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三話。



 夜の部の法要、開始時刻は十九時。

 親族の集まりに使用される二十四畳の居間に、ボーンと柱時計の音が響く。

 今までじいちゃんの座っていた席には俺が座る。

 母と朔太郎先生が一番近い角席に座った。

  

親族たちがざわめくが咎める声は聞こえない。

 ちなみに愚かな屑は、遅刻のようだ。

 一番偉い人間は遅れて登場するものだ! という、厨二病にも負けていない持論を、この場でも展開したらしい。


「それでは、故人臥龍宗一郎様の遺言を公開いたします」


 朔太郎先生の声が広い居間の隅々まで響き渡る。

 年老いても尚衰えない覇気のある声だ。


「一つ、次期当主の座は孫である廉が継ぐものとする。補佐には廉の母志桜里、相談役には自分小鳥遊朔太郎を置くものとする」


「異議あり! どうして相談役が外部の者なのか!」


 ここは裁判所じゃねーし?

 ってーか、お前こそ、ぎりぎりこの場にいられる一番能力がない者だろうが。

 血が繋がっているだけでどうにかこの場にいられる愚か者が、自他共に認める朔太郎先生相手に吠えるんじゃねぇよ。

 

「故人の遺志に異議を申し立てると言うことは、わしと裁判で戦う羽目になるのじゃが、よろしいか!」


 朔太郎先生の凜とした声に、愚か者は唇を噛み締めて、テーブルを叩く。

 力だけは強いんだよな、こいつ。

 テーブルの上に置かれた茶托と茶碗が、一瞬跳ねた。


「……この家に朔太郎先生より有能な人材がおりましょうか?」


「し、志桜里さん……」


 こういった場では沈黙を守っていた母が、冷ややかな目線を発言者に向けた。

 

「残念ながらおりません。ゆえに宗一郎様は遺言なさったのです。どうぞこれ以降、宗一郎様の意志に反する言葉は慎まれますよう……」


 慎まないと、今の立場はなくなりますね?

 慎まなくても、なくなると思いますが。


 声なき母の意見に、愚か者はくしゃくしゃのハンカチを取り出して必死に汗を拭っている。


「では続いて、財産分与について。臥龍家の資産は全て廉に、宗一郎様の資産で形なきものは全て廉に、裏の資産は志桜里に、現金の一部を寄附に、それ以外の現金は親族に与えるものとする」


「志桜里さん! 宗一郎様の裏資産管理は一人では、大変ではなくて? 私たちが協力いたしますわ!」


「不要でございますわ」


 うん。

 一刀両断。

 今日の母はひと味違う。

 間抜けにも口出しした強欲者はあんぐりと口を開けた。

 じいちゃんの妹の娘。

 母より一回り年上で、化粧が濃い強欲者は、裏の資産がどのようなものかを多少なりとも知っていたらしい。


「宗一郎様の裏資産は素質のある者しか、管理できません。素質なき貴女様ではそもそも無理でございましょう?」


 母の唇が皮肉げに吊り上がる。

 そんな表情もまた美しい。

 現に男性親族は見惚れている。

 尊先生などドヤ顔だ。


「そ! そもそも! 正悟の名前が挙がらないのは何故ですの?」


「この場に遅刻してくる輩の名前が、どうして挙がるとおっしゃるので?」


 母を真似て皮肉げな微笑を浮かべてみせる。

 女性親族が、生意気な男の子に見惚れて悔しい、びくん、びくん……みたいな表情をした。

 母とは違う面立ちだが、俺とてそれなりの美形なのだ。

 せっかく良い顔に生まれたんだから、有効に使わないとな!


「親族に分与される現金はいくらなのだ!」


「十億円ですな」


「寄附は幾らもらえるのか教えろっ!」


「十億円ですな」


「なんだそれは、おかしいだろう?」


 じいちゃんの兄の息子がわめく。

 ギャンブル中毒で借金が億単位であるんだっけな、こいつ。

 自分への割り当てだと借金全額返済も危ういから、難癖をつけてくるのだろう。

 良信さんにお願いして、本人だけで借金返済ができるようにしてもらえるかな?

