第6章 クレーマー襲来
ある日の事である。
俺はクレーマーの対応をする為に、ショッピングモールに向かった。場所は1Fの入口のすぐ近くにある自動販売機コーナーであった。ふと見ると、若い男が受付のお姉さんを威嚇していた。
その若い男は茶髪のヒョロガリで、黒シャツを着ており、腰まで下ろしたジーンズを穿いていた。おそらく、20歳前後のクソガキだ。
クソガキは受付のお姉さんに大声を出す。
「だーかーらー、すぐに返金しろよ。こっちは忙しくて、後日まで返金を待てないんだよ。分かったら、さっさと1000円を出せよ」
「ですから、業者さんが来るまでお待ちください」
「全然来ねーじゃん。あと何分? 早く、答えてよ」
クソ、仕事じゃなかったら、クソガキの顔面にパンチを入れているところだ。だけど、仕事なので我慢するしかない。俺だけじゃない、全ての社会人がそうだと言い聞かす。
俺はクソガキと困惑するお姉さんの間に入った。
「すいません、お待たせしました。自動販売機の業者のものです。何か問題ありましたか?」
そう言うと、受付のお姉さんはホッとした顔をした。
だが、クソガキは大声を出して威嚇する。
「おう、アンタが業者さんか……。 俺が1000円札を入れたら吸い込まれちゃったんだよ。なあ、早く返金してくれよ」
「大変申し訳ありません。すぐに機械を調べますので、少々お待ちください」
「おい、早くしろよ。こっちは急いでいるんだよ。時間がないからよ」
「はい、少々お待ちください」
ちくしょう、クソガキが大声で威嚇しやがって、ぶん殴りたくてたまらんわ。俺は自販機の中身を開けて、1000円札が詰まってないか確認した。すると、1000円札を入れた形跡はなく、100%悪質クレーマーの詐欺だと分かった。
俺はクソガキを怒らせないように、丁寧な説明で理解してもらおうと思った。
「お客様、1000円札を入れた形跡がないようなので、お金を返金する事は出来ません。大変申し訳ありませんが、ご理解の程お願い申し上げます」
そう言って、帽子を脱いで、頭を深く下げたのである。
しかし、クソガキは逆切れをする。
「はぁ? 俺が嘘ついているって言うのかよ? 詐欺師だって、言いたのかよ? どうなんだよ、コラッ!」
「いえ、そうは言ってはおりません。ただ、規則により返金は出来ないです。どうか、ご理解の程お願い申し上げます」
仕方ない、こっちは頭を下げる事しか出来ないのだ。周りの客がコチラを見ているのが、精神的に辛くてたまらない。みんな、可哀相な仕事だと思っているんだろうな。まったく、クソくらえだぜ。
そして、クソガキは更に大声を出した。
「あっああああああ、この店は客を犯罪者扱いするのかよぉーー。みなさん、この店はひどいですよ。本社にクレーム入れてくださぁーーい」
そう言いながら、クソガキは周りの客の注目を集めようとした。
すると、辺りがザワザワとして、人が集まってくる。案の定、店の責任者らしき人物が出て来たのである。ソイツは中年太りをした眼鏡を掛けた男であり、Yシャツ姿にエプロンをかけていた。何よりも、尋常じゃないほど汗をかいており、シャツが透けて肌が見えていた。
眼鏡の男が息を切らしながら喋る。
「ハアハア、何かあったんですか? 私はこのフロアの責任者の福田です」
いかにも、オドオドして、気の弱そうな威厳のないような男だった。そして、クソガキにもビビっているのが分かった。はあ、コイツは頼りにならんな。だが、俺はダメ元で、これまでの経緯を福田に説明をした。
すると、福田は小声で耳打ちをしてきた。
「すぐに、1000円を返金してください。他のお客様が帰ってしまうので……。ここは穏便にお願いします」
俺はその意見に反対した。
もちろん、クソガキに聞こえない小声で耳打ちした。
「いえいえ、これは詐欺ですよ。1回払ったら、何度も支払う事になります。良かったら、警察を呼んで白黒をつけましょうよ。こちらは悪くないですし、相手も警察が来たら諦めるでしょう」
「警察? それは勘弁してください。彼が怒って暴れて、他のお客さんが怪我をしたら大変な事になりますよ。ここは穏便にお願いします。警察沙汰の物騒なお店だと噂が広がったら、売上が減ってしまいます」
そう言うが、俺も引き下がるわけにはいかないのだ。ショッピングモール側の言い分も正しいし、俺の会社の方針も正しいのでラチがあかない。
しかし、ここでお金を返すと上司に激怒されてしまうのだ。ヤクザの縄張り代と一緒で、一度払ったら、怖くないと見られて搾取されるだけだ。クソガキの仲間も同じような事をするようになるだろう。ちゃんと対応して、今後このような事が起きないようにするのが、俺の仕事であるのだ。
だが、クソガキは反省するそぶりもなく、ガムを口に入れて、クチャクチャと音を鳴らし始めた。
そして、福田の方を睨む。
「おい、俺は忙しいんだよ。テメーは客を待たせるのかよ? ネットにクレーム内容を書き込むぞ。酷い対応をするショッピングモールだってな」
それを聞いた福田は頭を下げる。
「それは勘弁してください、返金はさせて頂きます。どうか、穏便にお願いします」
「そうか、そうか……。そこまで言うなら許してやってもいいけどな」
「はい、ありがとうございます」
そして、クソガキは俺に人差し指に向けた。
「そっちのテメーはどうだ? さっきから、反抗的な目をしているけどさ。お前は謝る気ないのか? おい、コラッ」
「いえ、お客様に迷惑をかけた事は謝ります。でも、弊社では返金できないです。規則で決まっていますので、大変申し訳ございません」
だって、詐欺だからな……。こっちは払えないなんだよ、クソガキ。大人を舐めやがってよ。ぶん殴りたい、ぶん殴りたい……。
すると、クソガキは福田の方に話を振った。
「おい、アンタは責任者だろ? 本社にこの店が誠意ある対応をしなかったって、電話で報告していいか? そしたら、アンタの立場は悪くなるんじゃねえの?」
「いえ、それは困ります。川島さん、君も謝って……」
そう言って、福田は俺の袖を引っ張った。
だが、俺は再度説得を試みた。
「いや、しかし……ルールが……」
「よし、分かった。私から君の上司に説明するから……。君は悪くないように納める。だから、どうか頼む」
「はい、分かりました。それなら、そうしましょう」
それを聞いたクソガキは勝ちを悟ったのか、ガムでフーセンを作って余裕をかましていた。仕方ない、ショッピングモールに自動販売機を設置させてもらっている立場だ。ここは、福田の指示に従うしかないのだ。