第5章 自販機補充員の闇
1日の流れはトラックで、決まったルートに飲料を補充していき、溜まったゴミを回収していく感じだ。大体の補充する自販機の台数は20台~30台くらいだ。これだけ見ると楽そうである。
ただ、自販機は1Fに設置してあるとは限らない。ラブホテルなどは従業員用のエレベーターがなく、手で運ばなければならない。補充する飲料は何十キロもあったので、俺の体はすぐにムキムキになっていた。
それもそのはず、何十キロもある品物を持って、階段を上り下りしているのだ。体育会系や筋肉トレーニングを好きな奴なら向いている仕事かもしれない。
自販機の補充先の会社員には、体を使って健康的で羨ましいと言われたものだ。でも、実際はクレーム対応に頭を抱える仕事がメインだ。一例だが、こんなクレームに振り回されている。
コーラの炭酸が噴き出して服にかかったので、クリーニング代を寄こせ。
ホットのコーヒーが熱くて、唇がヤケドしたので治療費を寄こせ。
ジュースを飲んだら、下痢で体調が悪くなったので慰謝料を寄こせ。
などなど、普通だったらシカトしたくなるクレームが多い。これが1000円もする飲み物なら分かるけど、100円のジュースにブチ切れる人間も存在するのだ。
しかし、会社方針でお客様は神様という理念があるので、ひたすら頭を下げるかしかないのだ。まあ、日本はこういうクレーマーにも、誠意をもって対応する国民性なのだ。日本人は人が良く、礼儀に厳しくと言ったらカッコいいが、結局はお人好しが多い。
そこが日本人の良い所でもある。だから、俺も一応はこれらのクレーマーは誠意を持って対応している。なぜなら、少し八つ当たりをしたい客なだけで、悪意のあるクレーマーではないのだ。本当は金よりも、怒りの矛先を誰かにぶつけたいだけなのだ。
だから、返金はしなくても大丈夫と言ってくれる客も多いのだ。だが、この先に説明するクレーマーは金目的の詐欺師である。俺はその詐欺師を殴ってしまい、苦労して入社した会社をクビになってしまうのだ。では、その話について語ろうと思う。
俺は自販機オペレーターの仕事について、5年目になろうとしていた。もう、年齢は27歳であり、時が流れるのが早く感じる年代になっていた。
地元で優秀だった奴はスーツに革靴で、大きなオフィスビルで働いている奴もいる。その中には結婚して、子供もいて、家までローンで買った奴もいるらしい。俺とは別世界の話のように聞こえた。そいつとは真逆の人生を送っていたからだ。
俺は汚い作業着に、重たい踏み抜き防止の鉄板入りのスニーカーを履いて、ださい会社のロゴの入ったキャップを被って仕事をしている。
当然ながら、嫁も子供もいなく、7畳の汚いアパートに住んでいた。だけど、つまらなくはなかった。それは自由が満喫出来ていたからである。自分の金は自分に使えて、好きなゲームや漫画、酒や風俗などにつぎ込んで、それなりに楽しかったのだ。
まあ、慣れれば楽ではあるが、焦燥感は常にあった生活であった。それは本当に俺の人生はこれでいいかという焦りである。
そして、この頃は自販機の詐欺が流行をしていた。それはショッピングモールの自販機を狙った犯罪であった。1000円札を入れたが、機械からお金が出て来ないというクレームである。
もちろん、クレーマーは金を入れていない。そう言った場合も想定して、ショッピングモールの受付で、名前と住所を書いてもらい、後日に返金するルールを決めてあるのだ。後日、中身を調べれば、本当にお金を入れたかすぐに分かるのだ。
だが、クレーマーは受付のお姉さんに、すぐにお金を出さないと店で大声を出すと脅したのだ。すると、ショッピングモールの責任者が出て来て、クレーマーに1000円札を渡してしまうのだ。その理由は責任者からすると、他のお客様に不安を与えない為である。
まさに日本人の事慣れ主義を利用した、巧みで狡猾なクレーマーである。そう、被害者が損をして、加害者が得するという仕組みだ。日本はいつだってこうなのだ。
もちろん、名前と住所は教えてもらうが、全てがデタラメな情報である。機械の中を調べても、1000円札を入れた形跡は残ってない。完全なる詐欺である。これは中国人の犯罪グループでおこなっており、関東中心でこのような犯罪が流行った。
この件は問題になり、ショッピングモールの責任者はクレーマーをどうにかしてくれと言ってきた。何でも、大声をあげるクレーマーがいると、他のお客さんが怯えて帰ってしまうかららしい。
早くなんとかしないと、自動販売機の管理を他の業者に変更するとまで言ってきた。そこで、俺の会社ではこのようなクレームがあったら、すぐに自販機オペレーターが駆け付けられる対策が行われた。
俺の配送エリアも、10分以内に現場に行けるように配車ルートを変更した。なぜなら、ショッピングモールの売上は非情に高く、ここから自販機を撤退されたら会社へのダメージが大きいからである。
だから、他の業者に取られないように、必死で取り組んだのである。そうすることによって、拘束時間が増えて行った。もちろん、残業代は出ない。本当に割に合わない仕事である。