表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/110

61:親善仕合

「…三国会合で…ですか?」

「ああ」


 私が鸚鵡(オウム)のように呟いた言葉に、旦那様が頷きを返す。


 三国会合は、帝国、獣王国、魔王国、大陸を代表する三大国が停戦協定に基づき7年毎に行っている会合だ。国家同士の外交活動なので、一介の侍女の私の出る幕なんてないはずなんだけど。小首を傾げる私に、旦那様が説明を続ける。


「三国会合で行われる催しの一つに、親善仕合と言うものがあるんだ。各国の代表同士が模擬戦を行うのだけれども、其処に君も出場して欲しくてね」

「私がですか!?私などよりも、もっと優秀な方が沢山いらっしゃるではありませんか」


 右肩の傷が完治し全盛期の力を取り戻した私が、ラシュレー家を代表する巧者の一人に数えられるようになったのは事実だ。だが、それでも帝国有数の軍事力を有し人材も豊富なラシュレー家であれば私以上の強者の名は幾人でも挙げられるし、そもそも私は旦那様にだって未だに勝てない。その面子に比べれば明らかに「駆け出し」で「末席」であるはずの私が三国の代表に選ばれる事は、普通であれば考えられない。そう私が疑問を呈すると、旦那様が理由を教えて下さった。


「実は、獣王国の代表の一人が王太女でね。しかも君と同じ格闘家なのだよ。王太女が相手となると此方も色々と配慮せねばならぬし、かと言って手心を加えると元々喧嘩っ早い彼方(あちら)の頭に血が上る。君にしか頼めそうにないんだ」

「お、王太女自らですか?また随分と扱いにくい方が…」

「しかも獣人族は力が全てと言うのが信条でね。模擬戦でも真剣を使うし、時折死者が出るほど苛烈なんだ」

「げげげっ」


 王太女と言えば、当然獣王国の次期女王だ。幾ら親善仕合とは言っても真剣では万一の事も考えられるし、もし王太女の命を奪ってしまったら停戦が破棄され、再び血みどろの戦いへと突入してしまう。アッチが()る気満々となると、下手な戦い方をしたら此方の命が危うい。げんなりしながら思考を進めていた私は其処で思い至り、首元に妖しく絡みつく漆黒のチョーカーを指で摘まみ上げた。


「…だから、私なんですね?」

「ああ、その護身群があるからね」


 マリアンヌ様と坊ちゃんからお預かりしたこの護身群は、私に危険が迫ると自動発動して攻撃を防ぐ。その判定と展開速度は十分に信頼できるものであり、防御力も十分。リアンジュにおけるセヴラン様との模擬戦で散々実感した私は納得し、依頼を請け負った。


「畏まりました。それでは、私の敗北条件はこの護身群の発動と言う事で。王太女の側は?」

「それは気にしないで構わない。元々獣人族は人族よりも頑丈(タフ)だし、気功という術を使って体を強化している。気功を纏えば、素手で鉄板と張り合えるくらいだ。此方が手を抜いている暇なんてないよ」

「分かりました。どちらにせよ、此方が勝たねばならない理由もないですしね」

「それが、そうも行かなくてね…」


 王太女の命を危険に晒してまで帝国が勝利に固執する理由などない。そう思って請け合った私に、旦那様がボヤキを入れる。


「…彼方(あちら)さん、この親善仕合の勝敗に必ず国内問題を乗っけて来るんだ。私は過去に三度、向こうの国王と対戦したが、全ての勝負に彼の配偶者問題と後継者問題が賭けられていたよ」

「えっ!?それで、勝負はどうなったのですか?」

「私の全勝だ。おかげで彼は、王妃も後継者も自分の望みが叶えられなくてね、今も私を目の敵にしているよ」


 うわっ、旦那様、穏やかな顔して、やる事が容赦ねぇ。流石は、あの喧嘩っ早いマリアンヌ様が惚れ込むだけの事はある。「軍神」という異名に恥じない新たな逸話を耳にして、私は舌を巻いた。「軍神」が穏やかな表情で顎を手で擦りながら、独り言のように語る。


