錠本時雨①
「あ、信二さん。こっちみたいですよ」
HNプロダクションに正式に所属した数日後、クロナと信二はとある喫茶店に向かっていた。
本日はクロナがオフの日だったので、前々から行きたいと言っていた喫茶店に連れていくことにしたのだ。
ちなみに、彩希は本日もレッスンを行っている。信二や明佳から基礎を教わっていたクロナと違い、彩希は歌もダンスもほとんど基礎が出来ていない。そのため、クロナよりも多くレッスンを受けているのだ。
「おお、人気店とあってやはり混んでいますね」
「ああ。朝早くからきて正解だったな。それでも三十分は待ちそうだけど」
この喫茶店は、人気アイドルの紺野幸香がおすすめとして紹介した喫茶店だ。そのため、彼女のファンが多く駆けつけていた。クロナもその一人だ。
クロナは紹介記事を見ながらうずうずしている。クロナに関しては分からないことが多いが、こういった姿を見ると普通の少女であるというのがわかる。
「私、先に行って並んでますね!」
「あ、走ると危ないぞ!」
信二がそう注意した瞬間、クロナは同じタイミングで並ぼうとした女性とぶつかってしまった。
「いたっ! あ、ごめんなさい」
「……いえ、私は大丈夫ですよ」
クロナとぶつかった女性は優しく返答した。
「おい、大丈夫か……って」
「……」
クロナと信二は、その女性の姿に釘づけになっていた。
その姿は、まるで一枚の絵のようだった。
真っ白な素肌と髪の毛。日差しをよけるためか、日傘をさしている。もうすぐ夏だというのに、薄い長袖の服を着ていて、下はうっすらと透けているロングスカートだった。
髪も腰に届くほど長く、彼女の何気ない立ち振る舞いが育ちの良さを語っていた。本当に日本人なのか、と疑うほどの容姿だった。
「あ、あの……?」
女性はぼーっとしている二人に声をかけた。
「あ、す、すみません。見惚れていました」
「……クロナ、お前はさらりとすごいことを言うな」
しかし、それは信二も同じだった。
「ふふ、ありがとうございます。私って、こんな見た目だからか、よく人の目を惹くんですよね。皆物珍しいものを見るような目で見てきます。でも、その気持ちもよくわかりますけどね」
女性はおっとりとした口調で語る。
「そりゃあ、目を惹きますよ。髪も肌も綺麗な白で、背も高くてスタイルもいい。すれ違ったら誰でも振り向きますよ」
「なんか信二さん、口説いているみたいです……」
流暢に喋る信二を、呆れた目で見るクロナ。
「ふふ、ありがとうございます。でも、お話はこれくらいにして、そろそろ並びません? よかったら、ご一緒したいと思うのですが……」
「……どうする、クロナ」
「私は大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、クロナさん、信二さん。あ、私の自己紹介がまだでしたね。私は錠本時雨と言います」
時雨はぺこりとお辞儀をした。
「では、店に入るまで並びながらおしゃべりしましょうか」
「時雨さんは、何でこのお店に?」
喫茶店に入った三人は、並んでいたときと同様に他愛もない話を続けていた。
「紺野幸香さんの紹介記事を見てきたんです」
「あ、じゃあ私たちと一緒なんですね」
「あら、そうなんですか。奇遇ですね」
時雨はニコニコと笑った。
「はー。それにしてもすごい綺麗ですね、時雨さん。私はアイドルなのにこんなにちんちくりんで」
「え? クロナさんはアイドルなんですか?」
アイドルと聞いた途端、時雨は身を乗り出してクロナに尋ねた。
「といっても、まだデビューもしていませんけどね。今はデビューに向けてレッスン中です」
「そして俺が彼女が所属するユニットの曲を作っているんです。今はデビュー曲制作中ですね。クロナはアイドルの才能があるから、楽曲で足を引っ張るわけにはいかないんでプレッシャーを感じてますよ」
「……そうなんですか」
時雨は少し考えた後、
「……あの、この後のことなんですが、もしよかったら私の家に来てほしいんです」
「え、時雨さんの家に?」
「ええ。お話ししたいことがあって……」
何やら神妙な面持ちで話す時雨。
「どうする、クロナ」
「私は全然いいですよ」
「ありがとうございます!」
時雨はまたもやニコニコとした表情を浮かべた。信二は家に来てくれという発言を少し怪しんだが、その笑顔を見た瞬間にその疑惑を頭の中から消してしまった。