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52:論功行賞(2)

「…ぷっ!」


 レイモン様の宣言の前に私は思わず吹き出し、慌てて口元を手で押さえた。前かがみで口元を手で押さえたまま目を白黒させる私を余所に、レイモン様の言葉が続く。


「リュシー・オランド、陪臣の身でありながらこのような栄誉を(あずか)るなど、異例の事だ。其方(そなた)の偉業は帝国の繁栄のみならず、帝室とラシュレー公爵家との関係をより一層強固なものとするであろう。其方の主君、オーギュスト公からも特別に書簡を預かっておる。この栄誉を糧に、帝国並びに両家の繁栄の担い手として、大いに期待しておるぞ?」


 いや、それ、おかしいでしょ!?


 私、つい1年前まで平民出の、しかも料理も洗濯も掃除も裁縫もできない、役立たずの侍女だったんだよっ!?それが男爵位を飛び越えていきなり子爵夫人で、しかも聖鳳凰勲章持ちって!?聖鳳凰勲章って言ったら、それだけで騎士の尊敬の的で、軍団長にだって一目置かれる存在だと言うのにっ!役立たずの侍女でしかも聖女失格なのに、子爵夫人でおまけに聖鳳凰勲章持ちとか、無節操にもほどがある。


「…あ、あの…」

「リュシー君」


 やっとの事で顔を上げ、口を開いた私に、レイモン様が言葉を被せてきた。書簡を丸めて紐で結わえると、筒状と化した書簡で私の額をポンと(はた)きながら、片目を閉じる。


「黙って貰っておきなさい。損にはならないから。それが一番、丸く治まる」

「え、えっと…」


 私は額に据え置かれた紙筒に目を向けた後、横目で坊ちゃんに救いを求める。だけど坊ちゃんはその場に佇み両腕を組んで重々しく頷いたっきり、一向に動く様子を見せない。進退窮まった私は頭上に置かれた紙筒に目を向けた後、観念して頭を上げ、一礼した。


「…あ、ありがとうございます。謹んでお受けいたします」

「うむ。…義兄上の手紙は、また後でな」


 下を向いた私の視界に筒状の書簡が差し出され、私は両手で恭しく受け取る。受け取り際にレイモン様が小声で一言添えられ、私は少しだけ機嫌を良くしながらレイモン様の許を離れた。リアンジュの有力者達の小声が気になって仕方ない。


「…以上をもって、御言(みこと)の儀を終了とする。皆の者、御苦労であった」


 私の不安を余所にレイモン様が式典の終了を宣言し、人々は大盤振る舞いの褒賞に心を浮き立たせながら広間を後にした。




 ***


「…だって君、30年間誰も斃せなかった魂喰らい(ソウル・イーター)を、一人で二体も斃してるんだよ?陛下は魂喰らい(ソウル・イーター)一体につき爵位一つのおつもりだったから、この機会に二つ上げてしまえ、という結論になったわけだ」


 式典の終えたレイモン様がソファに身を沈め、旅の疲れを癒しながら、私に説明する。だけど、受け取る側としては、タダで貰えるからって手放しで喜ぶわけにもいかない。私は曖昧に頷きつつも、レイモン様に懸念を表明した。


「ですが、私は平民出の侍女であり、主家の下である程度の作法は身に付けたものの、とても人に見せられるものではございません。主家との関係もございますので、陪臣の身でこの様な過分な待遇をいただくわけには…」

「なに、貴族社会でも次男三男が分家し、爵位を下げて新たな家を興すなど、珍しくない。ラシュレー公が独立国だった当時の名残で、ラシュレー系の爵位持ちも少数ながら存在する。それが新たに加わるだけではないか。それに子爵夫人とは言っても、世襲が認められたわけではなく、其方一代限りだからな。私が言うのも何だが、名誉称号みたいなものだと、気楽に考えてくれて構わんよ」

「そうよ、リュシーさん。私やカサンドラ姉様の聖女認定に伴う爵位も一代限りで、あなたと同じよ。いわば外様(とざま)だから世襲の貴族家からの風当たりがきつく、帝都と肌が合わないから、私も姉様もこれ幸いと外へと飛び出して聖女の活動に専念しているわ。この辺りは陛下はとてもおおらかで、私達の好きなようにさせてくれるわ。リュシーさんだって、姉様が帰着されたら、シリル様と一緒にラシュレー領に戻るんでしょ?帝都に住むわけじゃないんだし、重く捉える必要はないわよ」

「それは、勿論ですが」


 ラシュレー家は100年前の成り立ちもあって他の貴族家とは一線を画しており、帝都オストリアの色に染まっていない。悪く言えば武骨な田舎者の側面があるが、中央の細かい作法や息詰まる雰囲気とは無縁で、私にはとても心地良かった。何せ、職務中にソファで居眠りこいても、怒られないからね。改めて自分の職場環境の良さを感謝する私に、レイモン様が付け加えた。


