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58:祝賀会(2)

「陛下、御来臨」


 近侍の声が大広間に広まると、奥の間に向けて人々が揃って首を垂れた。私も坊ちゃんと並んで頭を下げていると、視界の外から複数の足音が聞こえて来る。


「皆の者、面を上げよ」


 大広間に力強い男性の声が響き渡り、私達は一斉に頭を上げる。広間の奥に目を向けると、石の階段を経て数段高くなった壇上に、皇帝陛下と皇后陛下が並んで佇んでいた。皇帝陛下が一歩進み出て、階下の私達に向かって高らかに宣言する。


「今年、我が帝国は大きな転換の時を迎えた。30年以上に渡って帝国を悩ましてきた三体の魂喰らい(ソウル・イーター)、その全てを駆逐する事ができたのだ。余は、余の治世にこの様な偉業を成し遂げてくれた臣民全てを賞賛すると共に、今日、その功労者を此処に招き、功績を称えたい。帝国は、多大な貢献を齎した者には、必ずその功績に相応しい褒賞で報いる事を、此処に約束しよう。…シリル・ド・ラシュレー、前へ」

「はっ!」


 呼び声に応じて、坊ちゃんが前に進み出る。階下で傅く坊ちゃんの前で、陛下が朗々とした声を広間の隅々まで響き渡らせる。


「シリル・ド・ラシュレー。其方(そなた)は観戦武官の任を超えて聖女フランシーヌを支え、女帝(エンプレス)討伐に大きな貢献を齎した。よってその功績を称え、聖鳳凰勲章を授けると共に、白金貨20枚を下賜するものとする」

「はっ、有難き幸せ」

「「「おおっ」」」


 陛下の口から、リアンジュの時と同じ内容の宣言がなされ、大広間に感嘆の声が上がる。坊ちゃんは陛下から改めて書状を受け取ると、恭しく一礼して私の許へと戻って来た。小さな拍手で出迎えている私の許に、陛下の声が聞こえて来る。


「リュシー・オランド、前へ」

「はい」


 耳慣れない名に皆の注目が集まる中、私は一人で陛下の前へと進み出る。両手を体の前で揃え、姿勢を正した私の視線の先で陛下が書状を広げ、背後に集う面々に知らしめるように、声を張り上げた。


「リュシー・オランド。其方は陪臣の身でありながら聖女フランシーヌを支え、一時は女帝(エンプレス)の前に風前の灯火となった彼女の命を助け、フランシーヌ隊を全滅の憂き目から救い、単身で女帝(エンプレス)を討伐した。その上、遡る事5年前、其方が人知れず黒衣の未亡人(ブラック・ウィドウ)を撃破した事により、帝国は此処に魂喰らい(ソウル・イーター)の殲滅を宣言するに至った。その多大なる功績を称え、余は其方の主家たるラシュレー公爵の承認の下、其方の子爵夫人への叙爵を承認し、聖鳳凰勲章を授け、白金貨50枚を下賜するものとする」




「「「おおっ!?」」」

「何とっ!」

「聖鳳凰勲章まで…」

「噂は本当だったのか…」


 坊ちゃんの時とは比較にならないほどの大きなどよめきが背後から上がり、会場のあちらこちらでひそひそと小声が漂う。私は背中に突き刺さる幾本もの視線と負の感情を無視し、陛下に深く頭を下げた。


「ありがとうございます。陪臣の身に余る陛下の御厚情、篤く御礼申し上げます」

「うむ。これを励みに、より一層の高みを目指すがよい」


 陛下から書状を受け取った私はもう一度深く一礼すると、踵を返し、坊ちゃんの許へと下がる。私が自身の胸に集中する視線を振り払いながら坊ちゃんの傍らへと戻ると、壇上の陛下が居並ぶ面々に向かって宣言する。