 奥さんと子供は、こいつに虐げられて不遇が長いから、借金の連帯保証人からは外したい。


「おかしくはねぇよ。文句があるんなら、相続放棄してくれてもいいんだぜ?」


「そ、そうだ、廉! お前が譲り受けた資産を俺にくれてもいいんだぞ! 二倍、や、三倍にして返してやる!」


「馬鹿を言ってるんじゃねーぞ? この能なしが。これ以上寝言を抜かすなら、当主として臥龍家を名乗る権利を全て剥奪してもいいんだけどなぁ?」


「くっ!」


 当主の権利は絶対だ。

 臥龍家の名前で辛うじて守られているギャンブル中毒野郎は、その庇護をなくしたら一瞬で破滅する。

 さすがにその点は理解しているらしく、血管が切れるんじゃね? と思うくらいに青筋をびきびきと立てながらも居住まいを正した。


「親族分に関して、俺は一切口出しをしない。じいちゃんの遺言にも、その旨は書かれていなかったからな。そうですよね、朔太郎先生」


「一般的には故人に近い者ほど高額の分与がされるがのぅ。わざわざ自由に分配するがよいと書かれておる」


 十人ほどいた親戚たちがそれぞれ顔を見合わせている。

 どれだけ己の取り分を多くしようかという欲望剥き出しのみっともない表情だ。

 臥龍家を名乗るなら、多少なりとも取り繕えってもんだ。


「じゃ、皆さんは別室でどう分配するのかを決めてください。決まったら、俺の所まで。直接、現金で、手渡しをしますんで」


 ネットで振り込みーといかないのが、臥龍家のしきたり。

 手渡しした金を、全額自分の分として、自分の望み通りに使い切れるのかを、今後重用する判断にしたりもするのだ。


 当主の俺にすら挨拶をせず、親族が部屋から出て行く。

 この時点で、こいつらを重用することはないと決定してもいいだろう。

 ほとんどが所謂老害って奴だしな」


「……屑坊はまだこんのかのぅ」


「玄関がうるさかったから、そろそろじゃな」


「足音が聞こえてくるぞ……あいかわらず品のない足運びだぜ」


親族が消えて、老害どもとは真逆の人たちが近くに寄ってくる。

 綜次郎さん、清之助さん、良信さんの三人だ。

母が優雅な手つきで冷めた御茶を飲み干したタイミングで、屑が現れた。


「おい! 遺言状の公開はまだやってねーだろうなぁ?」


「うちのチンピラでも、もっと真っ当な口をきくぜ。相変わらず品がねぇなぁ。お前は」


「か、関係ない老害はすっこんでろ! ほら朔じじい、とっとと公開しろや」


 何時もの屑は、いかにも武闘派ヤクザですって面立ちの良信さんには、へこへこしていた。

 だが今日は自分が当主になると信じて疑わないからだろう。

 畏怖を押し殺すように横柄な態度を取った。


「遺言状の公開は終わっておるわ。遅刻する屑に宗一郎が与えるものなど何一つない」


「なんだとぅ!」


 怒りのままにテーブルを蹴り上げようとするので、テーブルを両手で押さえ込んで止める。

 本気を出せばこれぐらい造作もないのだ。


「きさまっ!」


「当主様に向かって、暴言は許されねーぞ? 臥龍家の名を取り上げられてぇのか?」


「はぁ? 妄言を吐くな! 貴様のような愚物が臥龍家当主を名乗れるはずもなかろうが!」


「いんや? じいちゃんの遺言で、俺が当主。母さんが補佐。で、朔太郎先生が相談役」


 俺の言葉を聞いて屑が大きく目を見開いた。

 見開いた目が移動して母を捉える。

 何時もなら母はここで、怯えた表情をした。

 だが今の母は全く動じずに、凜とした風情で俺たちのやり取りを見ている。


「きさま、が、補佐。だと? 俺を満足させられない女が、補佐ぁ?」


「あらあら。断種された屑がよもや、当主になれるなどとは思っていらっしゃらないですわよね。もしなれると信じているのならば随分と頭の中のお花畑が満開でおられるようですわ?」