「特に君は義兄上と姉上のお気に入りで、陛下から見ればラシュレー家と同義だ。フランシーヌ殿とも仲良しだから、陛下としても褒賞を手土産に歓心を買っておきたいのだよ。凄いな、リュシー君。君はある意味、陛下を手玉に取っているぞ?」

「いや、何ですか、その過大評価っ!?」


 陛下とはまだ一度しかお会いした事がないのに、陪臣の一侍女にそこまで配慮する陛下の御心が分からない。


 …まぁ、いいか。


 私は思考を打ち切り、大人しく受け取る事にした。そもそも私は、アレコレ考える前に手が出るタイプだ。一度受けちゃった以上、返上するわけにもいかないし、これまで通りラシュレー家に仕えられるのなら文句はない。何より、お義父様のご配慮もあるしね。


 そう私が結論付けていると、レイモン様がソファに身を沈めたまま懐から一通の封筒を取り出し、私へと差し出す。


「リュシー君、はい、これ。義兄上からの手紙」

「あ!レイモン様、ありがとうございます!」


 陛下の書状とは打って変わり、私は嬉々として封筒に飛び付いた。両手で封筒を持ち、目の前に掲げながらウズウズしていると、視界の端にレイモン様が笑みを浮かべ、掌をひらひらと振っている姿が映り込む。私はその仕草を許可と受け取り、にこやかに頭を下げながら封筒を開け、手紙を取り出した。




 ―――


 リュシーへ


 まずは女帝(エンプレス)討伐、おめでとう。


 風の便りで、君もシリルも怪我はないと聞いているが、黒衣の未亡人(ブラック・ウィドウ)の時のような辛い目には遭っていないかい?私には勲功よりも、君の体の方が気掛かりだ。


 11年前、初めて会った時の君は、望まぬ運命に怯えながら吞み込まれる、か弱い娘だった。だが、今や君は運命に流される事を良しとせず、自らの拳で打ち破り、最良の結果を掴み取れる立派な大人へと成長したね。5年前、黒衣の未亡人(ブラック・ウィドウ)の前に大きな挫折を味わい、長い間苦しみ続けた君に対し、私は何の力にもなれなかった自分に忸怩たる想いを募らせていたが、君がついに独力で乗り越え、大きく羽ばたく事が出来た事に、私は今、父親にも似た歓びと一抹の寂しさを味わっているところだ。


 陛下から君の叙爵の相談が来た時、私もマリアンヌも二つ返事で応諾した。君はその叙爵に相応しい、素晴らしい功績を残したのだ。だから私達に遠慮せず、堂々と受け取りたまえ。


 以前にも伝えたが、私は君の事を娘のように思っている。その考えは、聖女になれなかった今も同じだ。シリルとは、上手くやれているかい?戻って来た時に、改めて考えを聞かせてくれ。


 あぁ、それと、今回レイモンから下された褒賞は、全て陛下からのものだ。私からのものは、一切ない。だから、サン=スクレーヌに戻ってきたら、何か好きなものを一つ、私にねだってくれ。それが何であれ、私が必ず叶えてあげよう。娘から何をねだられるか、今から楽しみだ。


 元気な姿で再会できる事を、心より願っているよ。


 追伸、最後にマリアンヌからの言付けだ。「ウチの馬鹿息子、早いトコどうにかしてくれ」


 オーギュスト


 ―――




「…ぷっ!?」


 私は手紙を両手で掲げたまま、思わず吹き出してしまった。お義父様の手紙は一介の家人宛とは思えないほど親愛に満ち溢れていて、書きつらねられた文字の一つひとつに父性愛が滲み出ている。その素朴だけれども、こそばゆいほどの温かみある言葉が耳朶をくすぐり、私は立ち上がったまま書状を読み上げるような体勢で硬直し、耳まで赤くなった。同じくレイモン様から手紙を受け取っていた坊ちゃんが、背後から覗き込もうとする。


「どうした?親父、何て言ってた?」

「だ、駄目ですよ、坊ちゃん!人様の手紙を勝手に覗いちゃっ!」


 私は慌てて自分の胸で手紙を隠し、上から両手で押さえ付けた。両手で胸を押さえたまま赤い顔で振り返った私を見て、坊ちゃんが不機嫌になる。その秀麗な顔に刻まれた深い縦皴に、私は心の中で弁解した。


 大丈夫ですよ、坊ちゃん。この手紙に、坊ちゃんが危惧するような事は何も書いてありません。私はこれからも、坊ちゃんの傍に居ますから。


「シリル、リュシー君の言う通り、人の手紙を覗き込むのは感心せんな。お前はいずれラシュレーを背負って立つのだから、今のうちに改めておきなさい」

「はい、叔父上」


 レイモン様が発した至極一般的な言葉の前に、坊ちゃんは表面上は素直に引き下がる。レイモン様は頷き、肘掛け(アーム)を一つ叩いてこの場を締めくくった。


「と言う事で、シリル、カサンドラ殿が戻られるまであと3ヶ月というところか、その間リアンジュを頼むぞ。義兄上も姉上も、お前の無事な帰還を首を長くして待っている。元気に帰って来いよ?」

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