オーディション当日 最終審査
最終審査の会場は、今までと何ら変わりはなかった。
但し、審査員の数が違う。今までは五人ほどだったが、最終審査は倍の十人だった。年配の人間が多いことから、多分事務所関係者や業界関係者の人間だろう。
ステージ裏に着いたクロナは、近くにいたスタッフに最終審査の一連の流れを聞かされた。
「最終審査は、自作曲の披露となります。歌だけではなく、ダンスも組み合わせてください。審査対象は歌、ダンスのクオリティはもちろん、将来性、アイドルとしての素質なども考慮されます。それでは最終審査の流れですが……」
クロナはしっかりと説明を聞いた。ここで最後だ。一字一句の聞き漏らしもしてはならない。
「以上で説明を終わります。それでは最終審査、頑張ってください」
説明が終わった後、ステージ前から審査員の声が聞こえた。
「それではAグループ代表の方、前へお願いします」
呼ばれたクロナはゆっくりと歩き出し、ステージの前へと登場した。審査員全員の視線がクロナに集まる。
「Aグループ代表、54番のクロナと申します。よろしくお願いします!」
ここでもクロナは元気よく挨拶をした。第一印象をよくするためだ。最も、審査員たちはそんな小さなことなど意にも介さないだろう。
「続きまして、Bグループ代表の方、前へお願いします」
そう呼ばれた後、Bグループ代表がステージに現れた。
身長はクロナより高く165cm前後はある。日に焼けた肌をしており、髪の毛は長く、黒を主としながら毛先はベージュ色のグラデーションとなっていた。
何より彼女を目立たせていたのは、B-Girlのような、パンクのような、いずれにしても日本ではほとんど見かけない奇抜な服装だ。
「Bグループ代表、113番の森重京香です。よろしくお願いします」
こちらはクロナと違って、気だるそうに挨拶をした。無礼一歩手前だ。
「では、まずはクロナさん、曲の披露をお願いします」
「はい」
呼ばれたクロナが前に出て、森重京香はステージ裏へ引っ込んだ。
音楽が流れだし、パフォーマンスに入るクロナ。一次審査、二次審査同様、特に緊張するわけでもなく、ミスもなく歌い、踊る。真剣な顔つきで、最後まで集中を切らすことなくパフォーマンスを終えた。
「……へえ」
ステージ裏からクロナのパフォーマンスを見ていた森重京香が感嘆の息をもらした。
パフォーマンスを終えたクロナは、審査員に向かって礼をした後、ゆっくりとステージ裏に戻っていった。
戻る途中、次にパフォーマンスをする森重京香とすれ違った。
「中々よかったよ」
森重京香はクロナの肩をぽんと叩いた。
「あ、ありがとうございます」
ぺこりと一礼するクロナ。
「私のパフォーマンスも見ててね」
そういってウィンクをし、森重京香はステージに向かっていった。
「森重京香ちゃんかー。一体どんなパフォーマンスを披露するんだろう」
クロナは興味深々の眼差しを彼女に向けていた。
クロナに対して優しげな表情を見せていた彼女だが、ステージに上がると一変し、真剣な顔つきでパフォーマンスを始めた。
その姿に、クロナは度肝を抜かれた。
歌はクロナと大した差はないが、ダンスのスキルは桁違いだ。森重京香のダンスは、全てにおいてクロナの遥か上をいっていた。いや、クロナどころか、同年代の少女とは比べ物にならないだろう。紺野幸香すらも上回るかもしれない。
「す、すごい……」
あまりのレベルに、言葉がでてこない。自分と年は変わらないのに、何故こんなにもレベルが違うのか。
努力、環境、経験。思いつくものはいくらでもある。しかし、自分がそれに恵まれていなかったかといえばそうではない。となると、思いつくものはただ一つ。
「才能の差、なのかな」
その言葉は、無意識にクロナの口からこぼれた。
どういった意図でその言葉を言ったのか、誰も知ることは出来ない。当のクロナにさえ、わからないのだ。
「……」
クロナはすでに、意気消沈していた。
その理由は、彼女のダンススキルが圧倒的だから、ではない。彼女のステージ上での表情を見たからだ。
森重京香は、とても楽しそうに歌い、踊っている。クロナは真剣な顔つきで歌いながら踊っていたのに対し、森重京香は笑顔でリズムに乗って踊っている。音を楽しんでいることがパフォーマンスから伝わってくるのだ。彼女のパフォーマンスを見ているだけで、観客も楽しくなってくる。
クロナのように真剣な表情で踊れば、当然真摯な態度は伝わってくる。しかし、彼女たちが目指しているのはアイドルだ。アイドルは人を楽しませる存在である。人を楽しませるパフォーマンスを見せなければならないのだ。
もちろん、楽しませるだけではなく、歌やダンスで感動させることも必要だ。しかし、今はアマチュアが集うオーディションだ。素人の彼女たちに、そこまで要求することはない。
彼女たちに求めているのは、いかに人を楽しませることができるか、である。それを今回、クロナは審査員に見せることが出来なかった。ただ歌とダンスをミスなく終わらせることに集中してしまったのだ。
結局のところ、クロナは自分しか見ていなかった。パフォーマンスを見る観客のことを考えていなかった。それを知ることが出来たのは、既に自分のパフォーマンスを終えた後だった。
森重京香のパフォーマンスが終わった。彼女のパフォーマンスが終わった瞬間に、会場から拍手があふれる。その反応を見れば、結果を見るまでもなくどちらが合格なのかがわかるほどだった。