第四条 修行
「……君は生前に一度だけ使ったことがあるみたいだね。」
「えっ?俺が、能力を?」
<全く身に覚えがないな、生前はずっと引きこもってたし、絶望なんて感じたこと……それよりっ!ラノベを愛する俺が能力なんて、忘れるはずがない…ってことは…まさか?!自分でも気付かないほどめっちゃ弱い力なのか!?>
頭によぎる不穏な予感、しかし、こんな仮説は、次の一言で、すぐに間違っていると気付かされた。
「…と言っても、君は覚えていないだろうけどね。その記憶は…君にとって一番必要で…それでいて1番不必要な記憶だよ…」
ヘルの頭に疑問符が浮かぶ。
「まぁまぁ、そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ。君もいつかは向き合わなきゃ行けない時が来ると思うけど…僕が教えちゃ面白くないからね。」
「………」
自分に向けられたはずの、重要であるだろう言葉、しかし、自分以外の誰か向けられた言葉のように感じた。この重要であるだろう言葉はいくら考えたとしても、分かったことは、何も分からなかったということだけ、だと言うのに、なんだか今すぐ理解できるようななんともいえない気分になった。
<結局、何が言いたかったんだ…?>
「ふふふ…さて!本題に入ろうか。君がここにきた理由…力が欲しいから…でいいかな?」
「……え?」
「…あれ?ノア様の手紙読んで…ない?」
「手紙?…手紙ならあるけど…」
ヘルはポケットから一枚の紙を、取り出した。
「え、えっともう一枚無い?」
「…多分無いと思います。」
<やっべぇ!ちゃんと、他に落ちてないか確認すべきだった!>
「はあ…君には、何回も驚かされるなぁ」
「…まあ、ここまで話したし、君にも選択の余地を与えよう。」
その瞬間、世界から音が消えてしまったんじゃ無いかと、思うほど、周りの音が静まり返る。
「……力は欲しいか?」
アニメや小説では、悪魔が言うような言葉。力と引き換えに、大切なものを無くしてしまうなんてストーリーを、ヘルは何度も見て来た。それでもーー
<今まで、ずっと辛いことから、面倒なことから、逃げて来たけど、本当は駄目だって、本当は気づいてた…変わりたい!だからーーー>
「俺に力をください。」
……ヘルとして初めての大きな選択。未来を見据える真っ直ぐな瞳をもし誰かが見たのなら、あまりの変わり具合にそれはそれは、驚くことだろう。何はともあれ、この決断をした今日がが、長く、苦しく、大切な、一ヶ月の始まりの日となったのだった。
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1日目
<…力が欲しいか、なんて言うくらいだから、それはもう悪魔的な力を貰えるもんかと思っていたんだけど…>
そう、実際のところ、何もしなくても強大な力が貰えるなんて美味しい話なんて、存在しなかった。では、どうやって力が貰えるかと言うと…
「力といっても僕からは何もできないから、たくさん訓練してもらうよ。」
だそうで、結局、訓練をひたすらにやることでしか力は貰えないらしい。どれくらい、ひたすらかと言うと、それはもう、ひたすらなんだとか。そんなこんなで地獄の訓練が始まった。比喩なんかでは無い、本当に地獄の訓練だ。
<能力の訓練をしてくれるもんだと思ってたんだけどなー>
能力の訓練なんて、後回しで結局やることになったのは、"鬼ごっこ"だった。
<どうして!こんなことを!しなきゃならないんだー!>
「それはね、能力を使うには、一定以上の体力が必要だからだよ。無駄なこと考えてないで頑張って走ら無いと殺しちゃうよ。」ニチャア
「………鑑定で頭ん中見るのやめてもらっていいですか?」イラッ
見ての通り、追いかけるのはグリモワール先生。追いつかれたら、本当に殺してくる。今日は20回殺されました。
あと、日記をつけることにしました。
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2日目
「足が筋肉痛だ!もう走れない!」って勇気を出して言いました。足を切ってきました。今日は24回殺されました。
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7日目
殺されるが嫌でグリモワール先生から逃げてたら、迷子になっちゃいました。このまま逃げようかなー、なんて考えていたら、鬼に遭遇しました。一週間の努力の成果か、案外簡単に鬼から逃げ切れて
<意外と体力ついてるかも…>
って考えていたら、転んで溶岩に飲み込まれました。 はあ
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10日目
とうとう、きつかった鬼ごっこが終わった。やっと、明日から能力の訓練をしてくれるそうだ。それと、もう一つ、俺の能力が『磁力』だと分かった。磁力ってなんぞや?