「まぁ、獣人族は得てして潔いから彼も根には持っていないようだが、その分毎回の勝負への熱の入れようは尋常ではなくてね。今回は王太女ご自身の配偶者問題だそうだ。彼の手紙からも並々ならぬ意気込みを感じられたし、此処で負けたらどんな無理難題を突き付けられるか…」

「うぇぇ…。それって、ウチ、完全にとばっちりじゃないですか…」


 旦那様と私、二人揃って嘆息する。ご自身の配偶者問題ともなれば、王太女は一層、(相手)を殺す気で来るだろう。なのに、此方は万一の事があってはならないから、細心の注意を払わなければならない。理不尽な自分の立場に、溜息が尽きない。


「…ま、それでも何十年にも渡る血みどろの争いに比べれば、このくらい、ちょっとした『ご近所付き合い』だ。リュシー、よろしく頼むよ」

「ええ、お安い御用です」


 諦め気味の旦那様の結論に私は同意し、快諾した。何百人何千人もの命を奪い、その数倍の憎しみと悲しみを量産する戦争に比べれば、親善仕合の苦労など可愛いものだ。私はそんな重要な仕合を旦那様から託された事を誇りに思い、全力を尽くす事を心に誓った。




「…三国会合の話は、以上だ。後は…、『君のおねだり』だな」

「…え?」


 私が握り拳を作って心に誓っていると、旦那様が再び話題を変えた。我に返った私の正面で、旦那様がソファに腰を下ろしたまま、興味津々の(てい)で此方を見ている。


「…手紙を見ただろう?今回の功績の褒賞として、ラシュレー家は君のおねだりを一つ、必ず叶えよう。遠慮する事はない。何でも欲しいものを、一つ言ってくれ」

「…ほ、本当にどんな事でも、よろしいのですか?」

「ああ、勿論だとも。どんな無理難題が来るか、楽しみにしているよ」


 そう答えてソファの上で身構えた旦那様の笑顔はあまりにも眩しく、私は頬を染めて俯いた。真っ赤な顔でチラチラと旦那様の様子を窺いつつ、太腿の間に差し込んだ両手を擦り合わせながら、恐る恐る望みを打ち明けた。


「…そ、それでは旦那様、一度で好いですから、わ、私と、その………お、お手合わせいただけませんか?」




「手合わせとは…仕合の事かい?」

「はい」


 目を瞬かせて確認する旦那様に、私は顔を赤らめ、俯いた。太腿の間に両手を差し込んだまま、モジモジしながら答える。


「…旦那様の剣技は私の憧れで、いつかその高みに辿り着きたいと思っておりました。残念ながら今の私は剣を持つ事ができなくなってしまいましたが、右肩の傷も癒え、全盛期の力を取り戻しております。是非、『軍神』の異名を持つ旦那様を前に、自分の力が何処まで通用するのか、試したいのです」

「…何だ、そんな事で好いのかい?」


 私のお願いに、旦那様が顔を綻ばせ、頭を掻く。


「…リュシー、君は物分かりが良すぎるよ。コッチは、どんな娘の我が儘に付き合わされるか、戦々恐々としていたのに」

「む、娘だなんて、そんな…」


 旦那様の「お義父様」発言に、私の顔が再び真っ赤になる。下を向いたまま、太腿の間で交互に動く己の両手を眺めていると、旦那様の声が正面から降り注いだ。


「分かった。その程度で好ければ、喜んで付き合おう。スケジュールを調整するから、少し時間をくれ。どちらにせよ、君には獣人族の気功への対処を教えなければならないからな。一度ではなく、何度でも付き合ってあげよう」

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


 旦那様の軽快な返事に私は喜色を露わにして背筋を伸ばし、御礼を述べた。一度のみならず、何度もお付き合いいただけるだなんて。旦那様直々のご指導と言うご褒美まで付いてホクホク顔の私を見て、旦那様が顔を綻ばせる。


「話は以上だ。この後マリアンヌからも少し話があるから、ついて来てくれ。それが済んだら、今日明日はゆっくり休むんだよ?」

「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 私は旦那様の細やかな気遣いに心から感謝を述べながら、旦那様と共に部屋を出て、マリアンヌ様と坊ちゃんの待つ部屋へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