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35:再編

 リアンジュの砦に戻ると、カサンドラ様は自隊や砦の幹部達を呼んで一室へと集めた。カサンドラ隊を指揮する中隊長や小隊長達。砦の守備隊長と、民衆を束ねる市長や職員達。総勢20名程の男達を前にして、カサンドラ様は静かに宣言した。


「…この度、私は女神様の祝福を賜り、新たな命を授かりました。皆さん、どうか私に1年の猶予を下さい。私が不在の間は聖女フランシーヌが後を継ぎ、リアンジュに常駐します」

「えっ!?」

「カサンドラ様!?」

「フランシーヌ様は、しかし…」


 カサンドラ様の宣言を聞いた人々が驚きの声を上げ、そのうちの幾人かが不安気な表情を浮かべる。フランシーヌ様が人々の前に進み出て、決然とした表情で声を上げた。


「皆さんが懸念される通り、確かに私の浄化力はカサンドラ姉様に大きく劣ります。ですが、女神様はそんな私達に救いの手を差し伸べて下さいました」


 そう答えたフランシーヌ様の掌が翻り、私を指し示す。


「此処に居るリュシーさんは聖女の認定こそ受けておりませんが、その浄化力は姉様を上回るほど突出しています。浄化に特化したリュシーさんと、回復に特化した私。私達二人が力を合わせ、互いを補えば、カサンドラ姉様不在の穴を埋める事ができます」

「え?…その人、どう見ても只の侍女では…」


 お仕着せのワンピースに身を包んだ私の姿を見て、職員達を中心に困惑が広がる。心配になるのも無理はないけど、口で説明しても無駄かな?いっその事、目の前で撃って見せようか。そう思っていた私の傍らに一人の男性が進み出た。


「リュシー殿の力は、すでに私と大隊長が確認している。グリフォン・ゾンビを一撃で斃すほど強力なものだ。信用して構わない」

「ですが、セヴラン副長、幾ら何でもカサンドラ様の代わりは…」


 カサンドラ隊の副長を務めるセヴラン様が、職員の質問に辛抱強く答える。


「…皆が不安を覚えるのは理解できる。だが、10年もの間北部戦線を支えてきたカサンドラ様が、やっと子宝に恵まれたのだ。帝国の平和は、カサンドラ様の犠牲の上に成り立つべきではない。カサンドラ様を含めた全員で取り組み、全員が幸せにならねば、意味を為さないのだ」

「それは勿論ですが…」


 セヴラン様の説明を前に、なおも職員は食い下がろうとする。すると、突如セヴラン様が目を剥き、叱り付けるように声を荒げた。


「北部戦線は、カサンドラ様がお一人欠けただけで崩壊するほど、脆いものなのかっ!?君達はカサンドラ様が居なければ何もできない、臆病者なのかっ!?…そうではない。君達一人ひとりが誇りを持ち、命を賭して支えてきたものだ。

 …カサンドラ様も君達と同じ、一人の人間だ。君達が妻を迎え家を持つのと同じように、カサンドラ様も愛すべき夫と子供に囲まれた幸せな家庭を、育むべきなのだ。

 …いずれカサンドラ様もお年を召され、一線から身を引く日が来るだろう。その時、君達は誰を頼るつもりだ?他でもない、君達自身ではないか?」

「「「…」」」


 セヴラン様の言葉が人々に重く圧し掛かり、聞く者は皆俯き、唇を噛む。沈黙が広がる部屋の中に、セヴラン様の声が響き渡った。


「…我々は、カサンドラ様の庇護を離れ、独り立ちする日を迎えたのだ。我々だけで北部戦線を支え、来年、カサンドラ様がお子様と共にお戻りになられた時、胸を張って出迎えようではないか」

