第8章 ヤクザに拉致される
俺は荻窪駅近くの古びたパートで寝ていた。
室内は7畳しかなく、しかも木造アパートだから騒音も酷い。隣のオッサンが電話している声が聞こえるくらいだ。テレビの音は聞こえないが、人間の声は壁をすり抜けるみたいだ。
更に、上の階には大学生の男が住んでおり、夜中に友達を呼んで酒盛りしやがる。まあ、住んでいる人間も民度が低いのは間違いない。まさに負け犬の寝所って感じだ。
東京23区なのでこんな条件でも、家賃67000円もするから驚きだ。東京は家賃が高すぎて、上京した人は驚くパターンが多い。何よりも、27歳ってこんなもんか? 学生時代には、タワーマンションは無理でも、2LDKくらいの場所には住めると思っていた。
しかし、現実には万年床の布団、古いノートパソコン、散らかった衣服などが、適当に配置されている。風呂とトイレが別くらいしか良い所はないのだ。あとは本棚には趣味であるゲームや漫画が沢山並んでいる。生活感が出すぎており、ドラマとは程遠い。
ふと、目が覚めると、午前の10時頃だった。窓の外は明るく、普通の社会人なら働いている頃だろう。俺は会社をクビになってから、1週間の月日が過ぎようとしていた。
まず、失業給付金を貰えるまでは、貯金を食い潰していかないといけない。とにかく、できるだけ、お金を使わない生活を心がけようとしていた。東京は刺激的な都市であり、外出すると財布の紐が緩くなってしまうのだ。
だから、家でネットを使って時間を潰すのが一番だ。ネットなら、無料でゲーム、漫画、音楽、映画などが楽しめるからだ。俺の世代から見ても、インターネットは時代を変えた革新的なものである。
ネット娯楽の中でも、俺はオンラインゲームに無我夢中だった。そこでは、全国のパソコンで繋がった仲間と一緒にゲームをするのが目的だ。
この頃はチャットで仲間とやりとりをして、敵を倒すアクションロールプレイングにハマっていた。簡単に言えば、魔王をそれぞれのキャラクターと協力して倒す目的のゲームだ。
俺は小学校の頃はドラゴンクエストにハマっていた。ゲーム内容も好きだったが。それよりも好きな目的があった。それは学校で友達と何処まで進んだかを、話し合うのが楽しかった。だから、社会人になって、1人でゲームをしていても楽しくなかった。
しかし、オンラインゲームなら、みんなでゲームをしている感覚になれるのだ。俺はゲームを通して、人との繋がりが欲しかったのかもしれない。結局は一人が寂しいって事だと思った。同じような考え方が集まったのが、オンラインゲームだと思うのだ。
ただ、オンラインゲームをやっている人は様々だった。学生、主婦、サラリーマン、無職など色々な人がいた。目的は暇つぶしの人、ゲームが好きな人、会話をしたい人、恋人探し、セフレ探し、宗教勧誘など様々だ。
俺も最初は会話を目的としていたが、徐々にセフレ探しに変わっていった。家でAVを見るのも飽きていたし、風俗に行く金もなかったからである。
現実でもそうだが、ネットでも女の子と出会うのは努力が必要だった。2~3日やとりしても、連絡が途絶える事が多い。とにかく、数をこなしていくしかない。
俺は何度も、色々な女に声をかける内に、だんだんと口説き方が分かってきた。まあ、ナンパと一緒で数を打たないと厳しいが、俺には壮大な時間だけはあった。時間こそが最大の武器である。
その結果、結構な確率で成功するようになった。そして、俺は実際に女に会ったりして、一緒に酒を飲んだり、ラブホに連れ込んだりしていた。まあ、貯金は200万近くあったので金には困っていなかった。
とにかく、失業給付金を貰うまでは、遊んで暮らそうと思っていた。その後に適当にバイトをしながら、転職活動でもすればいいと思っていた。正社員は厳しくても、適当なバイトの求人は東京には沢山あった。
嫌になったら、辞めればいいだけの話だ。だから、このような無職の生活は気楽で楽しくてたまらなかった。5年間を真面目に働いた反動もあったのだろう。だが、そんな生活を破綻する事件が起きる。
いつだって、人生はちょっとした判断ミスで狂っていくものだ。それはオンラインゲームで出会った一人の女によるものだった。
その女の名前は涼子さんという29歳の専業主婦だった。スレンダーな体で色っぽい女であった。チャットで会話を続けるうちに、一緒に食事をする関係になり、のちに男女の関係にシフトしていった。
