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10:抗戦

 包囲網の一角を崩され、呆気に取られる男達を尻目に私は走り出した。…大きく横に広がる男達と、並行に。


「っ!?手前ぇ、待ちやがれ!」


 御者役の男の恫喝に呼応し、男達が私を追い駆けて来た。私は押し寄せて来る男達を一瞥し、思案する。


 御者役の男は何処かの手の者と思われるが、それ以外はその辺で掻き集めたならず者だ。私の暴行が目的のためか粗野で体格に優れているが、いずれも素手で得物を持っておらず、持っていてもせいぜい短剣程度だろう。仲間同士の連携も取れておらず、頭に血が上ったままバラバラに襲い掛かって来る。


 だが、それらの要素を差し引いても、状況は厳しい。私は男達に対し、数で劣り力で劣る。速度と技で勝ったとしても、ほとんど意味がない。私は騎士を辞め侍女になって以降、残りの三肢を鍛え体術を会得していたが、右肩から来る熱痛に頻繁に倒れ、未だ道半ば。4年前の水準に戻ったとは、到底言い難い。右肩の傷がいつ牙を剥くかもわからない以上、時間も敵だ。これで相手に冷静に対処されたら、私は詰む。相手の頭に血が上っているうちに各個撃破する以外、勝ち目はない。私は地面を蹴って大きく方向転換すると、先頭を走る男の懐へと飛び込んだ。


「このっ!」


 服を掴もうとする男の手を躱すと、前に踏み出そうと宙に浮いていた男の膝頭を右足で蹴りつけ、地面へと叩き落す。バランスを崩し前のめりになった男の顎を下から左手で打ち抜き、脳を揺らした。しかし、一手足らない。


「この女ぁ!」


 倒れ込む男の右側から別の男が飛び掛かって来た。私は先ほどの男の膝頭を踏み台にして後方へと飛び、男の突進を躱す。さらにもう二歩右に飛んで、三人目の男が振り下ろした拳に空を切らせると、左拳を引き絞ってみぞおちへと叩き込む。


「ぐえっ!」


 男が悶絶し、腹を抱えて倒れ込むが、とにかく手が回らない。止めが刺せない。私は地面を蹴り上げ、両手を広げて押し倒そうとする四人目に目潰しを食らわせ、顔面に蹴りを叩き込む。頭を下げて五人目の攻撃を躱しながら地面に蹲る三人目のこめかみを思いっ切り蹴りつけると、真正面から押し寄せる二人目の右拳の外側を左掌で叩き、方向を変えて空振らせた。右手が使えるならカウンターを合わせたいところだが、今の私では自爆攻撃になる。私は二人目の脇を通り過ぎ、朦朧としながら頭を上げた一人目の眉間に爪先を叩き込むと、二人目と五人目をそのままにして六、七人目と相対する。


 私の動きに危機感を持ったのか、六人目は短剣を取り出した。私は六人目の真正面に立ち、左拳を引き絞るが、直後に横に飛んで振り下ろされた短剣を躱す。そのまま六人目と、六人目が壁となって襲い掛かれない七人目の脇を素通りし、馬車へと走り出した。


「はぁ、はぁ…」

「手前ぇら、いつまで手加減している!?馬車を奪う気だ、止めろ!」


 少しずつ息が上がっていく私の背後から、御者の怒声が飛ぶ。私は馬車に繋がれた馬の前を横切り、反対側へと回り込んだ。その後を、六、七、五、二の四人の男が追いかけて来る。私は馬車の反対側へと回り込むと、左拳を引き絞り、馬の尻に向かって叩き込んだ。


「ヒヒィィィィィン!」

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

「おわぁっ!?」


 馬が暴れて馬車が走り出し、前方を横切っていた五人目の悲鳴が聞こえる。私は、正面で対峙しながら馬車の暴走に気を取られた六人目へと踏み出すと、股間を思いっ切り蹴り上げた。


「げぅ…っ!」

「はぁ、はぁ…」


 六人目が泡を吹き、股間を抑えて崩れ落ちる。私は必死に息を整えながら七人目へと踏み出そうとしたが、突然背筋に戦慄が走り、反射的に左へと飛んだ。


「くっ…!?」

「チッ、ちょこまかと…!」


 背後から、直前まで私が居た場所に剣が振り下ろされ、反対側から回り込んできた御者役の男が舌打ちをしている。私はバックステップを踏みながら御者役の男と対峙しようと振り返るが、右から新たな男の怒声が降りかかった。


「このアマぁっ!」


 目潰しを食らわせた四人目が痛みに顔を歪め、両手を広げて飛び掛かってくる。私は体を捻って更に後退し四人目の体当たりを躱したが、背中に硬い感触が広がり、左脇に太い腕が差し込まれた。