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12日目
なんだよ、あの糞教師!能力ってどうやって使うんだよ!!!って聞いたら、
「ドバーッとザザザーッと」って意味わかんねぇー!もう教師なんてやめたほうがいいんじゃ無いのかな!?
ーーーーあれ?こんなとこに本なんて置いたっけ?
「ああああああああ」
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13日目
グリモワール先生のおかげで、毎日がとても楽しいです。グリモワール先生はとても賢く、かっこよく、とても憧れます。今日はまだ能力を使えなかったけど、グリモワール先生のような、完璧なお方に教えてもらっているのですぐにでも使えるようになると思います。え?昨日と全然話し方が違うって?やだなーー、私はずっとグリモワール先生を尊敬していましたよ。 はあ
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15日目
遂に能力を使えるようになった。宝くじに磁力を持たせることに成功したのだ。2メートルの範囲内なら、反発させることも、引き寄せることも出来る!出来るからなんだって話だけどね。とにかく、今日が初めて(では無いらしいが)能力を使えた日だ。
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16日目
コツを掴んでからは、練習も苦じゃなくなった。まだ、使いこなせては無いけれど、後5日ほどあれば、ある程度使えるようになる気がする。
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20日目
結構安定して、能力を使えるようになってきた。磁力について分かったことをまとめると…
*触ったものに磁力を持たせる。
*長い時間触り続けると、その分、長い時間磁力がつき続ける。
*磁力の強さに限界はある。
*後からでも、磁力の強さは変えられる。
*磁力をつけたもの同士でも引き寄せたり、反発したり出来る。
って所。でも現時点で使える物だから今後強くなったら、もっと色々出来るかもしれない。
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21日目
能力の訓練が終わった。先生曰く、
「後は実戦でやった方が身につくだろう。」
だそうで、最後の訓練が告げられた。内容はグリモワール先生に、一撃与えることだった。
<先生の能力って鑑定だから、戦闘用の能力って感じじゃ無いんだよな。一発で成功できるんじゃね!>
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22日目
…一発成功できると思ってた時期が私にもありました。勝てるわけないでしょあんな化け物!こっちの攻撃全部避けるし、風の魔石使ってくるし!
