n+a通目(終)
親愛なるお兄様
私は忙しくも、日々壮健に過ごしております。
『カドノ=アン』としてこの地にあり、朝にデンシャに揺られて働きに出、夕べにはひとり静かに眠りにつきます。
夢にそちらの国は出てこなくなりました。あの戦の……私が如何にして倒れたかも、思い出せなくなってきました。大変無礼なことではありますが、私の従者だけでなく、お父様、お母さま、そしてお兄様の顔も思い出せないのです。
これは私の憶測でしかありませんが、私が『カドノ=アン』の記憶を引き出す度、彼女の記憶が私の記憶を塗り替えているのではないでしょうか。この地で暮らすためとはいえ、私は私の記憶と引き換えに、彼女の記憶を呼び出していたのだとしたら……。
嗚呼、私はなんて恐ろしいことをしていたのでしょう。
このまま何もかも忘れていくと、私は私でなくなり、『カドノ=アン』が私自身の代わりとして生きていくのではないか。
私は恐怖しました。
忘却を恐れ、悲しみに暮れ、自身の責務をすっかり投げ出した日もありました。
ですが、今私を助けられるのは私自身だという事実を取り戻し、先日漸くカイシャに戻った次第です。
私は私。
この地より、私の故郷、ガドゥルンド王国に還る術が見つかるまで、なんとしても、皆との思い出を消し去らず、日々の営みの灯を絶やさないという、私自身の戦いに身を投じていこうと、心に決めました。
いつかきっと故郷に帰るまで、私は忘れません。
その為に、私はこの届く術を知らぬ手紙たちを、綴り続けて行こうと思います。
ですからお兄様。この世界より帰還するその日まで、私の名を覚えておいてくださいまし。
アンより