「なお、今回の功績を称え、聖女フランシーヌ・メルセンヌの侯爵夫人への陞爵(しょうしゃく)を認め、ヴァレリー・スーラ、セヴラン・デュ・ボアの両名に聖鳳凰勲章を授けると共に、北部戦線に務める兵士全員に総額白金貨2万枚に上る褒賞金を下賜している。余の、功績に対する公平で真摯な姿勢は、皆にも良く伝わったであろう。この功績を凌ぐ目覚ましい働きを、余は此処に居る全ての者に期待しておるぞ」


 陛下はそう言葉を締めくくり、北部戦線に対する授与式は幕を閉じた。




 授与式が終わると、大勢の貴族達が坊ちゃんの許へと押し寄せ、次々とお祝いの言葉を述べた。彼らはその家柄や爵位に従って列を成し、代わる代わる慶賀の声を掛けていく。


「シリル殿、この度の活躍は誠に見事だった。御父君もさぞお喜びであろう。この場でお会いできない事が、非常に残念だ」

「ありがとうございます、カスタニエ侯爵。侯爵こそ、この度はご結婚、誠におめでとうございます。遠くリアンジュの地に駐留しておりました故、祝賀会にもお伺いせず、誠に申し訳ございません」

「何の何の。この老いぼれの婚儀など、北の平穏と引き替えにすべきものではない。本来であれば妻と共に慶賀に赴くべきところだが、アレは今、少々落ち着きがなくてね。今回は辞退させていただいたよ。いずれ、日を改めてご挨拶させていただこう」

「とんでもございません、健康は何よりも大事でありますから。奥方様にも、よろしくお伝え下さい」

「リュシー殿、君も素晴らしい働きを見せてくれた。これからも公の下での素晴らしい活躍を、期待しておるぞ」

「勿体ない御言葉でございます、侯爵閣下」


 帝国で10年以上にも渡って司法大臣を務めるカスタニエ侯爵から御祝いの言葉をいただき、私達は御礼の言葉を述べた。カスタニエ侯爵は昨秋、40歳年下の帝国一の美姫と結婚され、帝都中の話題をかっさらったそうだが、坊ちゃんと私はすでにリアンジュに向かった後だったため、晴れの舞台を目にしていない。どうやら御成婚に当たってラシュレー家が一肌脱いだようで、カスタニエ侯爵はその事で盛んに礼を述べていた。その好意的な姿勢は何故か私にまで及び、侯爵閣下からいただいた過剰なまでの配慮に、心当たりのない私は恐縮する他になかった。カスタニエ侯爵との挨拶を終えた私達は、次々に相手を変えていく。


「シリル殿、1年にも及ぶ北部戦線での任務、大変お疲れ様でした。彼の戦域での苛烈さは中央にも聞き及んでおり、次女のオレリアもシリル殿のお体を毎日のように案じ、その献身ぶりは父親の私から見ても胸が締め付けられるものでした」

「このオレリア、シリル様のお体を心配する余り食事も満足に喉を通らず、女神様にシリル様のご無事とご活躍を祈る毎日を過ごしておりました。その祈りの甲斐あって本日シリル様の無事な御姿を目にする事ができ、私はそれだけで胸がいっぱいでございます。なのに、これから直ぐに西に向かわれ、強大な二国との会談に臨まれるとお聞きし、我がマイヤール家はシリル様のお身体が心配でなりません。どうかこのオレリアに、西への同行をお許し下さい!」

「マイヤール侯、オレリア殿の祈りの甲斐あって、私は望外な成果を携え、無事に帝都へと戻る事ができました。北部戦線、西部突出部の安定は、中央に居る方々の後押し無しでは成し得ません。オレリア殿、あなたの申し出は大変嬉しいが、難しい二強国との会談で変事が起き、オレリア殿の身に何かあってはご家族に申し訳が立たない。どうか安全な中央に於いて、帝国のために、会談の成功をお祈りください」


「シリル殿、この度は聖鳳凰勲章授与、おめでとうございます。10代で聖鳳凰勲章授与という初の快挙に、娘のジスレーヌも感動しておりました」

「シリル様、聖鳳凰勲章授与、誠におめでとうございます!シリル様が北部戦線に駐留されると聞き、このジスレーヌ、心配で夜も眠れずにおりましたが、余人をもって代え難いご活躍を耳にし歓喜に打ち震えております!当家にて祝宴を設けさせていただきますので、是非お越し下さいませ!」

