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第6話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 期末テストが始まりました。

 千歳はもう1週間以上も前に戻ってきています。

 でも未だに、どこへ、何をしに行ったのかを教えてくれません。


 神愛ちゃんの証言から外国へ行っていたことは分かっています。本人も否定しません。でも「そのことはちょっと待って」の一点張り。お土産から察するに行った先はイギリスだと思います。可愛らしいクマのキーホルダー、緑色の包み紙は英国の有名なデパートのものだったから。けれど肝心の用件については口を閉ざして、だんまりを決め込んだまま。そのくせ突然に「期末は頑張りましょう」とか言い出して、毎晩遅くまで寮で勉強会を実施したりして。

 千歳の教え方はとっても分かりやすくて適切で、過去の自分比200%アップで勉強がはかどりました。お陰で今日の数学も地理も、自分でもびっくりするくらいに出来た気がします。


「予想が当たったわね」


 嬉しそうな千歳。


「バッチリだったわよ。アタイもいい点取れそうわよ」

 千歳は真面目な顔をして「マナ、期末は一番を取るのよ! 女子で上位を独占だわ!」な~んて言ってましたが、あたしが一番を取れるかどうかはともかく、相当上位に食い込むことは可能かも知れません。元々成績はそれなりです。でも、千歳には遠く及びませんし、西園寺くんよりもいつも下です。それを今回は「打倒西園寺」とか言い始めて、休憩時間も教科書や単語帳と睨めっこして過ごしましたから。


 どうしてそこまで頑張るの? と聞いても「だって試験はいい点取らなきゃでしょ?」と話をはぐらかせる千歳。しかし「試験だから頑張る」というのは誠もって正論なのでサリサリも一緒に頑張りました。こんなに根詰めて勉強したのは初めてかも。


「さあ、明日は英文法と現国それに化学ね。この調子で頑張りましょうね」


 女子3人、並んで帰りながら。


 千歳は既にサリサリが9月で帰ることを知っています。

 サリサリの話を聞いた千歳はちょっと驚いた風でしたが、でも「仕方がないね」とあっさり納得しました。千歳に転校を勧めたあたしが「こんなこと思っちゃいけない」とは分かってますけど、でも、やっぱり自分ひとりは寂しい。どうして千歳が期末試験の鬼になってるのか理由は分かりませんが、あたしが勉強に没頭できたのは寂しさを紛らわせるためだったのかも知れません。


「千歳もマナマナも勉強頑張りすぎわよ」


 帰国が決まっているサリサリは、今ひとつ乗り切れない感じです。多分今夜も最初に脱落するでしょう。


「だいたいそんなにガリ勉してどうするのわよ?」


 サリサリの言うことも一理あります。千歳はどうだか知りませんが、あたしは超難関大学に行って大学教授やお医者さんになりたいとか、一流企業で出世して大金持ちになりたいとか、そんな野望があるわけじゃありません。普通に進学し、普通に恋をして、普通の人生を送りたいだけです。勿論、そんな「普通」の人生だってハードルが高いことも知っています。何事も思い通りにはいかない、それはあたしの短い人生ですら何度も経験していますから――


 その日も夕食を終えると娯楽室に集まって勉強会を始めました。

 女3人寄ったらかしましい、と言いますが、千歳の「お勉強するわよ」オーラは凄まじく、少しでもペンが止まろうものなら、間髪入れずに千歳の熱血指導が入ります。お陰で無駄なお喋りは一切なくって、女三人寄ってるのにとっても静かです。ま、ホントは「女3人」じゃないんですけどね。


「千歳はホント真面目わよ」


 脳細胞が疲れてきたわよ、とサリサリは鉛筆を置きます。


「どうしてそんなに勉強するわよ?」


 その疑問はあたしの疑問でもあります。

 だから思わず「うんうん」と同意しました。


「高校生の本分は勉強だからよ」


 辞書を引く手を止めないままで千歳は答えます。


 それは今までと同じ答え。正論ですけど、納得はできません。何が納得いかないのか? それは目的が不明だからです。そもそも千歳はいつも学年トップ。それでも今まであたしたちまで巻き込んで、こんなに必死に勉強する姿は見たことありません。そもそも千歳は期末を終えると転校することが決まっているのです。このテストの結果が悪くても、何も問題はないはずです。サリサリだって同じです。彼女も夏には帰国です。それなのに何故にここまで必死になるのでしょう? あたしのため? あたしだって成績はそれなりのつもりです。留年の危機もありません。勿論、千歳や西園寺くんには負けますけど、でもまあそこそこいいと思うんです――


 3時間くらい頑張ったでしょうか、サリサリは「アタイは寝るわよ」と席を立ちました。「学ぶわよ、遊ぶわよ、そしてよく眠るわよ」これが彼女のポリシーだそう。1日8時間は抱き枕を抱かないと、魂が真っ黒になって死んじゃうのだそうです。ちなみに抱き枕は大きな白クマさんで、決して萌えアニメの美少年キャラではないので念のため。


「さあ、もう少し頑張りましょうか?」


 サリサリの足音が聞こえなくなると千歳が気合いを入れ直します。


「ねえ千歳、どうしてそんなに頑張るの?」


 三時間前と同じ質問をしてみました。

 返ってくるのは三時間前と同じ答え。


「だけど、どうして今回だけ?」

「学年末だから」

「嘘よ。千歳は何か隠してる!」

「……どうしてそう思うの?」

「だって千歳は、あたしたちに教えてばかりじゃない」

「マナには一番になって貰わなきゃ」

「えっ?」

「マナなら出来ると思うんだ」


 どういうこと?

 うっかり男言葉に戻ったときの千歳の言葉は、本音がポロリと漏れています。

 と言うことは、あたしのため?

 でも何故?


「何故って? それは……」


 続く言葉を思案する千歳を見て確信します。

 隠してます。

 絶対何かを隠してます。

 サリサリがいない今がチャンスです。あたしはズバリ核心を突くことにしました。


「ねえ千歳、何を隠してるの? 神愛ちゃんが教えてくれたわよ、千歳が外国に行ったこと。留学するの? ねえ、そうなんでしょ? あたし調べたのよ。岳高って留学制度があるわよね。何か関係あるんじゃないの? ねえ、千歳、何とか言ってよ?」

「ごめん」


 それっきり黙る千歳に、あたしの中で何かが壊れました。どうして隠すの? あたしが信用できないの? あたしは千歳のことなら何から何まで信頼してるのに。だから今日だってこんな夜遅くまで頑張っているのに。それなのに、千歳はあたしを信用しないの?


「あたしは千歳のおもちゃじゃないのよ!」


 思わず教科書とペンケースを掴んで立ち上がると、部屋を飛び出してしまいました。



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