二通目
親愛なるヤヌクルギスお兄様
日差しの強さが日に日に増していき、夜が天を覆う時間も、微かに短くなってまいりました。
お兄様におかれましては、壮健でいらっしゃいますでしょうか。
私は、この『ニホン』という国で、『カドノ=アン』という名前で暮らしております。
名は私が付けたものではありません。こちらで目覚めた時、既に私はその名前になっていたのです。偶然にも、私と同じ『アン』という名が付いているため、呼ばれた時に支障はありません。
驚くことに、今の私にはこのニホン国に於いて暮らす家があるばかりか、『カドノ=アン』として、この馴染みのない国、『ニホン国』の戸籍が付与されているです。
面妖なことは続くもので、見知らぬこの国独自の言語──ニホン語も頭の中で理解し、彼らの発する言葉も難なく聞けるばかりか、私自身もニホン語で返すことができるのです。
馴染みある我が国語『ガドゥルンド語』も『月文字』も読み書きできるのですが、この国では通じず、寧ろ『ニホン国』ではニホン語さえあれば不自由がないようです。
私のこの体には、私の記憶とは別に、『カドノ=アン』の、彼女がこれまで生きてきた記憶があるようです。
ここより離れた場所から、この土地に学業のために移り住み、そのままここで『エイギョウ・ジム』という職業を生業に暮らしているという彼女の記憶と経験。
それらがなければ、今ここにこうして私は日々の営みを紡ぐことなく、野垂れてしまっていたに違いありません。
ここで目覚めてから、私は彼女の記憶を取り出し、それを駆使して暮らしています。
早朝よりカイシャというギルドに赴き、夕刻、いえ、日が沈んで暫くまで机に向かい、パソコン、スマホなる魔道具を駆使して『トリヒキサキ』と連絡と交渉を繰り返すのが、ギルドより課せられた任務です。
そうして夜。私の根城としているこの部屋へ帰りつくころには、精も魂も尽き果て、鉄の器に入った『ストゼロ』なる果実酒を少しばかりあおり、眠につくのです。
容赦なく来訪する繁忙の時期も、最初こそ戸惑いましたが、今ではいたについています。ガドゥルンドで公務に身を捧げていた時とはまた違う忙しさが、今の生業にはあるのです。
今宵も夜が更けてまいりました。
そちらではそろそろ、森で産まれたリュウフクロウの子らが、高く細い聲で夜鳴きを始めている時期でしょう。
お兄様、どうぞ夜風にあたり過ぎず、身体をお安めください。
あなたの妹・サンロッテ=アン=ガドゥルンドより