「これはこれはベルトラン侯、過分なまでのお褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。ジスレーヌ殿もその後お変わりなくお美しくあられ、何よりです。ジスレーヌ殿のお申し出は大変ありがたく思いますが、実は三国停戦協定に基づく各国との会合が間近に迫っておりまして。すぐにサン=スクレーヌへと戻らねばならないのです。ジスレーヌ殿のそのお気持ちだけで、十分です」


「シリル殿、この度のご活躍を耳にして、ルモワーニュ家は我が事のように喜んでおります。実は当家の抱える新進気鋭の劇作家がシリル殿のご活躍を題材にした演劇を作りましてな、来週封切られるのですよ。是非シリル殿を、セレモニーに招待いたしたく」

「シリル様!このセレスティーヌ、シリル様の雄姿を忠実に再現すべく、自らの手で何度も監修を行いました!その甲斐あって、この作品は帝国史上に残る名作になったと確信しております!シリル様、ルモワーニュ家が封切前の会場を借り切り、シリル様のためだけに劇を演じさせていただきますので、是非ご鑑賞下さい!」

「ルモワーニュ侯、私などを題材に大作を作っていただけるなど、光栄に存じます。セレスティーヌ殿の芸術に対する情熱は、遠く北部戦線にまで聞こえておりました。あいにく三国停戦協定に基づく各国との会合のためにすぐさまオストリアを発たねばならず、ご招待に(あずか)る日がありません。大変心苦しくはありますが、北部戦線に匹敵する西の安寧のため、ご容赦下さい」


 カスタニエ侯爵に続いて、マイヤール侯爵、ベルトラン侯爵、ルモワーニュ侯爵がご息女を伴って次々と訪れ、坊ちゃんに慶賀の言葉を並べていく。うっわ、すっげぇ。皆、揃いも揃って坊ちゃんに美辞麗句を並び立てた挙句、華麗に私をスルー。御令嬢方は、すれ違いざまに私を睨みつける。アカン、アカンて。「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」って言うじゃん。御令嬢方の嫉妬なんて、戦場で放たれる殺意と比べたら微風(そよかぜ)みたいなものだけど、浴びて気持ち良いものじゃないからね。とっととサン=スクレーヌに逃げ戻るに限るわ。侯爵家の挨拶が一巡し、伯爵家へと移った。


「シリル殿、聖鳳凰勲章授与、おめでとうございます。リュシー殿の聖鳳凰勲章授与も誠に素晴らしい。ラシュレー家の人材の豊富さには目を瞠るばかりです。…ところで実は今、私の嫡男に数多くの縁談が舞い込んでいる最中で、未だ相手を決めかねているところでして。今日リュシー殿の姿を目にして、この方ほど息子の妻に相応しい人は居ないと確信したところです。平民の出と伺いましたが、子爵夫人になられたとの事で、身分も申し分ありません。シリル殿、どうか我がクレマンソー家へのリュシー殿の輿入れを、お認めいただけませんか」


 おぉっと、今度のターゲットは私かよ。そりゃ、伯爵(クラス)がラシュレー家と誼を結ぶのに、うってつけだもんね。何故か陛下からの覚えもめでたいし、無視できない額の年金も付いてくる。身分の問題もクリアになったし、とりあえず娶っておくだけでもメリットが沢山ある。…でも、それは絶対無理。


「クレマンソー伯爵、御当主直々の申し出に、此処に居るリュシーも大変な栄誉を感じておる事でしょう。ですが、彼女は帝国軍人にとって最高峰とも言える聖鳳凰勲章を、女性でありながら授与するほどの剛の持ち主。西の安寧を預かる当家にとっても貴重な戦力である以上、片時も手放すつもりはございません。勿論、それほどまでの力量を持つ彼女に、当家は最大限報いるつもりです。ラシュレー家が家人の忠義を如何に重く受け止めているか、如何に篤く報いるか、伯爵家との違いをとくとご覧あれ」