「え…?」

「…つぅかまぁえた」


 二人目の男が背後から私を拘束し、男の荒い息が首筋を撫でる。相手が多すぎて、馬車が走り去って遮るものがなくなった事にまで、気が回らなかった。


「こ、このっ!」

「おっと」


 私は必死に頭を振って頭突きを見舞わせようとするが、二人目の男は首を振って避けながら私の右手首を掴み、背中へと捻り上げる。右肩から灼けるような痛みが走り、瞬く間に全身を蝕んだ。


「ああぁっ!?」

「やっぱりだっ!この女、手負いだ!」


 私の悲鳴を聞き、二人目の男が弑逆的な笑みを浮かべる。御者役の男が剣を納めながら近づき、体を拘束されたまま右肩の痛みから逃れようと体を反らせる私の前に立つと、拳を私の腹へと叩き込む。


「げほっ…!?」

「チッ、病弱な侍女と聞いていたのに、六人も斃しやがって…」


 全身を覆う熱痛に腹を抉るような痛みが加わり、私は堪え切れず身を捩る。御者役の男は苦々し気に呟きながら短剣を取り出し、熱痛に苦しむ私の襟元へと挿し込むと、一気に手前に引き下ろした。お仕着せのワンピースが悲鳴を上げて左右に広がり、首に巻き付いた漆黒のチョーカーと豊かな二つの膨らみが、男達の目の前で露わになった。


「…う…く…」

「ひゅぅぅぅっ!」

「こりゃ凄ぇ!」

「苦労した分、楽しませて貰わんとなっ!」


 三人の男達が卑下た歓声を上げる中、御者役の男が私の胸に手を伸ばす。私は熱痛にうなされ朦朧としながら、力及ばず男達に屈しようとしている自分を恥じ、旦那様に頭を下げた。


 …旦那様、申し訳ありません。私はまた、己の運命を自分で切り開く事ができませんでした。私はもう、此処までの様です。




 このままでは、――― ()()()()()()()()()




 ――― キン。


 私の胸を掴もうとしていた男の手が、硬質の音と共に何かに阻まれ、空中で停止した。男の指の先に水色の輝きが浮かび、水面に広がる波紋のように、男と私の間に同心円を描く。同心円の内側に幾つもの魔法陣が現れ、空中で水色に瞬きながら凍り付き、男の指を呑み込み始めた。


「…なっ!?」


 男が慌てて手を引き、氷の浸食から逃れようとするが、魔法陣から現れた稲妻が氷の上を走り、男へと襲い掛かる。魔法陣は私の背中側にも現れ、氷が背後の男に食らいつく。背後の男も慌てて私から離れるが、雷撃が氷を伝い、男を打ちのめした。


「がぁっ!」

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!」


 前後で二人の男が絶叫を上げ、蹲る中、私は熱痛に蝕まれ朦朧としたまま、立ち尽くす。私の全身は水色の輝きで球状に覆われ、そのところどころで波紋が空中に浮かび上がり、中から魔法陣が顔を覗かせ稲妻が走る。そしてその球状の外側に、新たな5つの魔法陣が浮かび上がった。


 一番外側に浮かび上がった魔法陣は上方を向き、中から直径1メルド(メートル)ほどの巨大な岩塊が姿を現わす。やがて岩塊は私の胸の高さに浮遊したまま、私の周囲を高速で回転し始めた。そして私の両脇、上下2列で垂直に描かれた4つの魔法陣から、私の身長に匹敵するほどの長大な石柱が計4本横倒しで現われ、左右の2本がそれぞれ対を為して、まるで意思を持つかのように各々別の男へと照準を向ける。その、突然姿を現わした異様な光景を前に、男達は蹲り、あるいは立ち尽くしたまま、呆然としていた。


 私はラシュレー家から多数の魔法付与装身具(アーティファクト)を与えられ、常に身に着けるように命じられていた。その数、実に10個。髪留めが2、チョーカー1、イヤリング2、ブレスレット2、指輪が3。その一つ一つが、優秀な魔術師でかつ魔法付与師(エンチャンター)でもあるマリアンヌ様と坊ちゃんの御手製で、各々の駆動に必要な魔法石一つとっても、帝都の一等地に豪邸が建つほど高価な物。ちなみに、ラシュレー家当主である旦那様が身に着けている魔法付与装身具(アーティファクト)は7つ、噂では皇帝陛下でも8つらしい。帝国で一番守護すべき皇帝陛下よりガチ防御される侍女って、何?


