一通目
親愛なるヤヌクルギスお兄様。
あの試練の山での戦で命を落とした私が、こちらで目を覚まし、早1年が過ぎようとしています。
私がおりますこの国にも、春の気配が香ってきました。
眩しい日の光を浴びながら、朝の凛とした寒さを肌に感じる度、王国の皆を思い出します。
かの戦の折、帝国を退けたという知らせの後、私はケネトゥス卿の裏切りで爺、それに侍従のカナトを失い、私自身も卿の率いる兵どもの槍衾に倒れました。
それが私の最期の記憶。
その筈でした。
しかし、私は再び目を覚ますことができたのです。
起き上がり見れば、私の身体は傷ひとつついておらず、いえ、傷がないどころか、顔も身体も全く別のものになっていたのです。
変わっていたのは、私の姿だけではありません。
金剛の山にて、ドワーフより贈られしミスリル製のプレートメイルは布の服に。お父様より賜りし、聖剣オルテガは包丁に。携えていた魔導書は、スマホという魔道具に変化してしまっていたのです。
変わってしまった諸々を初めて目にした時、私ははしたなくも大きな声で驚愕し、その場に失神してしまいました。
これは悪い夢。
そう思った私は目を閉じ、暫くのちに再び目を開けども、状況は一変することなく今に至り、是非もなくここに暮らしておる次第です。
あの戦の後、私の率いていた兵や国民は、お父様にお母様、お兄様は、どうなったのでしょう。
かように文をしたためてみたものの、どうやらこの世界には我が故郷・ガドゥルンド王国は存在せず、私がおりますこの場所も、ニホンという見聞なき国であり、文を届ける術を未だ知り得ておりません。
いつの日かその術を手に入れた時には、猪の一番に私の無事をお兄様へご報告したく存じます。
あなたの妹・サンロッテ=アン=ガドゥルンドより