 いや、坊ちゃん、もうちょっと色気のある言葉で引き留めて下さいよ。剛の持ち主とか、まるで巨漢みたいな言い方は勘弁して。丁寧な言葉の裏で伯爵家に喧嘩を売る坊ちゃんの言い草に感心していると、一人の男性が私の前に立ち、おもむろに両手を伸ばして私の手を取った。


「リュシー殿、私はロートレック伯爵と申す。今日、私は貴女の御姿を目にして、心を打たれました。聖鳳凰勲章を授与されるほどの戦巧者でありながら、目を瞠るほどの美しさ。まるで艶やかに咲き乱れながら、手折ろうとする男の指を鋭い棘で傷つける、罪深い薔薇の花のようだ。リュシー殿、どうかこの私の愛を受け入れ、生涯の伴侶として…」


 いや、ロートレック伯、愛を囁く角度が違うから。其処、顔じゃなくて、おっぱいだから。


 坊ちゃんと似たような方角に情熱を燃やすロートレック伯の手首が、横から伸びた手に掴まれ、周囲の温度が2度下がる。


「…ロートレック伯。伯の()()()はよく耳にしますが、此処では少し謹んでいただけまいか?突然の事で彼女も困っておるし、伯も酔いが回られているようだ。少し夜風に当たられた方がよろしいかと」


 坊ちゃん、ロートレック伯の手首に何やら霜が降りていますが。


 新感覚の酔い覚ましにロートレック伯が青ざめ、慌てて手を引っ込める。


「シ、シリル殿、大変失礼しました!今宵は少し酒が過ぎたようだ。それでは私はこれで…」

「ええ。伯、くれぐれも酒には呑まれませぬよう、これからも重々お気をつけ下さい」


 そそくさとその場を後にするロートレック伯を見送る、坊ちゃんと私。上流に目を向けると、人流が堰き止められ、坊ちゃんの様子を恐る恐る窺っている、伯爵家の面々。


「…もう、上がっても好いですか?」

「…じきに戻って来るから、もう少し我慢しろ」


 顔を上げて坊ちゃんに尋ねると、坊ちゃんは私に後頭部を向けたまま、ぶっきらぼうに答えた。




 ***


「…つっかれたぁ…」


 この後も暫くの間私達は押し寄せる伯爵家の挨拶を次々と捌き、子爵男爵を家格で追い払った後、広間を後にした。馬車に乗り込み、坊ちゃんと並んで腰を下ろした私は、座ったまま手足を伸ばして体を解す。私は肩に手を当て、首を鳴らしながら、坊ちゃんに御礼を述べた。


「坊ちゃん、今日はありがとうございました。わかってはいましたけど、くたびれますね、コレ。窮屈で、私には性が合わないなぁ」

「俺だって必要だからやっているだけで、好きじゃない。そう考えると、ウチはつくづく『田舎』で良かったよ」

「本当ですよねぇ…ふわぁ…」

「…眠いのか?」

「えぇ、少し…」


 欲求に負けた私は、坊ちゃんの田舎発言に同意しながら、小さな欠伸をする。すると坊ちゃんの腕が私の頭に回され、そのまま私は坊ちゃんの肩に引き寄せられた。驚いた私が坊ちゃんの肩に頭を預けたまま目を上へと向けると、坊ちゃんが正面を向いたままぶっきらぼうに答える。


「…坊ちゃん?」

「寝てろ。着いたら起こしてやる」


 坊ちゃんの匂いが肺へと流れ込み、心臓に巣食うマグマ(欲望)を刺激した。私は淡い期待を抱きながら、坊ちゃんに体を預ける。


「…それじゃぁ、お願いしますね…」

「ああ、おやすみ」


 トクン、トクン、トクン…。


 私は目を閉じて微睡みに身を委ね、坊ちゃんの匂いと温もりに包まれながら意識を手放した。




 翌、獅子の月の30日。


 帝都での予定を全て終え、最後にレイモン様とロクサーヌ様への挨拶を済ませた私達は、オストリアを発ってサン=スクレーヌへの帰途についた。

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