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新屋彩希②

 事務所に所属することになったクロナと事務所で働くことになった信二の二人は、必要書類等を記入し、正式に契約を結んだ。

 クロナもついに目標のアイドルデビューとなったが、いきなり初対面の同年代の少女とユニットを組まされるということに少し戸惑っている。


「じゃあ早速私たちの曲を作ってくださいよ、信二さん」

「おいおい、いきなりは無理だっての」


 信二にも人懐っこく接する彩希は、クロナにはとても眩しく見えた。


「ところで、彩希さんはどうやってこの事務所に所属したんだ?」

「呼び捨てでいいよ。……えっと私はね、地元の福岡で路上ダンスをやっていたところを社長にスカウトされたんだ」


 彩希は頭をうならせながら語った。


「へえ、今時路上でスカウトなんて珍しいな。彩希本人や両親は怪しいとは思わなかったのか?」

「怪しいとは特に思わなかったかな。それに、私には親はいないから、自分で自分の人生を好きに決められるんだ」

「親がいない? ……もしかして彩希は」


 信二はまずいことを聞いてしまったのでは、と後悔し始める。


「うーんとね、どう話そっかな」


 彩希は必死に言葉を探している。


「私ね、物心ついたときに家族に捨てられたらしくてね、それからずっと一人で生活してきたんだ。もう今の生活を初めてから十年くらい経ったから、いろいろな経験をしてきたよ」

「十年ってことは、三歳の頃からずっと一人で生きてきたのか!?」


 彩希の告白に、信二とクロナは言葉を失った。


「うん。始めはほんとに辛かったな。道端に生えている草を食べたり、公園の水を飲んだりして過ごしたからね。特に冬は寒くて凍え死にそうだったよ。でも、そうやって生きていくうちに様々な知識が身に着いたんだ。火の起こしかたとか、川魚の捕え方とか、手に入れた材料の調理法とか、後は体を綺麗に洗うための石鹸の作り方なんかも」

「……聞いているだけですごい体験をしてきたということがわかるな」

「……本当に。私はそんな生活とてもできそうにないです」


 信二もクロナも、どんな言葉をかければいいのかわからないようだ。


「でも、ゴミ捨て場に落ちている本とか読んだり、様々な経験をしたりして、いろんな知識を身に着けることが出来てからは結構たのしかったな。山や川、海に行けばいろんな人たちと知り合えるし、そこで何かしらの縁が生まれたりもした」


 彩希は昔を思い返しながらしみじみと語る。


「だから、辛いこともあったけど、でも私は今までの人生が嫌だったってわけではないんだ」

「それで、彩希ちゃんはどうしてアイドルに?」

「……切っ掛けはテレビで見たアイドルだった」


 彩希は携帯電話を取り出し、待ち受け画面をクロナたちに見せた。


「このアイドルのライブ映像を見て、私はアイドルに興味を持ったんだ」

「これは、木場綾女(きばあやめ)だな。確か20年くらい前に日本で最も人気だったアイドルだ。俺も子供の頃に見たけど、彼女の実力はすごかったよ」

「木場綾女……」

「でも、彼女は昔のアイドルって感じだぞ。若い子がアイドルを目指す切っ掛けにはなりそうにもないけど」

「そう言われても、私は実際に心を動かされたんだし。……何というか、私とは何もかも違うんだな、って思った」


 彩希は自分の胸の内を吐露するように続ける。


「私は、他の人から見れば同情されるような生活を送ってきた。でも、この人は華やかな道を歩めているんだなって。私も、そういうのに憧れていたから、社長からスカウトされたときに『これはチャンスだな』って思ったんだ」

「……」

「私は別に歌もダンスも上手いわけじゃない。ただ単に他の人より運動神経が優れているだけ。基礎なんて全くできていないから、業界の人が見たら鼻で笑うと思うよ。でも、ここから鍛えていけばいいんだから、何も落ち込むことはないと思う。私は自分の実力と才能を信じるよ」


 この話を聞いた信二は、彩希に対する印象を改めた。

 始めは明るく人懐っこい、誰からも愛されているような少女だと思っていた。しかしそれは半分間違っていた。彼女はもとから明るい性格というわけではなく、生きていくためにそれを身に着けたのだ。彼女の本性は、物事を自分でしっかりと考え、それを実行するためにはどんな努力もこなし、どんなチャンスでも掴む、実にストイックなものだった。


「というわけで、これからよろしくね、二人とも。木場綾女みたいに、誰からも愛されるようなアイドルを目指そうよ」

「……うん。こちらこそよろしくね、彩希ちゃん」


 クロナと彩希は再び握手を交わした。先程とは違い、クロナはしっかりとした意思で握った。

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