 おうふ。

 母さんが容赦ない件について。


「な!」


「ふふふふ。私が存じてないとでも思っておられまして? そもそも貴男の種って、結構な無能ですのよ」


「俺は優秀だ!」


「いいえ。種だけでなく、全てが無能ですわ、断種された屑男さん」


 朔太郎先生も混ざって四人の爺ちゃんたちが、美女の怒りは怖い。

 容赦なさ過ぎて怖い、と囁き合っている。

 そんなに怖いかね?

 ただ事実を告げているだけなのにさ。


「しかも断種されたと気がつきもせず、貴男の子供を妊娠したのと言われて、若い女に乗り換えるから貴様は出て行け! なんて茶番も三回はしましたよね、屑男さん」


 何かさー、屑の好みってロリ巨乳だったみたいでさ。

 三人ともおんなじ外見で、中身だったっけ。

 しかも巨乳は作り物で、ロリ顔は若作りっていうね。

 頭の中はお花畑満開ってね。


「そんな屑男を、どうやったら満足させられるというのでしょう? 虫唾が走りますわ」


「きさっ! きさまぁっ!」


「臥龍家を甘く見すぎましたわね、屑男さん。少しは歴史を学ばれたら如何でしょう? 臥龍家の当主が秀逸なのは、逸材だけしかその座に着くのを許されぬからですわ。貴男が継げる可能性なんて、万に一つもございませんのよ」


 臥龍家家系図とかリアルホラーなんだよな。

 俺も見たときは全身が怖気だったぜ。

 子供の数は多いんだけどな。

 ある程度の年齢でさくさく亡くなってんだよ。

 一緒に収納されている当主の日記を読むと、その理由はすぐわかるんだけどな。

 粛清、されちまってんだわ。

 容赦なく。


 今別室で侃々諤々状態の親族もなかなかの屑揃いだが、粛清されるまでの危険性がなかったので生かされている。

 じいちゃんの代はそこそこの屑揃いで、親の代は屑揃い。

 孫の代ですら既に粛清者は出ているのだ。

 臥龍家はかなりの梃子入れをしないと存続の危機から脱却できないんじゃね? と俺を含めた、真っ当な親族たちの悩みは尽きなかった。


「くっ! と、当主の座がなくとも、地位と財産があれば何とかなるわ! 俺の取り分はどれぐらいだ? 屋敷に別荘全部、海外の拠点は当然として、金は最低でも百億はもらわねーとなぁ」


「じいちゃんが貴様に残したものなんて、なーんにもねぇぞ?」


「はぁ?」


「……遺言状になかった遺産ならば、あるのではないでしょうか?」


「マジか! よし! いいな。足のつかねー、金とか最高じゃねぇか! 早く寄越せ!」


 屑が母の胸元を掴もうとする。

 腰を上げる俺よりも早く、屑にアイアンクローをかましたのは良信さんだった。


「宗一郎が貴様に残したのは、あれだ。負の遺産だ」


「ああ? 借金なんかねぇだろうが!」


「いや。金もあるぜ? お前の尻拭いで使ってきた金は、全部お前の借金になるんだよ!」


「そんな馬鹿な話があるか!」


「あるんじゃよ。しっかり明細もあるからのぅ。それにほれ。貴様が遺産をもらっても無意味じゃ。使う間なぞないのじゃからなぁ」


 朔太郎先生が嗤った。

 嗤いながら、屑の前に一枚の紙を差し出す。

 屑は書かれた文字を見て、目を大きく見開いた。

 一番上には、こう書かれていたからだろう。


 臥龍正悟犯罪一覧、と。


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