掌編 「土塊の夢(つちくれのゆめ)」
「大きなあなた、どこへいくの?」
巨大な、土で構成されたゴーレムの指を掴んで歩く少女が、そう尋ねる。
彼女の3人分はあるであろう背丈。
そこから見下ろす、彼の真っ赤な宝石のように光る一つ目が、ちらりと彼女を見る。
「任せておけ」そう言わんばかりに彼は彼女とともに、陽の差す森を力強く歩き続ける。
彼は初めて自我を持った瞬間を思い出す。
それは彼が森に打ち捨てられてから、ずいぶんと時間が経ってからだった。
何かの拍子に再び動き出した彼には、古い戦争時代の兵器として、戦った記憶がおぼろげにあった。
個として意識を持った彼は、それを恐ろしいモノだと感じた。
彼は自身の恥ずべき過去を繰り返さないためにも、森でひっそりと暮らすことを決める。
そして、誓いを守り、森で暮らし続けた彼は、ある日ついに自分が動ける限界が近づいたことを悟った。
そんな時、森に1人の少女が迷い込んできた。
古い記憶の人間も着ていた、白いワンピースの幼い彼女は、最初彼に驚きはしたがすぐに打ち解ける。
彼女は森の外の村からやってきたことや、両親のことなどを話してくれた。
口が無く、会話が出来ない彼なりに頷いて、熱心に彼女の話を聞いていた。
そんな彼女と接するうち、残された僅かな時間の中で、彼にはある願いが生まれた。
彼女を無事に森の外まで送り届けたい、人の役に立ちたいというものである。
「大きなあなた、どうしてそんなにいそいでいるの?」
「それは私にも、あなたにも時間がないから」と物言わぬ彼は思う。
この森は昼の間は比較的安全ではあるが、夜には魔物も徘徊する場所だった。
彼女が1人で無事に帰ることが出来るよう、森の出口の近くまで移動しておきたい、そう彼は考えていた。
やがて、歩き続けた彼らの目の前に、小高い崖が現れた。
彼だけならば問題ないが、小さな彼女には危険な高さだ。
「わあ…とてもたかいわ」
彼女が不安を口にする。
最短距離で出口に向かうには崖を降りる必要がある。
彼は森の小鳥たちを思い出す軽さの彼女を、丁寧に抱え上げる。
「大きなあなた、だいじょうぶ?」
「問題ない」そう伝えるように彼は頷く。
彼は勢い良く崖を滑り降り始めた。
崖の硬い岩肌は、彼の土で出来た外装を容赦なく削る。
落ちてくる石つぶてや、周りの樹木の尖った枝から、彼はその大きな腕で彼女を守る。
崖を滑り終わった頃には、土で出来た彼の体中にヒビが入っていた。
「ありがとう、大きなあなた」
そう言いながら微笑む彼女を、彼はそっとボロボロになった腕から降ろす。
「あ!あそこにでぐちがみえるわ!」
彼女が指差す方向には、アーチ状に木々が覆う森の出口があり、夕焼けの淡い橙色の光が見えた。
「大きなあなた、ここまでおくってくれてありがとう!」
彼は安堵する。
柔らかく笑っていた彼女が、彼に背を向け出口へと走りだす。
「またあいましょうね、大きなあなた!」
そう言って、走りながら振り向き、彼に手を振る少女。
彼もまた、間もなく動かなくなる腕をゆっくりと、ぎこちなく振り返す。
全ての思考が、回路が徐々に停止していく中、彼は役目を果たしたことを実感する。
やがて、彼の一つ目が、黄昏を過ぎた景色と同じように暗くなる。
輝きを失った彼の鏡のような瞳には、森の出口から続く、長い長い村への道だけが映り込んでいた。