 坊ちゃんが作った6つの魔法付与装身具(アーティファクト)が全方位、三重六層の複合防御陣を構成し、侵入者に間断ない雷氷撃を浴びせる。雷氷撃に怯み下手に後退しようものなら、その外側を高速で回転する、マリアンヌ式随伴型高速浮遊機雷、通称「モーニングスター」に轢き潰される。辛うじて「モーニングスター」を回避できたとしても、マリアンヌ式自律型石柱連装砲、通称「不埒者絶対殺すマン」2基、計4門の餌食だ。


 もぉぉぉ、あの御一家の中で最もお淑やかに見えるマリアンヌ様が、実は一番喧嘩っ早くて困る。初めて魔法付与装身具(アーティファクト)を発動させてしまった時、私はマリアンヌ様にもうちょっと殺傷力を落としてくれと懇願したのだが、マリアンヌ様はあっけらかんと「あら、先を尖らせていない分、すでに手心加えているわよ?」と(のたま)われたものだ。


 そして私の危険を察知し、これら9つの起動を司るのが、私の首元にぴったりと巻き付き、無色の輝きを放つ大きな三角形の魔法石があしらわれた、漆黒のチョーカー。起動と共に、マリアンヌ様と坊ちゃんのお二人へ緊急報が飛ぶ。どうもこの起動条件、生命の危機はおろか私の貞操の危機まで含まれているようで、もしかしたらラシュレー家は私を何かの生贄に捧げるおつもりではないかと疑っている。まぁ、旦那様のご命令とあらば、私は躊躇(ためら)いなく邪神に純潔を捧げるけど。


「ひぃぃぃ…げふっ!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわあああぁあぁぁぁっ!」

「た、助けてくれぇっ!」


 雷撃を浴びて蹲っていた男二人が「モーニングスター」の一撃を浴びて真っ赤に潰れ、その惨状を目にして逃げ出そうとする残り二人に、「不埒者絶対殺すマン」が照準を合わせる。いけない、一人くらい生きて捕えないと。私は最後の力を振り絞って左拳を左上の石柱に叩きつけ、射角をずらす。直後、四本の石柱は背中を向けた二人の男へと襲い掛かり、右側の男は背中と頭を潰され、左側の男は尻と右腕を打ち抜かれた。


 …な、何とか生きているかな?


 右腕を吹き飛ばされ、地面に倒れ込んで痙攣している男を見て私が安堵していると、両側から装填音が聞こえて来る。音の出処を確かめようと横を向いた瞬間、左右に爆風が吹き荒れ、正面を向くと四本の石柱が突き刺さって原型を留めていない男の姿が映し出された。


「…マ、マリアンヌ様ぁ…」


 脱力した私は膝から崩れ落ち、そのまま意識を手放した。




 ***


「…サビーナ様、御手をどうぞ」

「…あ、えぇと…シリル様はどちらに?」


 サン=スクレーヌ中央に佇むラシュレー公爵邸に到着し、馬車から顔を出したサビーナは、目の前に差し出された手の持ち主を見て、戸惑う。シリルと共に馬車を護衛していた騎士は、サビーナに手を差し伸べたまま礼儀正しく頭を下げ、答えた。


「シリル様は帰還途中に緊急報を受け、10名の騎士と共に現場へと直行いたしました。サビーナ様にご挨拶もせず離脱いたしました事、主人に代わりお詫び申し上げます」

「いえ、緊急時とあらば致し方ありません。私としては、吉報をお待ちするのみです」


 サビーナは内心の落胆を押し殺して騎士の手を取り、馬車を降りる。騎士の先導に従って公爵邸へと足を踏み入れると、中からマリアンヌが姿を現わした。サビーナは両手でスカートの裾を摘まみ、優雅に頭を下げた。


「あら、サビーナさん、お帰りなさい。散策は如何でしたか?」

「マリアンヌ様、ありがとうございます。今年もとても素晴らしい景色でございました」


 マリアンヌの問いにサビーナは嬉しそうに答えるが、顔を上げた途端その笑顔が凍り付く。サビーナの目の前でマリアンヌはにこやかに微笑んでいたが、その目が笑っていない。サビーナは背筋に寒気を覚えながらも、恐る恐るマリアンヌに尋ねた。


「…あ、あの、マリアンヌ様…何かございましたか?」

「あぁ、サビーナさん、気にしないで。ちょっと羽虫がたかっただけだから。貴女は安心してお戻りなさい、御父君がお待ちかねよ」

「は、はい…」


 マリアンヌの気迫に呑まれ、サビーナが慌てて頭を下げると、マリアンヌはサビーナに背を向け館の奥へと戻る。扇子を添えた口元から、不吉な笑い声が漏れた。


「ふふふ…何処の痴れ者か知らないけど、ウチの秘蔵っ子に手を出すだなんて…後が楽しみだわぁ…うふふふ…」

「…マ、マリアンヌ様…?」


 サビーナの声掛けに答えることなくマリアンヌは館の奥へと消え、サビーナは不安を掻き立てられながら父ベルナールの許へと送り届けられた。

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