らませ、子供のように剥れている。


 この人、タガが外れると何処まで行っても猫だなっ!


 コンコン。


「失礼します。リュシーさん、朝ですよ。そろそろ起きて…」


 部屋の扉がノックされ、ノエミが姿を現わした。彼女は扉を開けた途端、朝日を浴びて光り輝く窓際に立ち、全裸とネグリジェ姿で見つめ合う私達二人の姿を認め、硬直する。


「…し、失礼いたしました…。ど、どうぞ、ごゆっくり…」

「ち、違うからっ!ノエミ、誤解だからっ!」


 顔を真っ赤にして部屋を出て行こうとするノエミを、私は慌てて呼び止める。狼狽する私に、フランシーヌ様の言葉が追い打ちをかけた。


「あ、ノエミさん、あなたもこっちに来て、一緒にどう?物凄く気持ち良いわよ?」

「フランシーヌ様っ!その言い方、色んな意味で語弊があるからっ!」




 ***


「じゃあ、親父。俺達は一足先に向かうから。現地で合流する」

「ああ。気を付けてな、シリル」


 サン=スクレーヌに戻ってから3週間が経過した、秤の月の10日。坊ちゃんと私は、旦那様とマリアンヌ様に別れを告げ、一足先にサン=スクレーヌを出発した。


 同行するのは、フランシーヌ様とノエミ、北部戦線に同行した10名の騎士、そしてフランシーヌ隊の面々。私達はフランシーヌ様の馬車に便乗し、お喋りに花を咲かせながら、目的地へと向かう。北部戦線で1年間生活を共にしただけあってラシュレー家の騎士とフランシーヌ隊の息はぴったりで、道中に何の不安も抱かなかった。


 私達は三国会合の会場には直接向かわずに北西へと進路を取り、魔王国との国境に出ると西南西へと折れ、国境沿いの道を進む。そうして5日が経過したところで一行は足を止め、坊ちゃんと私は馬車を降りた。


 其処は辺りに人気のない、鬱蒼とした森の中だった。坊ちゃんは道の脇に大きくせり出した目印代わりの大岩を見上げた後、沿道へと足を踏み入れ、其処に咲いていたマリーゴールドやサルビアの花を数本採取して束ねる。家人の手を借りず、黙々と花を束ねる坊ちゃんの後姿を眺めた私は、荷馬車に積まれていた酒壺の首紐を手に取って一本引き抜き、馬車の中のフランシーヌ様に声を掛けた。


「それでは、フランシーヌ様、行って来ます。申し訳ありませんが、此処でお待ち下さい」

「ええ、私達の事は気にせず、ゆっくりしていらっしゃい」


 柔らかく微笑むフランシーヌ様に頭を下げ、坊ちゃんと私は道を外れ、森の中へと足を踏み入れた。坊ちゃんは花束を、私は酒壺を手にしたまま、黙々と道なき道を進む。時折坊ちゃんが立ち止まって周囲を見渡し、記憶を手繰り寄せている間、私は坊ちゃんの後ろに佇み、再び足を踏み出すのを待ち続けた。


 そうして20分ほど歩いたところで樹々が疎らになり、私達は荒地へと足を踏み入れた。不規則に立ち並んでいる樹々に混じって特徴的な枝ぶりの木が現れ、その根元に腰ほどの高さの灰色の石が地面から突き出ている。灰色の石は周囲に比べると風化が進んでおらず、黒ずんだ周囲の色から爪弾きにされたかのように、白く浮き上がっていた。


 坊ちゃんは石の前に立つとその場で片膝をつき、持っていた花束を手向ける。そして顔を上げて石の表面を見つめると、しみじみとした表情で語り掛けた。


「…悪かったな、アンドレ。去年来れなくって。急に帝都に呼ばれて、そのままリアンジュに行く羽目になってさ。一年近く向こうに居て、先月戻って来たばかりなんだ」


 坊ちゃんは石に語り掛けながら右手を上げ、背後に立つ私を促した。私が酒壺を坊ちゃんに手渡すと、坊ちゃんは酒壺の蓋を開け、両手で持って壺を傾ける。壺の口から一筋の水流が零れ、少しずつ石を濡らしていく。坊ちゃんは少しずつ少しずつ、満遍なく酒を注ぎながら、呟くように言葉を続けた。


「…でも、良い知らせがあるんだ。リュシーがついに完治したんだ。ようやく此処に連れて来る事ができたよ。…リュシー」

「はい」


 酒を注ぎ終えた坊ちゃんが立ち上がって脇に下がり、私は石の前に進み出た。お仕着せのワンピースに身を包み、腰に結わえた白いエプロンの前で手を組んで姿勢を正し、石に向かって話し掛ける。


「…お久しぶりです、アンドレ隊長、みんな。リュシーです。5年も顔を出さなくて、申し訳ありません。やっと、動き回れるようになりました」


 そう答えた私は両手でスカートの裾を摘まみ、石に向かってカーテシーを披露しながら、苦笑する。


「…でも、見て下さいよ、このカッコ。今じゃ、この私が侍女やっているんですよ?あの、家事一つ満足に出来ない破壊者(デストロイヤー)の私が、もう5年も。笑っちゃいますよね?」


 私はスカートの裾を摘まみ上げたまま一回転し、エプロン姿を石に見せた。スカートの裾が翻り、地味な色の花が下に向けて咲き開く。あの時には想像もしなかった姿を披露した私は、再び体の前で手を組むと、5年間胸の中に溜め込んできた想いを告げる。


「…それでも、やっと元気になれたから…此処に戻って来れたから…。アンドレ隊長、みんな、お任せ下さい。私が…」


 言葉が出なくなった私は顔を上げ、樹々の隙間から顔を覗かせる空を仰ぎ見た。口を真一文字に結び、笑っているのか泣いているのか分からない表情を浮かべたまま、青空に浮かぶ雲の流れを眺める。


 やがて、せり上がった想いを喉の奥に押し込んだ私は視線を下ろし、石に向かって微笑みながら、言葉を絞り出す。


「…私が、みんなの分までずっと、坊ちゃんをお守りしますから…だから、安心して下さい」




「…そろそろ、行くよ。これから三国会合に立ち会わないといけないんだ。また来年、二人で顔を出すから。…リュシー、行こうか」

「はい」


 石を見つめる私の背後から坊ちゃんの声が聞こえ、枯葉を踏みしめる音が聞こえた。私は振り返って坊ちゃんに答えると、もう一度石に向き直って姿勢を正し、深々と頭を下げる。


「それじゃぁ、みんな、…おやすみなさい」


 頭を上げた私は身を翻し、坊ちゃんの後を追ってその場を立ち去る。


 風が吹いて木々がざわめきを放ち、石の許を去る私達を送り出した。

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