「「「…はい」」」


 セヴラン様の言葉に皆が顔を上げ、瞳に新たな炎を灯し、異口同音に応える。カサンドラ様がヴァレリー様と共に、再び皆の前に立った。


「皆さん、ありがとうございます。1年後、必ず私は此処に戻って来ます。それまでの間、北部戦線をよろしくお願いします」

「畏まりました、我々にお任せ下さい。…一同、カサンドラ様に礼っ!」


 セヴラン様の宣誓と共に、中小隊長の面々が身を質し一斉に左胸に右手を当てて頭を下げ、職員達が一礼する。


 こうしてカサンドラ様は大隊の指揮権をフランシーヌ様に委譲し、リアンジュを離れて静養する事になった。


 私達は1ヶ月をかけ、カサンドラ様からの部隊の引き継ぎと再編に取り組んだ。大隊はフランシーヌ隊と改称し、ヴァレリー様もカサンドラ様と共に静養に入るため、セヴラン様が大隊長に着任。フランシーヌ様の意向を汲み、部隊を指揮する。坊ちゃんは観戦武官としてフランシーヌ様に同行し、私は坊ちゃんの侍女として付いて回るというわけだ。形式的には大隊を指揮する事になったフランシーヌ様だが、これまでは国内の支援活動に終始しており、実戦の経験はない。そのため、坊ちゃんがオブザーバーとしてセヴラン様と共にフランシーヌ様を支援する事になった。部隊の再編を進める間にフランシーヌ様は伝書鳩を使って皇帝陛下に手紙を送り、承認を得る。帝都オストリアから戻って来た手紙を読んだフランシーヌ様が、呟いた。


「…流石は陛下。断ったら私が二度とオストリアに戻らないと、気づいているわね」


 陛下は雲雀(ヒバリ)に例えていたけど、この人、どっちかっていうと猫だな。私は、手紙に目を通しながら満足そうに頷いているフランシーヌ様の姿を見て、そう思った。


 そうしてカサンドラ様がリアンジュを出立する日を迎え、リアンジュはお祭り騒ぎになった。




「カサンドラ様、万歳!」

「カサンドラ様、おめでとうございます!」


 リアンジュ中の男女が街中に繰り出し、沿道に並ぶ建物の2階から花びらが舞う。自分達が乗ろうとしている馬車の行先に大勢の人々が並び、歓呼の声を上げている姿を見て、カサンドラ様が目を潤ませる。


「…みんな…!」

「良かったですね、カサンドラ様。皆、カサンドラ様の懐妊を喜んでいますよ?だから、安心して元気な赤ちゃんを産んで下さいね?」

「…うん、うんっ!」


 私がカサンドラ様の傍らに進み出て微笑むと、彼女は口元を抑え身を震わせながら、何度も頷きを繰り返す。フランシーヌ様が駆け寄り、カサンドラ様の手を取って仰ぎ見る。


「姉様、くれぐれもご自愛下さい」

「うん。ありがとう、フランシーヌ。…リュシーさん、北部戦線をお願いします」

「はい、お任せ下さい」


 ヴァレリー様がカサンドラ様の肩を抱き、馬車へと誘う。二人が乗り込むと扉が閉まり、馬車は十数名の騎士に守られ、動き出した。私とフランシーヌ様、坊ちゃん、セヴラン様の四人は、歓呼の声を上げる人々を掻き分けて進む馬車の後姿を、いつまでも眺めていた。




 ***


「…もう、だいぶ葉が落ちちゃいましたねぇ…」

「…」


 カサンドラ様が出立して数日が経過し、私は坊ちゃんに割り当てられた部屋の窓からぼんやりと外を眺めていた。窓の外は木枯らしが吹き、樹々の葉は鈍い茶色に染まり、その数を減らしている。(さそり)の月を迎えたリアンジュに冬の足音が忍び寄り、朝、顔を洗う水が冷たくなってきた。


 私達は女帝(エンプレス)出現に備え、リアンジュで待機を続けていたが、魔法付与装身具(アーティファクト)を通じた緊急報は一向に来ず、拍子抜けするほど平穏な日々が続いていた。セヴラン様に伺ったところ、深窓の令嬢(ブルー・ブラッド)黒衣の未亡人(ブラック・ウィドウ)が健在だった頃は入れ替わり立ち替わりで魂喰らい(ソウル・イーター)が侵入を繰り返し、カサンドラ様は休む間もなく北部戦線全域を駆けずり回っていたそうだが、女帝(エンプレス)一体となった現在は目に見えてその回数を減らしているそうだ。フランシーヌ隊の出動が求められるのは高位のアンデッドに限られており、魂喰らい(ソウル・イーター)以外となると30年以上動向が確認されていない不死王(ノーライフキング)か、西の大国で暴れている腐肉喰らい(スカベンジャー)、「百鬼夜行(ハロウィン)」くらいしか居なかった。


 私は半ば上の空で外の景色を眺めていたが、部屋の中はやけに静かで、いつもであれば律儀に返ってくる声が聞こえてこない。我に返った私は室内に目を向け、椅子に腰を下ろし机に身を乗り出した姿勢で動きを止める坊ちゃんに、声を掛けた。


