51:論功行賞(1)
「…来週、宰相閣下がリアンジュにお見えになられるそうよ」
「え?レイモン様が?」
フランシーヌ様が帝都オストリアから届けられた手紙に目を通しながら呟き、私は目を瞬かせた。フランシーヌ様は手紙を折り畳んで封筒に仕舞いながら、私に答える。
「30年以上帝国を悩ましてきた魂喰らいを全て討ち斃した事が伝わって、オストリアもお祭り騒ぎになっているわ。それで陛下が北部戦線全域の功績を称えると言い出して、宰相閣下が名代として遣わされるみたいね」
「まあ、30年越しの偉業ですからね。此処で大盤振る舞いしなくて、何処で振る舞うんですか、って感じですよね」
「そうね」
帝国にとって、諸手を挙げて喜びたくなるほどの吉事だ。今後、北からの脅威は和らいで死傷者や戦費も減少し、国民の気持ちも明るく変わるだろう。此処で大盤振る舞いしないと、国威高揚のせっかくの機会を逸する上に、皇帝陛下は吝嗇だと誹られてしまう。いわば、フランシーヌ様に例えた「幹事」の出番が陛下に回ったわけで、帝国最大の「宴会」となる事は明らかだった。フランシーヌ様が立ち上がって身だしなみを整え、机の上の錫杖を手に取った。
「さ、まずはリアンジュの有力者達を集めましょう。受け入れ態勢を整えないと」
「私も坊ちゃんを呼んで来ますね」
「ええ、よろしくね」
私はフランシーヌ様と部屋の前で別れ、坊ちゃんを迎えに向かった。
***
それから1週間後の、牛の月の20日。
「…フランシーヌ様、御一行が見えたそうです。お出迎えのほど、お願いします」
「はい」
私は坊ちゃんと共にフランシーヌ様の部屋へ赴き、レイモン様到着の報を伝えた。フランシーヌ様は手早く身支度を整え、部屋を出る。フランシーヌ様が私達を従えて館の外に出ると、セヴラン様と護衛騎士達、リアンジュの有力者達が出迎え、そのまま一同は館の入口に整列した。
砦の入口の方角が騒がしくなり、やがて一台の馬車が複数の騎馬を従え、此方へと向かってきた。馬車はフランシーヌ様の前に横付けするように停車し、随行の騎士が駆け寄って扉を開く。フランシーヌ様を先頭に私達が一礼する中、馬車から恰幅の良い一人の男性が姿を現わした。
「宰相閣下、遠路はるばるリアンジュまでお越しいただき、恐縮でございます。リアンジュに駐留するフランシーヌ隊、並びに兵士一同、閣下の到着を心よりお待ち申し上げておりました」
「フランシーヌ殿、御無沙汰しておる。此度の女帝討伐、誠に見事であった。皇帝陛下もいたくお慶びになられ、この私、レイモン・ド・コルネイユを名代として遣わし、一同の功績に報いる事となった。陛下の恩賜に感謝し、今後も帝国の安寧のため、より一層忠節に励む事を期待しておるぞ」
「勿体ない御言葉。これもひとえに、陛下の御威光の賜物でございます」
レイモン様が皇帝陛下の名代としてお越しになられたため、フランシーヌ様は臣下として応じる。ひと通り儀礼的なやり取りを済ませると、フランシーヌ様は背後へと振り返り、館の入口に向かって手を差し伸べた。
「レイモン様、長旅でさぞお疲れでございましょう。質素な場所ではございますが、まずは館へとお入りになり、旅の疲れを癒して下さい」
「いや、かたじけない、フランシーヌ殿。こうも長く馬車に揺られておると、流石に体に堪えましてな」
フランシーヌ様の気遣いに、公式の仮面を外したレイモン様が砕けた調子で答える。そのままレイモン様はフランシーヌ様と共に館へと入ろうとするが、私の前で立ち止まると顔を寄せ、片手で口に衝立を立て、声を低めた。
「…リュシー君、よくやってくれた。義兄上も大層お喜びになられていたぞ?」
「レイモン様、本当ですかっ!?」
喜色を露わにして思わず声を上げてしまった私に、レイモン様は顔を上げて口の端を吊り上げると、再び足を踏み出してフランシーヌ様との歓談を再開し、館へと入って行った。
レイモン様が一休憩している間に館の使用人達が準備を進め、私達は2時間後に再び広間へと集まった。広間の奥にはすでにレイモン様と随行の官吏が立ち並び、私達を待ち受けている。フランシーヌ様を筆頭にリアンジュ駐留の面々が揃うと、レイモン様が傍らに立つ官吏から書簡を受け取りながら、声を上げた。
「フランシーヌ・メルセンヌ、前へ」
「はい」
名を呼ばれたフランシーヌ様が前に進み出ると、レイモン様は書簡の封を切り、目の前で仰々しく広げ、宣言する。
「フランシーヌ・メルセンヌ。此度の女帝討伐において、其方の働きは誠に目覚ましいものがあった。よってその功績を称え、余、レオポルドの名において侯爵夫人への陞爵を認め、白金貨50枚を下賜するものとする」
「はい。謹んで拝受いたします」
