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余命二ヶ月の老騎士は、主君の聖女と笑顔で過ごす。

作者: 凡仙狼のpeco


 ―――聖剣が安置された、封印の塔。


 最上階の見晴らしの良い『聖剣の間』で、老騎士アランは裸の上半身を主君の少女に誇示していた。


 玉の汗が浮かぶ、筋の際立った見事な筋肉。

 後ろに撫で付けたロマンスグレーの豊かな髪と口髭。


 年輪を重ねてはいるものの、体に似合わぬ彫りが深く甘い顔立ちを持つ彼は……今、両手の指をがっちりと組んだ、サイドチェストと呼ばれる美しいポージングをキメている。


「いかがですかな? 我が主よ」

「本日も大変にキレているように思えますわ、じいや」


 それを眺めているのは、青に近い銀髪の小柄な少女。

 雪のように白い肌を持ち、10代後半と思われる愛らしい顔立ちをしている。


 〝聖剣の乙女〟として勇者を待つ彼女は、朝食後に入れられた紅茶のティーカップを手にして、老騎士をニコニコと眺めている。


 そこで、コンコン、と部屋のドアがノックされた。


「失礼いたしま……ローザ様ッ!!!!!」


 静かに入室して来た侍従長は、中の光景を見てピキリと額に青筋を浮かべた。

 美しいが厳格そうな顔立ちの彼女は、ツカツカツカ、と歩み寄ってきて怒鳴る。


「またこのようなことをアラン殿にさせて!!! まして神聖な場所で!!!」

「ここで朝食をとっている時点で、今更だとは思うがのう」


 ローザの前にあるテーブルの上に置かれている空になった皿に目を向けながらアランはポーズを解いた。


「貴方も貴方です、アラン殿!!! 主君の前で裸体を晒すなど、少しは恥を知りなさいともう何べんも何べんも何べんも……!!」

「別に、恥ずかしく弛んだ肉体ではないと自分では思っておるが」

「そういう問題ではありません!!」

「良いではないですか、マリア。私はじいやの鍛えられた体が大好きなのです」


 うっとりした様子で頬を紅潮させたローザは、満足そうにはふぅ、と息を吐いた。

 しかしそんな二人に対して、マリアはプルプルと肩を震わせる。


「本当に……本当にこの主従は……!!」

「マリア殿。毎日毎日、ピリピリしとって疲れんかの?」

「ピリピリさせているのは誰ですか!!」

「勝手にしとるんじゃろ」


 汗をぬぐって上着を着ながら、アランはそう答えた。

 他の侍女や兵士たちはもはや何も言わないというのに、彼女だけがしつこいのだ。


 ここで暮らし始めて……ローザが〝聖剣の乙女〟になり、アランがその守護者となって、既に六年。

 この日課が始まったのはその一年後のことなので、いい加減慣れてもいいと思うのだが。


「それより、何か用ではなかったのかの?」

「……はい。本日のご予定を伝えに参りました」


 聞くところによると、今日は勉学が主らしい。


 ローザがここに聖女として奉じられたのは、わずか10歳……社交界デビューすらしていない歳の頃だ。

 ゆえに知識や教養の面で不足している部分を、マリア自らが教えているのである。


「勉強は退屈ではありませんかな? 我が主よ」


 一応護衛として聖女とともに奉じられたアランが問うと、ローザは笑顔のまま首を横に振った。


「いいえ。大変面白いですわ。外のことや知識を得るのは楽しいことですもの」


 利発な主君は、心の底からそう思っているのだろう。

 しかし彼女は自らの意思で、話に聞く『外』を見ることは叶わない。


 ―――ローザの人生は、勇者の添え物として奪われているのだから。

 

 彼女をこの地に奉じたのは、王家だった。

 聖剣と相対するための資格を挑戦者に与える役割を持っているが、魔王の権勢が強まり、脅威となった昨今でも、聖剣に選ばれる者が現れない。


 それに業を煮やした王が、聖剣以外の褒賞として聖女を……すなわちローザをこの地に奉じたというのが、事の真相なのだ。


 そのお触れを聞いた時、アランは怒りを覚えた。


 ーーー人を、なんだと思っている?


