第5話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
土曜日になりました。
入試結果も発表になり、今日は入学手続きの日。
だから休校なのですが、あたしはサリサリと学校へと出向きました。
案の定、そこには会いたかった女の子の姿が。
「神愛ちゃん、おめでとう!」
一瞬驚いた彼女はすぐに笑顔を見せて駆け寄ってきました。
「ありがとうございますっ。眞名美先輩、サリー先輩!」
実は彼女、千歳がいなくなった翌日から寮を離れて実家から中学に通っていました。元々千歳のフォロー役だから、千歳がいないと寮にいる意味もないんです。それにしてもあからさまな行動です。あたしは事情を知ってますけどサリサリは知らない訳ですし――
「さすがは神愛ちゃんね~、試験、楽勝だったんでしょ?」
「そんなことないですよ。特に数学」
「神愛ちゃんは数学苦手なのわよ?」
「いえ、そうじゃないですけど、問題が激ムズで」
剛勇の入試は例年数学が極端に難しく、平均点が低いため得意な人は他の人に大きな差を付けることが出来ると言われています。話を聞くと彼女は8割は取れていると言うじゃないですか。充分です。平均点は40点と言われる試験なのですから。あたしは半分ちょっとでしたし――
神愛ちゃんの手続きが済むまで、ふたりは校庭で待つことにしました。
校門をくぐるのは桜咲いた新入生たち。多くはご父兄と一緒です。緊張した顔、晴れ晴れとした顔、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回す人、本当に三者三様、十人十色、百人百態、千差万別。見た感じではやっぱり男子が多いのですが、女の子も結構いて、比率で言うと2対1という感じでしょうか? きっと女子は100人を軽く超えていると思います。千歳の、そしてサリサリの頑張りが実を結んだのです。あたしも少しは貢献できたかも、ですけど。
「このあとどこにいくのわよ?」
合格祝いと称して神愛ちゃんを誘いました。行き先は神愛ちゃん次第なんですけど、アクセとかのお祝いを一緒に買いに行くとか、神愛ちゃんの好きなカラオケに行くとか、あるいは甘いものを食べに行くとか、まだ決めていません。勿論、神愛ちゃんを連れ出して千歳のことを聞きたいという狙いもあるのですが、それはまあ二番目の目的で、決してサリサリとふたりで神愛ちゃんを挟み込んで根ほり葉ほり、知ってることを洗いざらいに喋って貰おうとか吐いて貰おうとか、口を割って貰おうとか、そんな拷問みたいなことはミジンコも考えていません。ええ、あくまで神愛ちゃんの合格祝いですから。ちょっとだけ口を割って貰うだけで、先輩として命令したりコチョコチョ脇をくすぐったり、首筋に吐息をかけたり、そんな姑息な強硬手段に出るつもりは「これっぽっち」くらいしかありません――
「先輩じゃないですか~っ!」
嬉しそうに手を振ってやってくるショートヘアの子。彼女は中学の時の部活の後輩。ああ剛勇に来てくれるんだ、そう思うと嬉しくなって大きく手を振り返しました。
「説明会で遊里先輩が頑張ってるの見ました。だから絶対ここにって思ったんです」
「おめでとう。よかったわね」
「おめでとうわよ」
「あ、はじめまして。わたし望月尚子って言います」
丁寧にサリサリに挨拶をする尚子ちゃん。彼女は真面目な性格の子でした。冬なのに焼けた小麦色の肌が、彼女が3年夏の最後までテニスを頑張っていたことを物語ってます。
「そう言えば先輩はもうやってないんですってね」
「ええ」
「仕方ない、ですよね」
「仕方ない? 何が、わよ?」
サリサリには悪いですが、あたしは話を進めます。
「ああその、ごめんね。でも、この春からはちゃんと女子テニス部も出来ると思うわ」
「先輩、無理しないでくださいね。あっ、そうだ!」
彼女に頼まれて、サリサリも一緒にアドレスの交換をしました。
「また連絡しますね~っ!」
友達を待たせているらしく、名残惜しそうに去って行く彼女を見送るや、また声を掛けられました。
「お待たせしました~っ!」
聞き慣れた声、神愛ちゃんが笑顔で駆け寄ってきます。
「わたしのために、ありがとうございますっ!」
律儀な神愛ちゃん。あたしとサリサリにペコリペコリと頭を下げるとバッグを後ろ手に持って「よろしくお願いしますね、先輩!」とはにかみます。
「で、どこに行くか決めた?」
「お腹も空いてるし、ケーキが食べたいです」
駅の裏手にあるケーキ屋さんは喫茶も出来てお値段もリーズナブル。3人はそこへ向かうことに決めました。道沿いに白や桃の梅の花を仰ぎ見ながら3人並んで歩きます。
「お姉ちゃんが心配をおかけしてごめんなさい。実は、ですね――」
道すがら、神愛ちゃんはあたしが聞きたいことを自ら語り始めてくれました。
曰く、千歳は外国に行っているらしいのです。予想の遙か上空をいく事実に「何故? どうして?」を聞こうとするあたしに神愛ちゃんは先回りします。
「理由はまだ、言えないんですけどね」
じゃあ、いつ帰ってくるのわよ? とサリサリが聞けば、今日辺り帰りの飛行機の中じゃないのかな、と彼女は言います。だからもうすぐ寮に来るんじゃないかと。
岳高の件も聞きたかったんですけど、サリサリが一緒だと聞くわけにいきません。あたしはてっきり岳高への転入試験で休んでいると思っていたのですが、外国へ行っていたなんて、一体何がどうなっているのやら――
「お姉ちゃんのやってること、実はわたしも知らないこと多いんです。一緒に根ほり葉ほり責め立ててやりましょう!」
神愛ちゃんも知らないことがあるんだ。でも学園長先生は全部知ってるでしょう。だからといって学園長先生の脇をコチョコチョしたり首筋に息を吐きかけたりする訳にもいきません。口だってあちらが一枚も二枚も上手。色々聞き出すのは無理でしょう。さあ、どうしたものでしょう――
横断歩道を渡ると駅が見えてきます。
その駅を抜けると目的のケーキ屋さんはすぐです。
「神愛ちゃんは何を食べたい?」
「わたしは苺のショートかな。あのお店のはおっきいでしょ?」
「そうね。あたしはベリーのチーズケーキにするわ。売り切れてなかったらいいけど」
「アタイはアップルパイとマンゴパイとチョコレートパイとピーチパイの食べ放題わよ!」
「食べ放題なんてないわ」
「なければシステムを作るのわよ!」
いつものように陽気なサリサリ、お店が見えてくると駆け出さんばかりの勢いです。
時間帯が良かったのか、人気のお店ですけどすんなりと席に案内されました。
神愛ちゃんは苺のショートを、サリサリはアップルパイとベリーのパイをふたつ並べてご満悦。あたしはお目当てのチーズケーキが売り切れていたので、モンブランに舌鼓を打ちました。
「実はアタイ、9月で帰国することになったのわよ」
目の前の美味しそうなパイに視線を落としたままでサリサリ。
「決まったの?」
「うん、昨日の夜、お母さんと電話したのわよ――」
「え、何のこと?」
事情を知らない神愛ちゃん、あたしはサリサリから聞いていた事情を説明します。勿論結論は今知った訳ですが、その可能性は聞かされていたのであまり驚きはありません。でも神愛ちゃんには急な話でさぞやびっくりするだろうな、と思っていたのですが、意外にも驚いたのは一瞬だけ。すぐに何かを考えるような顔をして一言。
「眞名美先輩、一緒に頑張りましょうね。あたし、何でもしますから」