レイモン様の宣言にフランシーヌ様は一礼し、恭しく書簡を受け取って後ろに下がる。後方でその言葉を聞いた私は、その目録に内心で驚いた。うわっ、白金貨50枚と言ったら、庶民だったら20年は食っていけるじゃない!?まぁ、フランシーヌ様は陛下の側妃だからその寵愛もあるだろうし、何事も金のかかる貴族階級では端金かも知れないけど、陞爵と合わせ随分と奮発したものだ。感心する私を余所に、レイモン様の言葉が続く。
「セヴラン・デュ・ボア。聖女フランシーヌを支え、フランシーヌ隊を率い、よくぞ女帝討伐を成功させてくれた。よってその功績を称え、大隊長たるセヴランには聖鳳凰勲章を授け、白金貨20枚を下賜すると共に、フランシーヌ隊の各隊長には白金貨10枚、各隊員には金貨200枚を下賜するものとする」
「はっ、有難き幸せ」
おおっ、聖鳳凰勲章!帝国でも目覚ましい武勲を挙げた武人にしか授けられない、最高峰の勲章じゃないですかっ!しかもフランシーヌ隊全員に金貨200枚、白金貨2枚相当とはっ!?今500名ちょいってところだから、合計で白金貨1,000枚!?すでに自分の金銭感覚ではついていけなくなりつつある私に、レイモン様の言葉が追い打ちをかける。
「なお、陛下より北部戦線の防衛に務める兵士全員に対し、勤務年数に応じ、最大で一人当たり金貨100枚が下賜される。また、静養中のカサンドラ・ル・ブランに対してもこれまでの功績を称え、白金貨20枚を新たに下賜し、ヴァレリー・スーラには聖鳳凰勲章を授けるものとする。陛下の聖慮に感謝し、より一層忠勤に励むように」
「「「おぉっ!」」」
レイモン様の言葉を聞いたリアンジュの有力者達が、思わず感嘆の声を上げる。え、嘘っ!?北部戦線全域って言ったら、後方部隊も合わせると2万超えるよ!?下手すると、これだけで白金貨2万枚!?いや、確かに魂喰らいと鉢合わせしたら必死の、命懸けの任務だけどさ、陛下、どんだけバラ撒くおつもりですかっ!?
「シリル・ド・ラシュレー、前へ」
「はっ」
私が両手の指を目まぐるしく折って数えていると、続いて坊ちゃんの名が呼ばれた。坊ちゃんが前に進み出ると、レイモン様が書簡を広げ、重々しく述べる。
「シリル・ド・ラシュレー。其方は観戦武官の任を超えて聖女フランシーヌを支え、女帝討伐に大きな貢献を齎した。よってその功績を称え、聖鳳凰勲章を授けると共に、白金貨20枚を下賜するものとする」
「はっ、有難き幸せ」
おおおっ!?坊ちゃんも聖鳳凰勲章授与ですかっ!?お義父様とマリアンヌ様がお聞きになったら、大喜びされますよっ!
「なお、静養中のカサンドラ・ル・ブランの帰着をもって、其方の北部戦線における観戦武官の任を解く。フランシーヌ・メルセンヌについても、カサンドラ・ル・ブランと交代せよとの、陛下の御言葉だ」
「はっ」
「畏まりました」
坊ちゃんへの褒賞に続けて、坊ちゃんとフランシーヌ様に対する下命があり、二人が首を垂れる。魂喰らいが全滅した事で、カサンドラ様への支援は十分と判断されたようだ。カサンドラ様が二人目を身籠られたら、その都度支援を申し出れば好いか。そう思いつつ坊ちゃんの偉業を喜び、広間の隅で一人小さく拍手を送っていると、正面を向いていたレイモン様が此方を向き、私と目を合わせた。
「リュシー・オランド、前へ」
「…へ?」
レイモン様の思わぬ言葉に私の拍手の手が止まり、私は広間の隅で両手を胸の前に掲げたまま、硬直した。皆の視線が私に集中し、私は思わず自分の顔を指差して周囲に確認を求めるが、皆一様に頷きを繰り返す。期待した回答が得られず、次第に心拍数が早まる私の許に坊ちゃんが歩み寄り、右手を上げ親指を後ろに向けて指し示す。
「…行って来い」
「ぼ、坊ちゃん!?」
すれ違いざまに坊ちゃんに背中を叩かれ、私は押し出されるように一歩を踏み出した。そのまま私は都会に出て来た田舎者のような挙動不審さで周囲を見渡し、恐る恐る広間の中央へと進み出る。場違いとも言えるお仕着せのワンピースに身を包み、腰にエプロンを結わえた姿で恐縮する私に対し、レイモン様が書簡を広げ、重々しく宣言した。
「…リュシー・オランド。其方は陪臣の身でありながら聖女フランシーヌを支え、一時は女帝の前に風前の灯火となった彼女の命を助け、フランシーヌ隊を全滅の憂き目から救い、単身で女帝を討伐した。その上、遡る事5年前、其方が人知れず黒衣の未亡人を撃破した事により、帝国は此処に魂喰らいの殲滅を宣言するに至った。その多大なる功績を称え、余は其方の主家たるラシュレー公爵の承認の下、―――
――― 其方の子爵夫人への叙爵を承認し、聖鳳凰勲章を授け、白金貨50枚を下賜するものとする」