お互いが東京在中という事もあり、デートやセックスを楽しむ回数が増えて行った。年上なので、甘えん坊の俺には最高の女だったのだ。デート費用は初回を除いて、後は涼子さんが全てを負担していてくれた。
なんでも、旦那が不動産業で成功しており、かなりの金が余っているらしい。そして、旦那が仕事で忙しいらしい。だから、会えない事にストレスを感じているらしく、その反動でお金を使ってストレス解消しているみたいだ。
それは高級ホテルでランチしたり、ブランド品を買ったり、出会い系で男と浮気したりと様々らしい。ようするに、金があって暇な主婦なのだ。まあ、俺は女を抱ければどうでもいい話であった。だが、ついに関係が終わる日が来たのだ。
簡単に言えば涼子さんはヤクザの女だった。俺が知ったのは、ヤクザに拉致された後であった。そもそも、ヤクザの女だと分かっていたら、手を出さないのが普通の男だ。
俺はヤクザの女は岩下志麻みたいのを想像していた。だが、涼子さんはその辺にいそうな女だ。普通の人なら、ヤクザの女とは分からないだろう。しかし、ヤクザは知らなかったでは済まない人種なのだ。
ある日、俺は散歩をしていた時に、裏路地で襟首を掴まれて引っ張られた。思わず、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。だが、なんとか踏みとどまった。
俺は引っ張られた方向へ振り向くと、あきらかに堅気でない2人組がいた。ネクタイをしていないスーツ姿の男達だ。かなり、体格もよくて、腕力も凄そうな感じだ。おそらく、裏社会の人間だ。
1人でも喧嘩に勝てそうもないのに、2人もいたらどうにもならない。不良漫画と現実は違うのだ。それにしても、コイツら誰だよ? 初めて見る顔だぜ。
それから、男の一人が手首を掴んできた。おいおい、誰かと勘違いしているんじゃねえの? だって、俺は善良な市民なのだから……。とりあえず、とぼけるしかない。
なので、俺は媚びたような顔つきをした。
「あの、人違いじゃないですか?」
「川島太一だな?」
世の中には同じ名前がいるから人違い……。いや、そんな偶然があるわけない。もしかして、警察とかもしれない? ネットで出会った中に、未成年っぽい子もいたしな。ヤバい、ヤバい、児童買春で逮捕とかかもしれない。
よし、適当に誤魔化すしかない。警察に自白したら、100パーセント罪になるのは知っている。証拠がなければ、大丈夫なはずだ。
俺は首を左右に振って否定する。
「いえ、違いますよ」
こうして、俺は適当にとぼけてみせた。だが、男の2人組は顔を見合わせる。
そして、男の1人が1枚の写真を出した。
「いや、間違いない。写真と同じだ。コイツが川島太一だ」
「ああ、そうだな。じゃあ、事務所に連れていくか?」
事務所? こいつら、警察じゃないぞ。もしかして、ヤクザなのか? くそ、ヤクザの娘にでも手を出したか? それとも、美人局か? まったく、訳が分からない。それよりも、拉致されたら、終わりだろう。ヤバい、さっさと逃げよう。
俺は抵抗しようと、掴まれている手首を振りほどこうとした。だが、ガッチリと固定されており、簡単には振りほどけない。コイツ、なんて腕力してやがる。すると、男が腹にパンチを放ってきた。腹部にズカンと衝撃は走った。
俺は思わず声をあげて、片手で腹部を抑えた。
「ぐっは……」
ヤバい、結構いいパンチしてやがる。つーか、歴代のパンチで一番痛い。
俺はすさかず、腕力で勝てそうもないので、言葉で反撃に出た。
「こっ、これって、傷害罪ですよ。警察呼びますよ?」
「………」
だが、男達はビビる事もなく、無言を貫いてきた。嘘だろ? 警察ってワードにビビらないのかよ?
そして、俺はそのまま2人にズルズルと引きずられた。すると、目の前にはワゴン車のエルグランドが停車していた。俺はエルグランドの後部座席に連れ込まれた。両脇には先ほどの2人組がいて、ドアから逃げられない状態であった。
他にも前を見ると、運転席に1人、助手席に1人の男が座っている。全員で4人の男に囲まれており、逃げるのは不可能に近い。そもそも、俺は拉致されるような人生とは無縁であるはずだ。おそらく、人違いだと思うのだが……。
すると、隣の男が助手席に向かって声をかけた。
「片桐さん、コイツが川島太一です」
すると、助手席に座っていた男が振り向いた。それは片桐と呼ばれる男であった。




