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33:聖女カサンドラ(2)

 翌朝。


 私達は日が昇る前から身支度を始め、空が白ばみ未だ周囲に薄暗さの残る中、リアンジュを出立した。


 私は坊ちゃんやフランシーヌ様と共にカサンドラ様の馬車に乗り、多くの騎士達に守られながら近隣の砦へと向かった。カサンドラ様が馬車に揺られながら、向かいに座る坊ちゃんと私に説明して下さった。


「北部戦線は比較的なだらかな地形が続いていて、アンデッドの侵入が容易なの。そのため、私達は等間隔で沢山の小さな砦を築き、それを帯状に連ねる事で、早期の発見に努めているわ。一つの砦には大体1個小隊、60名程が常駐しているから、小規模なアンデッドの群れであれば対処できる。だけど、強力なアンデッドの群れが確認された時には小隊は砦の中に閉じ籠り、狼煙やアーティファクトで救援を求めるの。今回の出撃も、その救援に因るものよ」

女帝(エンプレス)に遭遇する可能性は、ありますか?」


 私が尋ねると、カサンドラ様は首を横に振る。


「いいえ。魂喰らい(ソウル・イーター)が確認された時には専用の緊急報が来るから、今回は恐らく居ないわ。いつもならカサンドラ隊は出撃せず、その地域を管轄する方面軍が駆け付けるのだけど、今回はリアンジュの近郊である事と、リュシーさんの力を確認するために受け持つ事にしたの。ただ、女帝(エンプレス)が居ないとは言え、小隊規模でも対処できない強敵である事には違いはないから、決して油断しないでね」

「分かりました」


 やがて2時間ほど馬車に揺られた頃、私達は救援を出した砦へと到着した。私達は馬車を降りて守備隊長から報告を受けた後、馬車をその場に置いて馬に乗り換え、アンデッドを発見した偵察隊の先導で現地へと向かう。ヴァレリー様と打ち合わせをしていたカサンドラ様が振り返り、私達に尋ねた。


「私とフランシーヌは馬を操れないから後ろに乗せてもらうけど、リュシーさんは?」

「実は私、元は騎士なんです。騎馬も得意ですから、馬さえお借りできれば」

「…その格好で?」

「今は侍女なんで」


 カサンドラ様が、お仕着せのワンピースと白のエプロン姿の私を見て、怪訝な表情を浮かべる。まぁ、カサンドラ様の言いたい事は分らなくはないけど、坊ちゃんに野戦用の侍女衣装を頼んだら本当に用意してくれたんだもん。何がどう違うのか、聞いてないけどさ。坊ちゃんと私は守備隊長から馬を2頭借りて、すぐに飛び乗った。スカートが捲れないよう、前半分をエプロンと共に鞍の上に敷き、その上に体重を預ける。後ろ半分がなびいてしまうが、止むを得ない。私達が馬を操ってヴァレリー様の許に集うと、ヴァレリー様が馬上で宣言した。


「それではこれより、カサンドラ隊はアンデッド討伐へと向かう。全員出撃せよ!」




 私達は馬に乗り、北東方向へと進軍を続けた。辺りにはなだらかな丘陵が広がり、一見のどかな牧草地を思わせるが、其処に生える草木は黒ずみ、重苦しい雰囲気を漂わせている。空は一面、白い(もや)に覆われ、太陽の光は靄に阻まれて弱々しく地上を照らす。全体的に灰色めいた世界の中を私達は駆け続け、やがて先行していた騎士が戻り、騎乗したまま大声を上げた。


「居ました!全部で5頭です!」


 報告者が指し示す方向に目を凝らすと、遠くの丘の上で幾つかの黒い塊が蠢いているのが見える。私達は目標に向かって走り続け、目標の姿が明らかになったところで馬を止めた。ヴァレリー様の手を借りて馬を降りたカサンドラ様が、アンデッドを見て舌打ちを堪えるように顔を歪ませた。


「何よ、報告と違うじゃない。アレ、熊じゃなくて、グリフォンよ!?」


 丘の上で蠢いていたものは、鷲の頭と翼と鉤爪を持ち、獅子の胴と後ろ足を備えた、グリフォンと呼ばれる魔物の成れの果てだった。グリフォン・ゾンビは2頭の成獣と3頭の幼獣で群れを成し、まるで生前の家族を思わせる姿でひと塊となって彷徨っている。その全身は瘴気を浴びて紫色に染まり、腐敗が始まってところどころ羽毛が抜け落ち、腐肉や骨が顔を覗かせていた。グリフォン・ゾンビの様子を厳しい目で見つめていた坊ちゃんが、ヴァレリー様に尋ねた。


「あんな大物も頻繁に現れるのか?」

「いえ。グリフォン(クラス)となると、そう簡単には発生しません。アレは恐らく、巣が女帝(エンプレス)に襲われたものかと」


 グリフォンは天空の覇者だ。空を自由に舞い、鋭い鉤爪から繰り出される攻撃は硬い鎧を易々と切り裂いてしまう。一部の個体は風魔法さえも操り、ラシュレー家でも魔術師を多く揃えた対空部隊が出動するほどの難敵だ。私は二人の会話に割り込み、ヴァレリー様に質問した。