 犠牲になる美しい少女を見て、その怒りはますます強まった。

 ゆえにアランは、ローザのために守護者に志願したのだ。


 それに多くの者が驚いた、と。


 同じように志願して侍従長となったマリア……先王の末子であり、現王の妹である彼女が、後に言っていた。 


「では、歯を磨いて参りますわ」


 紅茶を飲み終えたローザが立ち上がって出ていくと、マリアがため息を吐く。


「まったく……〝史上最強の騎士団長〟とまで呼ばれた叔父様が、毎朝毎朝、なぜそう品性のないことをなさるのですか!」

「それはまた懐かしい呼び名じゃな」


 この塔に来るよりも遥か前に、有能な副団長に放り投げた肩書きである。


「何故と問われれば、主人がそう望むからじゃ」

「嗜めなさいませ!」

「少しくらい良いではないか、私ごときでも、守護者としての役割は果たしておるのじゃし。お陰で生活は安寧であろう」


 マリアは、アランの言葉に押し黙った。

 聖剣よりもローザを娶ることを目当てに、群がる挑戦者たちを、叩きのめして追い返しているのは事実だからだ。

 

「……私ごとき、とは随分な謙遜ですね」

「ただの事実ですよ、侍従長殿。この老いぼれ程度に勝てないようでは、聖剣に選ばれるなど……まして我が主の伴侶と認められる訳もない」

「まして、の使い方が逆です! 聖剣を取られることの方をより気になさいませ!」

「どうでも良いじゃろ。侍従長殿は建前が好きじゃのう」

「貴方がスバスバと本音を言い過ぎなのです!」


 憤慨しつつも、マリアは言葉を重ねる。


「ですが、実力も家柄も鉄壁の貴方のおかげで、ローザ様は今日も心安らかにお過ごしです……叔父様」

「おや、呼び方はそれで良いのですかな? 普段はケジメケジメと小うるさいのに」

「度を過ぎるから怒っているだけです!」


 ツン、と顔を逸らすマリア……実の姪の態度に、アランは肩をすくめつつ片頬に笑みを浮かべた。


 ーーー我が主は、皆に愛されておいでだ。苛烈と呼ばれたこの姪までも、蕩かせた。


 アランは、先王の弟である。

 この国は血筋の嫡子に王位継承権があるため、次男であるアランは公爵位に降ったのだ。


 騎士団長を務めていたのも、その頃の話である。


「大した実力もないのに、聖剣に選ばれたというだけで、ローザ様を嫁に差し上げるわけにはゆかぬのは、心底同意ですしね……」

「我が主は、美しく育たれた。もう高い高いは出来んな」

「当たり前です!」

「あら、高い高いですの? して欲しいですわ」


 歯磨きを終えたのか、ひょこ、と入口から顔を見せたローザがニコニコと言うと、またマリアが目尻を釣り上げる。


「淑女が! そんな子どものような!!」

「別に構いはせんのじゃがのう」

「そうです、マリア。私はじいやに高い高いしてもらったので、この地に来ることを不安に思わずに済んだのですから」

「それとこれとは話が別です!」


 熱くなってお説教を始めるマリアを前にローザと目を見交わすと、彼女は小さく舌を出す。

 アランはその説教を聞き流しながら、彼女との出会いを思い出していた。


 聖女の式典という茶番を終えた後、初めて顔を合わせた時。


 アランは名乗り、膝をついて手の甲に唇を触れた後、立ち上がって彼女を高い高いして差し上げたのだ。


『こんな老いぼれですが、どうです、力は有り余っております。貴女のような、美しく、また可愛らしい主人に仕えることを誇らしく思いながら……邪な者どもを追い返して差し上げましょう』


 周りのざわつきを無視しながら、目を白黒させる彼女に向かって片目を閉じると、ローザは笑顔を見せてくれた。


「このまま、いつまでものんびりと過ごせればいいのですけれど……」


 マリアに促された彼女が、笑顔のままポツリと漏らした言葉に、アランはうなずいた。

 いずれ、聖剣を抜く者が現れれば、ローザはその人物と共に旅立たねばならない。


 『アランやマリアと別れたくない』と、彼女が言外に含ませた意味には触れず、鎧を身につけながらつぶやきに答える。


「この生活が少しでも長く続けばいいと、私も思っておりますよ」

「アラン殿」


 主人に何かを言う代わりに、叱責するような目を向けてくるマリアに、アランは肩をすくめてみせる。


 ―――君も、同じように思っているだろうに。


 幼い頃から、ローザを共に見守って来た仲である。

 口うるさいのは、目に入れても痛くないほど可愛がっているからこそなのだ。


 ローザが『聖剣の間』を後にし、マリアがそれに続いたところで、アランは身支度を終えて奥の聖剣に目を向ける。


 荘厳な台座の上で、自らを手にする者を待っている、赤く優美な剣。

 それを手にした者は、魔王を殺すほどの力を得ると言われており、また資格ある者は『我を手にせよ』という剣の声を聞くのだ。


 アランは、それを知っている。

 なぜなら。



『―――我を手にせよ。』



 この塔に自分が現れた時から今まで、目にするたびに頭に語りかけて来るその声こそが、聖剣のものなのだから。

 故にアランは、いつも通りに内心だけで答える。


 ―――我が主がそれを望むならば、いつでも抜いてやろう。


 聖剣に対して片目を閉じ、微笑みを浮かべたアランは踵を返した。

 ローザの望む限り、いつまでも勇者は来ない。


 ―――老騎士が魔王の策略により死ぬまで、後60日。

 

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