「坊ちゃん、何をしているんですか?」

「…」


 私の質問に坊ちゃんは答えず、机の上に置かれた銀細工と睨めっこをしている。その坊ちゃんの目に片眼鏡(モノクル)が架けられているのを認めた私は、もう一度尋ねた。


「…また、魔法付与装身具(アーティファクト)を作っているんですか?」

「…ああ」


 坊ちゃんは銀細工と睨めっこを続けたまま、心ここにあらずといった態で曖昧に答える。私が坊ちゃんの許に寄って肩越しに覗き込むと、坊ちゃんは小さな銀のプレートに細かな幾何学模様を刻んでいる。


「…誰のですか?」

「ノエミ」

「え?」


 おっと、意外な名前が出た。私は驚き、同時に納得する。そっかぁ、坊ちゃんもついにその気になったかぁ。よぉし、お義姉ちゃん応援しちゃうぞぉ。


「坊ちゃん、ノエミにプレゼントするなら、花柄が好いですよ?」

「…あぁ?お前、何か勘違いしていないか?」


 笑いを堪える事ができず、ついニマニマと頬を緩めてしまう私に坊ちゃんが振り返り、眉を吊り上げる。


「勢いで連れて来てしまったが、アイツは俺やお前と違って何の力もない、只のメイドだ。俺達が出撃している間に何かあっては、ご家族に申し訳が立たないからな。自衛手段くらいは持たせておかないと」

「ああ、それはそうですね」


 私は、坊ちゃんのノエミに対する、一介のメイドが相手とは思えないほどの細やかな気遣いに嬉しくなった。坊ちゃんは簡単に魔法付与装身具(アーティファクト)と言うが、その起動に必要な魔法石と言えば、最低でも庶民が1~2年食っていけるほど、値の張るものだ。そんな高級品を替えの利くメイドに下賜する家なんて、世界中を見渡してもお義父様と坊ちゃんだけだろう。そんなラシュレー家に巡り合えた喜びに浸る私の前で、坊ちゃんが魔法付与装身具(アーティファクト)の試運転を繰り返し、不満そうに呟いた。


「…手持ちの魔法石では、手動起動と雷氷撃一層が限界だな…。此処じゃあ仕入れもできんし、親父に送ってもらうか…」

「それでも十分ですよ、坊ちゃん。後方待機ですから、手動でも間に合いますし。きっとノエミも喜びますよ?」

「そうか?…なら、一旦これでブレスレットにでも仕上げるか…」


 そう答えた坊ちゃんは、引き出しから鎖を取り出して銀のプレートに繋ぎ始める。きっと坊ちゃんは何も考えていないだろうけど、その鎖だって銀製なんだから、受け取ったノエミが何て思うか。坊ちゃんの不用意な行動と、それに対するノエミの反応が楽しみで、私の頬が自然に緩む。すると坊ちゃんが作業の手を止め、頭を上げて私に目を向けた。


「…お前は無理だ。それ以上は突っ込めん」

「へ?…あ、いや、別に構いませんけど、無理ってどういう意味ですか?」


 坊ちゃんの突然の発言に、私は目を瞬かせる。何か、私が欲しそうに見えたのかな?鼓動が一つ飛び跳ね、私が慌てて胸を押さえながら取り繕うように尋ねると、坊ちゃんは眉間に皴を寄せ、私の首元を飾るチョーカーを指差しながら答えた。


「お前の護身群(ソレ)、もう限界なんだよ。10個も連携して安定稼働するなんて、奇跡としか思えん。其処に何か追加したら、過干渉起こして全部爆発するぞ?」

「ちょ、ちょっと、坊ちゃん!?何でそんな危ないモノ、私の首に括り付けているんですかっ!?」


 坊ちゃんの口から放たれた物騒な言葉に私は仰天し、首元を押さえながら坊ちゃんに詰め寄る。そんな私の慌てぶりに、坊ちゃんは胡乱気な目を向けた後、再び銀のプレートへと戻した。


「…安心しろ。プロテクトも掛けてあるし、それ以上弄らなければ危険はない。世界に一つしかない傑作だ。大事に使えよ?」

「で、でも、好いんですか?そんな貴重品を、私なんかが身に着けていて?」

「好いんだよ」


 皇帝陛下でさえ手にしていない逸品を、一介の侍女の私が身に着けている。別の意味で不安を覚えた私が尋ねるも、坊ちゃんは銀のプレートと睨めっこしたまま、雑作もなく答える。後に続いた言葉は、私には意味が理解できなかった。


「…ソレ()、俺のだからな」

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