「アンデッド化した事で、その力に変化はありますか?」

「ええ。アンデッド化によって飛翔能力は失っておりますが、膂力は健在です。また、通常攻撃は効かず、聖水を塗した武器や浄化魔法で対処する他ありませんが、グリフォン本来の分厚い体が邪魔をして、中々ダメージが通りません。耐久力は、生前を上回っていると思って下さい」

「フランシーヌの浄化魔法ではかなり手間取るわね。私は問題なく倒せるけど、5頭となると足止めが欲しいわ」

「…あ、気づかれましたね」


 私達が会話を交えていると、成獣の1頭が顔を上げ、こちらに目を向けた。残りの4頭も私達に向き直るのを見て、カサンドラ様が私に耳打ちする。


「アンデッドは生命の力を感知し、それを食らい尽くそうと襲い掛かって来るわ。…リュシーさん、行ける?」

「行きます」


 私がグリフォン・ゾンビに目を向けたまま躊躇いなく答えると、カサンドラ様は頷き、後ろに後退する。


「…リュシーさん、あなたの力、見せてもらうわ。いざとなったら助けるから、存分に発揮して頂戴」

「はい」

「お前、無茶するなよ?」

「お任せ下さい、坊ちゃん」


 カサンドラ様に続けて、フランシーヌ様やヴァレリー様も後退し、背後から騎士達の盾を並べる音が聞こえて来た。最後に坊ちゃんが私に一言声を掛けて後ろに下がり、私は一人、陣から突出する形で5頭のグリフォン・ゾンビと対峙する。距離は、ざっと150メルド(メートル)。私は右手を後ろに回し、腰に括り付けられた投げナイフを1本逆手で引き抜いた。手の上で回転させて刃先をグリフォン・ゾンビに向けると、右足を前に踏み出し、腰を落として刺突の構えを見せる。5頭のグリフォン・ゾンビが次々と駆け出し、私達に向かって突入して来る。


 私は一つ深呼吸をすると、右腕に力を籠め、素早くナイフを突き出した。


「…フゥッ!」




 ――― 直後、先頭を走る成獣の頭が消失し、胴体に巨大な穴が開いて、背後に広がる白い空が垣間見えた。




「…え?」


 背後からカサンドラ様の声が聞こえて来たが、私は前方から目を離さない。頭を失った成獣は慣性に囚われてもんどりを打ち、白煙と共にその巨体が塵と化す。私は残りの4頭に狙いを定め、続けざまに刺突を繰り出した。


「フゥゥゥゥゥゥッ!」


 私達に向かって押し寄せて来る4頭のグリフォン・ゾンビの体に次々と大穴が開き、そこに存在していたはずの腐肉が消失する。4頭のグリフォン・ゾンビは次々に地面に転がり、そのまま藻掻く様子も見せず白煙を上げながら灰に侵食され、やがて塵と化した。


 …むぅ。100メルドを超えると、流石に命中率が落ちるな。3発も外してしまった。


 籠手(ガンドレッド)に収納された仕込みナイフは持ち手が簡素で、命中率に乏しい。この距離では投げナイフに頼らざるを得ないが、まだまだ修練が必要だ。


 しかし、アンデッド特効、エグいなぁ。私は100メルド先で幾筋も立ち昇る白煙を眺めながら、感嘆する。対物では人差し指大の穴しか開かないけど、対アンデッドだと対消滅(ついしょうめつ)によって周囲の腐肉が軒並み消し飛んでいる。私はその凶悪さに感心しながら投げナイフを収納しようとして思い留まり、後ろに振り返った。


「…坊ちゃん、ナイフを仕舞っていただけませんか?」

「…お前、早くその鞘を改修しろよ…」


 坊ちゃんがブツブツ不平を口にしながら私に近づき、私の手からナイフを取り上げると、腰に括り付けられた鞘へと納める。籠手(ガンドレッド)のスリットと違って腰の鞘は革紐で括り付けられているから、投げナイフは未だに一人じゃ仕舞えない。私は坊ちゃんへにこやかに頭を下げると、背後へと目を向けた。


「…あれ?」


 私の後方には重厚な盾が横一列で並んでいたが、その盾の上にカサンドラ様やフランシーヌ様達の呆然とした顔が、横並びで浮かんでいた。心配になった私が手を振っても誰も反応せず、皆の視線を浴び続けた私は次第に居心地が悪くなる。


「…えっと、あの、カサンドラ様?」

「…リュシーさん!」


 居たたまれなくなった私が救いを求めると、カサンドラ様が私の名を叫び、騎士達を掻き分けて前へ躍り出た。彼女は私の許へ駆け寄ると私の手を取って膝を折り、地面に跪いて仰ぎ見る。その顔に浮かぶのは、気高い彼女には決して似つかわしくない、私の顔色を窺うような強張った表情と涙。カサンドラ様はまるで主人に慈悲を乞う(はしため)のように、私に縋りついた。


「リュシーさん、お願い!1年、1年で好いのっ!――― ()()()()()()()()()!」

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