第4話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夜、ベッドの上で真っ白な天上を見上げながら、これからのことを考えました。
4月から千歳がいなくなって、夏休みにはサリサリもいなくなる。
その代わり、4月からは神愛ちゃんやたくさんの後輩が来て、きっとここも華やかになることでしょう。だけどそれは一学年の話。二年生の女子は9月を過ぎるとあたしだけ。でもこれもあたしが選んだこと。
「はあ~っ」
大きく溜息をついて窓の外に目を移すと、そこは漆黒。
曇っているのでしょう、月明かりどころか星の光も見えません。
千歳はまだ帰ってきません。何があったのでしょうか? 岳高への転入試験とか手続きだったらこの時間にはとっくに帰ってきてるでしょうに――
あのあと、サリサリの「悪いニュース」を聞いたあたしは、まともな会話もせずに寮に戻りました。彼女はあたしを気遣ってくれて、何度も「ごめんわよ」と謝ってくれました。勿論それは彼女の所為ではなく、彼女は何も悪くありません。だから努めて笑顔で「大丈夫よ」と繰り返したのですが、本音はさすがにショックです。
しかもあたしは「いいニュース」の方を聞きそびれていました。そのことに気がついたのはついさっき。一度思い出すと、どうしようもなく気になるもので、もう夜も10時だというのに部屋を出ました。そうしてサリサリの部屋をノックしようとしましたが、すんでの所で思い留まり1階へと降りました。常夜灯だけの薄暗い廊下の先に光がみえます。娯楽室の灯りです。もしかして――
「あ、マナマナ!」
いつもならこの時間、自室にこもっているサリーが珍しく、娯楽室でスマホをいじっていました。
「いいところに来たのわよっ!」
スマホをいじる手を止めてあたしに向いた彼女は、隣の席をどうぞとばかりに大きな身振りで勧めてくれます。
「忘れていたのわよ、いいニュースの方わよ」
「あたしも」
うふふふっと、どちらからともなく笑い合うこと30秒。
「聞きたい、わよ?」
「もちろん! 聞かないと眠れないわ」
「そんなに聞きたいのわよ?」
はははははっ、とまた笑い合うこと30秒。
昨日からあまり笑ってなかったから、一気に押し寄せてきちゃったみたい。それはサリサリも同じみたいで。
「あたしも言わないと眠れなかったのわよ。実は、わよ――」
曰く。
彼女の母校と剛勇が姉妹校になるらしいのです。それは即ち新たな留学生が来る可能性を示唆しているのだとか。サリーの母校はシートン校と言う英国のパブリックスクールで、本人は謙遜しますが素晴らしい名門校です。
「だからわよ、もしかしたらわよ、アタイがいなくなっても他の人が来るかもわよ」
なるほど、確かに「いいニュース」です。いいニュースではあります。
しかし。
しかしなのです。
サリサリが去って、代わりに他の留学生が来たとしても、あたしは全然嬉しくありません。あたしはサリサリがいいんです。誰でもいいって訳じゃないんです。サリサリだからいいんです。だけど彼女は、今の話にあたしが喜ぶと思っています。だから「いいニュース」なんて言うのです。
「教えてくれてありがとう」
「でも、この話は秘密わよ。正式発表は4月になってかららしいわよ」
「分かってるわ」
「あ、千歳には言っていいわよ。千歳も喜ぶわよ」
そうね、と笑顔を作ってみましたが、どうにも頬が引き攣っているみたい。
千歳がこのことを知ったら何と思うでしょう?
自分だけが剛勇を去ることに後ろめたさを感じている千歳。
新しく留学生が来ることは喜んでくれるに違いありません。
でも同時に自分の無力さを責める気がするのです。
男子生徒には気丈に振る舞っていても、実はとても繊細。千歳はそう言う人なのです。
「それにしても千歳は遅いねわよ?」
「そうね、ちょっと心配だわ」
スマホに連絡もありません。本当に何が起きているのでしょうか?
「千歳にメッセージ送ってるけど見てくれないのわよ。どうなってるのわよ?」
「さあ、あたしにも分からないの」
「神愛ちゃんなら知ってるかもわよ? 聞いてみようわよ」
止める間もなくスマホをたぷたぷするサリサリ。確かに神愛ちゃんなら知ってるかもだけど、あたしの予想が当たってれば答えられない質問のはず――
などと考える間もなくサリサリのスマホが音を立てました。
「神愛ちゃんは返信早いわよ。えっと、今夜は実家、だってわよ」
スマホから顔を上げたサリサリは、明日は来るのかしらわよ? と心配します。実家がそう遠くないことは知っているので、直接登校してくるのでは、と期待しているみたい。
「実家は近いし、きっと明日には来ると思うわ」
それはあたしの願望でもありました。