※魔石っていうのは、一時的に魔法を再現することができる魔道具だよ。byグリモワール先生
道具使うとか卑怯だ! はあ
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29日目
あれから何回も挑んだけれど、全く勝てる見込みはなかった。長年の経験からなる、回避のテクニックと、一発で大ダメージを与える、魔石による風魔法……強い。だから、これまでみたいな戦い方ではダメだと思う。相手も魔石を使うんだから、こっちも一つ奥の手を使ってやろうじゃ無いか…
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30日目 今日
「準備はいいかな?今日で39回目だね。」
「そっちこそ倒される覚悟は準備出来てるかな?」
「ふーん。何か作戦があるのかな?期待してるよ!」ビュッー
その瞬間、岩を砕くほどの威力を持つ風魔法がヘルの頬をよぎった。
「やってやるぜぇ!『磁力瞬足』!」
<まずは、距離を詰める!>
「うらぁ!!」スカッ
<クソっ!>
槍による攻撃も、全ていなされかわされる。
「ほらほら、やられちゃうよ!」ビュッー
高速で飛んでくる風魔法、それを弾くように、ヘルは技を放った。
「『磁鉄 隼斬り』!」
高速で交える攻撃に、火花が散る。
「よいしょ!!」ヒュッーヒュヒュー
連続で繰り返される風魔法槍で受けるが威力は殺し切れず、大きく吹き飛ぶ。
「グァっ」
<強い!でも、こっちだって!>
「『砂鉄塵』!」
すヘルが磁力を持たした砂の入った袋を開くと中から勢いよく砂が飛び出した。プシャー
勢いよく飛び出した砂は周りの地形を飲み込む。
「目眩しか、考えたね!」タッタタッ
<『磁力瞬足!』>
「貰ったァ〜」
わざと大きい声を出して、相手に斬りかかる。
「うーん20点!声なんて出すから、バレちゃうんだよ!」スカッ
その瞬間、ヘルの表情が不敵な笑みへと変わった。
<来たァ!>ニヤリ
その瞬間、グリモワールの背後から飛んで来た石によって長きに渡った勝負に決着がついた。
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〜前日〜
正面から殴り合っても絶対勝てない。なら、罠を張りまくってやろう!どういう罠にするかは……シンプルだけど、強いやつがいいな。そうだ!
STEP 1 戦場の周りや床に磁力を持たした石を、紛れ込ませます。
STEP 2 バレないように土や砂で隠します。
STEP 3 戦闘時、回避を誘います。
STEP 4 高速で石を引き寄せてぶつけます。
「完璧」
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ドンッ
グリモワールが石にぶつかって大きく吹っ飛んだ。
「ふはは!合格だ!強くなったね!ヘル!」
驚くほどに強かった彼は魔本であるからに顔はない。でも、もし顔があるんだとしたら、それはそれは満足そうな顔をしてるに違いないだろう。
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31日目
今日はグリモワール先生の弟子卒業記念として、飯をふるってくれることになった。まあ、地獄の飯だから、紫色の蛙だったり、黄色の鍋であったり食欲を失うようなメニューが並んでいる。
「本当に強くなったね。ヘル。最初の頃は、100メートル走るだけで、倒れかけてたのに…」
「はいそうですね…」
<思えば大変な一ヶ月だった。でも、グリモワール先生のおかげで、すごく早い一ヶ月でもあったな。地球に帰るまで何十年、何百年かかるかもしれないけど、この一ヶ月は絶対に忘れないと思う。だからーーー>
「ありがとうございました!」
「うんうん。では愛弟子ヘルのさらなる躍進を願って、この魔石を贈呈します。」
渡された魔石は、宝石よりも透き通り、血よりも赤い、炎の魔石だった。
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次の日
「いってらっしゃいグリモワール先生!」
「ヘルも頑張ってね!じゃ、行ってきまーす!」
あれから、グリモワール先生は、旅に出た。かつての仲間と会いに行くんだとか。グリモワール先生の指導は本当に厳しかったけど、本当に為になった。
だから、絶対にこの一ヶ月のことは忘れないでいたいと思う。それと、俺はこれから、最初に見つけた通路らしき所へ向かおうと思います。
「行こう!ヒューレン!」
「はい!地獄の果てまでレッツゴーっす!」
『ヒューレンの技紹介』
『磁力瞬足』
磁力瞬足は、触れた地面と脚に強力な磁力を持たせ反発する力で素早く動く初級技っす。慣れていないと制御出来ずに大怪我することもあるっすけど、慣れてしまえば、万能な技になるっすよ。
『磁鉄 隼斬り』
槍や剣などの武器に磁力を持たせて、体との反発する力で素早く斬る"磁力瞬足"の派生技っす。高い攻撃力と素早さで相手を圧倒できるっすよ!
『砂鉄塵』
磁力を持たせた砂を広範囲に撒き散らし、相手の視界を妨害する技っす。用意が無いと使えない技っすけど効果はバツグンっす。
※ヘルが使っていた槍は、グリモワール先生が鬼を倒した際にくれたものです。