三通目
親愛なるヤヌクルギスお兄様
私がこうして筆をとるのは、概ね夜更けになります。
送る術もないまま綴った手紙は、幾重にも重なり、机の傍らへ静かに積もってゆきます。
昨晩は愛馬『ユニクス』にまたがり、城下北の草原をお兄様と駆ける夢を見ました。
心地よい爽風、鼻をくすぐる一面に茂る草の青い匂い。
そちらに戻れない今となっては、とても懐かしい時間です。
転移魔法でも使えるなら、今すぐにでも飛んで帰りたきところです。しかしこの国、いえこの世界には、魔法がありません。概念自体はあるのですが、あくまでそれは書物や演劇などで語られるばかりで、生きとし生けるものすべて、魔法が使えませんし、魔力を感知できません。
そちらで学んだ魔法陣、錬成術式等が発動しないばかりか、王族誰もが生まれた時より従えている、精霊の姿も見受けられません。この国で目を覚ましたその時から、私も傍らにて従えていた火の精霊の気配がなく、最初は大変戸惑いました。
では人々は魔術のないこの世界で、日々の営みを成しているのか。
それはすべて、人の手によるものです。
かまどの火は仕掛けにより火が付き、栓を回せば溢れんばかりの水が流れ、明かりも太陽の光や『光粉』を集めずとも、壁の仕掛けを押すだけで部屋を照らします。
『カドノ=アン』の記憶を頼れば、これらは『電気という雷の力』『ガスという火おこしの息吹』を利用したものだそうです。
水については、山水を集め、清めた後に家々に配分されているとか。清める術式ではないようですが、その方法については、謎です。
殊、『電気』というものが重要で、これは灯りを点すだけではなく、スマホやパソコンといった魔道具の力を使うときには必ず要し、人や物を冷やす・温める魔道具を動かすにも、この『電気』がないことには始まりません。
魔法がない代わりに、国民はこれらの力を享受し、各々の営みに利用しているのです。
困ったことといえば、これら力はどこでも使えるわけではないということ。
例えば『電気』を使うための線や道具がない山奥などでは、まったく用をなしません。
そしてこの無尽蔵ともいえる力たちは、『デンリョク=ガイシャ』なるギルドが管理しており、指定された期限以内に力を使った分を金銭にて支払わなければ、慈悲なく止められてしまします
これだけは本当に気をつけねばなりません。
それでは、またお便りいたします。
ご自愛くださいませ。
あなたの妹・サンロッテ=アン=ガドゥルンドより