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王子の愛する少女

「父上のすすめる女性と結婚することはできません。俺には心に決めた相手がいます」


 第二王子にして魔道士であるラフジャーンは、謁見の間に黒髪の少女の手をとって現れた。


 優美にして光輝なる王子、との二つ名をほしいままにするラフジャーンは、金の髪とけぶるような群青の瞳の青年。

 父王を前にし、居並ぶ重臣の視線を一身に浴びてもどこを吹く風という涼しい面差しで泰然としている。


 彼がしっかりと手を繋いで立つ少女もまた、真っすぐに顔を上げて立っていた。

 艶やかな黒髪に、濡れたような黒瞳。年の頃は十五、六歳といったところ。水蜜桃を思わせる頬と形が良く小さな唇まで、すべてが可憐で匂い立つかのような美少女である。

 端正な容貌のラフジャーンと並ぶと、揃って伝説上の男神と女神と見紛うほどの麗しさだ。


 一体、あれほどの美姫が噂にものぼらずこれまでどこにいたのか。

 静まり返った人々には、静かな畏怖や畏敬の念のようなものが広がっている。


 ただ一人、玉座に深々と身を預けた王も、無言を貫いて息子と少女に視線を向けていた。


 ラフジャーンは国内外に名を馳せる魔道士である。王宮へ魔道による攻撃があらば迎え撃ち、呪詛の類は無効化し、必要とあらば術者を特定して打ち滅ぼすくらいのことはやってのける。国の守護魔道士の慣例として(まつりごと)には関わらず、世継ぎは兄王子と目されているが、彼を軽んじる者は誰もいない。

 しかしその輝かしい勇名とは裏腹に、内実はド偏屈の変わり者であり、麗々しく輝くばかりの容姿はひたすらに無用の長物、日夜自室にこもって魔道の修練に励んでいるような黴と埃にまみれた男だったはず。


 父王の知る限り、彼が人間の女性に興味を示した事実は、生まれてこの方十九年、一度も無い。

 ただの一度もない。

 であればその美姫の正体はおそらく人間ではないという、確信めいたものがある。


 王は、廷臣の一人にちらりと目配せをした。

 亜麻色の髪に穏やかそうな面差しをした青年は、翠の瞳に一瞬だけ困ったような笑みを浮かべた。

 しかし、命令はたしかに受けたというように、すぐに生真面目な表情になる。

 そして、ちょうど目の前の位置にいた二人に顔を向けた。

 

 いかなる権力も、誰の意志も、決してこの愛は引き裂けないとばかりに固く繋がれた手を見て、小さく溜息をつく。


 やるせない表情のまま、後ろに回していた手を前に出した。

 握りしめていたのは、ふさふさの白い毛がついた細い棒。

 高貴なる人々が、気まぐれに猫と遊ぶときに用いる遊具。

 猫じゃらし、という。


 青年は小さく咳払いをしてから一歩踏み出し、その場に片膝をついた。

 石床の上でぱたぱた、と猫じゃらしを跳ねさせる。


 ぴくんっ。

 黒髪の少女がはじかれたように顔を向けた。

 同時に、青年に気付いたラフジャーンが「あっ」と小さく声を上げる。

 少女はラフジャーンの手を振りほどいて飛び出した。


 素晴らしい軽業で跳ねて、一直線に猫じゃらしに両手で飛び掛かる。

 予期していた青年は、さっと猫じゃらしをひいて立ち上がり、頭上高くにその手をあげた。

 絶対に届かない位置でふるふると震える猫じゃらしを前に、少女がキッと一瞬目つきを鋭くする。

「エルナっ!!」

 飛び上がろうとした瞬間、後ろからラフジャーンが華奢な身体に腕を回しておさえこんだ。


「サラール、卑怯だぞっ」

 烈しい目で睨みつけながら叱咤されても、サラールと呼ばれた青年は苦笑で答えた。

「王命です」

「どこの世界に会議中に猫じゃらしを振り回せなんて命令する王がいるんだ、おかしいだろ!! そもそもなんでお前そんなものを持ちこんでいるんだ!?」

 ごくごく常識的なことを言うラフジャーンの腕の中で、黒髪の美少女は「……はにゃっ!?」としか人の耳には聞こえない声を上げてただひたすらに猫じゃらしを目で追っていた。


 サラールは、猫じゃらしをさっと背に隠すと、王に向き直り、慇懃な調子で言った。


「御覧の通り、猫でございます」

 ラフジャーンの目に苛立ちが走ったが、サラールは完璧に無視した。


「猫だな」

 王も疑う余地がないとばかりに重々しく言った。

 息子に目を向け、低い声で続ける。

「猫を人間にするとは、お前の魔道もなかなか外道の域に達したものだ」


 ラフジャーンは何一つ訂正することなく、父王に向かって吠えた。


「猫と結婚して何がいけないんですか!! 俺は!! 猫と!! 結婚したい!!」


 優美にして光輝なる魔道王子の戯言は、瞬く間に王宮中を駆け巡った。



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