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9/13

あの時間が大好きだった


 翌朝、あまり寝てないのだろう、カインは真っ赤な目をしていた。

 議会は正午から。

 それまで、カインが必死で考えた演説の練習に付き合う。

 文言のアドバイスはできないけど、姿勢や、間のとり方、身振りなんかは私の得意分野だ。

「エウレカさんの教え方って、説法の授業より、とてもわかりやすいです」

 そりゃそうだろう。なにせ私は、城成高校の生徒会長なんだぞ。聞かせる話し方には定評がある。


 議場は広場に面していた。グラウンドほどの広さがある、柱と屋根だけのシンプルな建物だ。

 もうすでに、多くの自由市民が集まっていた。車を引かせたり、荷物を持たせたりと、奴隷を従えている人も多い。彼らは奴隷を広場で待たせ、議場に入っていく。

「やっぱり不安です。エウレカさん、一緒に行ってくれませんか?」

 議場の入口で、カインは私の袖を掴んだ。

「演説できるのは被告人の親族だけなんでしょ。練習通りにやれば大丈夫だから、頑張りなさい」

「じゃあ、せめて側にいて下さい」

 しょうがない。すがりつくカインを見ながら私は思う。

 私はフードを脱いで、首筋を見せた。

「私は奴隷だよ。黙っててごめんね。だから議場には入れない。ここから先は、あなたが一人でやるしかないんだよ。私はここからちゃんと見てるから、行きなさい、カイン」


 王が冠を手に、カインの両親の罪を宣言している。

 私は一人、入り口に立ち、それを眺めていた。

 奴隷たちは議会になんか関心がないのだろう。広場の隅で寝転がったり、談笑したり、束の間の休息を楽しんでいた。

 王の話が終わり、冠を受け取ってカインが登壇する。

 私まで緊張する。心の中で、頑張れと応援し続ける。

「貴兄らは、海に入ったことはあるだろうか?」

 堂々とカインは話し出す。ある、とか、それがどうしたとか声が上がった。

「では、なぜ海で身体が浮かぶのか、考えたことはあるか。それは水には物を浮かせる力があるからだ。故に貴兄らは泳ぎ、船は海を渡る。その力が押しのけた水の重さと等しいことを、私は発見した」

 カインの演説は続く。

 3日前、泣いていた男の子と同じとは思えない。すごく大人になった。声の通り、抑揚や姿勢もいい。

 今のカインなら、議場全員の顔がはっきりと見えているはずだ。

 好きだったな。あの時間。体育祭で、始業式で、全校集会で舞台の上に立って話すのが大好きだった。全員が自分を見ているのがわかった。そういう時、私も全員の顔を見た。忘れられない。遠い遠い思い出のような時間。

 戻りたい。

「ご覧あれ、この天秤を。これが我が父オシリウスが不正を行っていない、なによりの証である」

 カインが冠と金貨を乗せた天秤を水に沈める。こればっかりは、ぶっつけ本番だ。オシリウスさんが正しいことを信じるしかない。

 私は祈るような気持ちで、天秤を見つめた。


「エウレカさん」

 広場の隅で座っていた私は、カインの声で顔を上げる。

 カインの隣には両親がいた。誠実そうな人たちだ。憔悴しているけど、健康に問題はなさそうだ。

 天秤は、傾かなかった。王は素直に間違いを認め、冠が大きく見えたのはオシリウスさんの技工優れたる故の事であると賞賛した。

 両親とカインから口々に感謝の言葉を言われたけど、私はそれを遮った。

「返して、金貨。自分を買い戻すのに必要なの」

 金貨の袋を受け取って、私は背を向けた。

「じゃあね」

 これ以上エウレカでいたら、コウに戻れなくなりそうだった。彼らの幸福そうな姿がいたたまれない。クロエちゃんが辛くなるって言っていたのは、本当だった。

「待って下さい! エウレカさん。あなたの主人を教えてください」

 カインに追い縋られた。その目に宿る思いに気づいて、私は身構える。元カレたちと同じ、熱っぽい光。

「あなたが好きなんです。僕があなたを解放します。今は無理でも、必ずあなたを買って解放します」

「学生のあなたが、どうやってお金稼ぐの? 家に千デールしかないんでしょ。無理しないでいいよ」

「神学校はやめます。僧侶系のスキルは貴重だから、冒険者になってお金を稼ぎます」

「それはダメ!」

 私は叫んだ。

 それだけは駄目だ、カイン。冒険者になんかなっちゃ駄目。

「今のカインは、感謝と好意の区別がついていないだけだよ。カイン、たくさん勉強して、立派な聖職者になりなさい」

 私はもう学校行けないからさって続けようとしたら、涙が溢れた。

 私はギルドに向かって走る。

 ギルドにいるような僧侶や司祭にはならないで、カイン。ギルドには一生来ないで。あなたの中では、せめて私はエウレカでいさせて。

 でもね、大人になって、立派な聖職者になって、それでも、もし私のことが好きだったら、私を探し出して。

 そのとき、もう一度呼んでね。

 見つけた(エウレカ)って。

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