四通目
親愛なるヤヌクルギスお兄様
お兄様は『満員電車』という言葉をご存じないでしょう。
以前お手紙に記しました通り、この世界は『電気』をはじめ『燃料』を駆使し、その生活が成り立っています。街道をゆく手段は馬車などありません。電気を使った車付きの箱を動かす『デンシャ』がその替わりのひとつです。
私はシュッシャの際、このデンシャに乗って赴くのですが、朝は大変混雑します。
同じ方向へ向かう民が、大勢いるのです。カイシャ(ギルド)への『シュッシャ』は、大抵のカイシャが同じ時間帯となりますから、そうなるのも仕方がありません。
足は踏まれ、デンシャが停まる度に大勢に押され、隙間と掴まるためのツリワを探して、毎日が戦の様。
ここで体力を削られた後、私を含め皆シュッシャをするのです
市井の営みを拝見してきたつもりではありましたが、この様に酷いことはありませんでした。
しかしそうしなければ、世界が成り立たないのもまた事実。
私の力ではこの地獄のような『満員電車』を如何様にすることもできません
これだけ人が箱に乗り込みますから、押されるだけではありません。
視界が遮られていることをいいことに、盗みを働く者、婦人の身体に許しもなく触れる痴れ者、声を荒げて因縁をつける野党の如き蛮人。
詰め込まれている間に怨念が蓄積し、善良な民も時に間違う事もあるようです
先日私の前にも、身体に触れてくる者が現れました。
ガドゥルンドであれば、その手を焼き、再起できぬまでに仕置をする所でしょうが、私には魔力もありません。
ですので私は、触れた手を掴み、デンシャの扉が開くと同時に流れに身を任せ、その者を投げ飛ばしました。そして相手が伸びたところを、駅舎の者につきだしたのです。
後で知った事なのですが、普通は投げ飛ばしたりせず、駅舎の者を呼び、対処してもらうそうなのです。
お転婆が過ぎると、どうぞ笑わないでください
朝のシュッシャと比べ、帰路は静かな場合があります。
運が良ければ、朝には見えなかった長椅子に腰かけ、ひと息つくことも可能です。
暗い窓の外を眺めていると、ふと『カドノ=アン』の記憶と、私の記憶が胸をよぎり、小さくため息を吐くこともあります。
昼は満員電車を味わう事もありませんから、いつか皆がこちらへお越しの際は昼間がよいでしょう。
私は明日もシュッシャです。お兄様も公務でご無理をなさらぬよう。
あなたの妹・サンロッテ=アン=ガドゥルンドより