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第3話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 放課後の生徒会女子部にはサリサリとあたしのふたりだけ。

 普通の教室半分もないこの部屋は長テーブルに椅子、白板と整理棚しかない殺風景な場所だったのですが、今ではみんなで持ち寄ったマグカップやインスタントコーヒー、ティーバッグに砂糖、クリーム、クッキー缶、それに電気ポットもあって、立派な憩いのサロンと化しています。


 あたしは水飲み場で電気ポットに給水すると、部屋に戻り湯を湧かします。


「千歳は何の用事なのわよ?」


 彼女は授業が終わるやいなや急いで帰りました。用事があるから、とだけ言い置いて。あたしも行き先は知りません。多分ですけど、4月から通う高校に出向いたんだと思います。だけど一応、サリサリにも聞いてみます。


「サリサリも知らないの?」

「聞いてないわよ。千歳ったらミミズくさいわよ」

「それを言うなら「水くさい」だわ」

「水なら塩素くさいわよ?」


 塩素くさいって、カルキくさいってことでしょうか?

 ともあれ、サリサリも知らないと言うことは、あたしの推論は当たってるのだと思います。昨日の夜から何だか気まずいままだったので、あたしも聞きにくかったし、千歳も話しづらかったかも知れません。


「今日は伝えたいことがあるのにわよ」

「伝えたいこと?」

「そうわよ」


 不機嫌そうにくちびるを尖らせたサリサリは、すぐに少し笑顔になって。


「いいニュースと悪いニュースがあるのわよ。どっちから聞きたいわよ?」


 なんでしょう、この定番展開。

 あたしは少し考えます。

 いい話と悪い話、どっちから聞くべきか?

 先にいい話を聞くと、後に悪い話が残ってしまいます。逆の方が最終的に楽しい気分で終われます。そう考えると悪い話から聞いた方がいい訳で――


「じゃあ、悪いニュースから」

「ホントに悪い方からでいいのわよ?」

「ええ」

「分かったわよ。実は、わよ――」


 サリサリはひとつ深呼吸をして。


「アタイ、夏に帰るかもしれないのわよ」

「帰る、って、イギリス?」

「そうなのわよ」


 って、それ、どういうこと!

 思わず叫んでしまったあたしに向かってとつとつと語り出した彼女の言葉から「わよ」を取り除いて説明すると――


 サリーは元々1年を目処に留学してきたのだそう。本人の希望は3年間らしいのですが、受け入れ費用は剛勇側が持っていて、延長は経過を見てから、となっていたらしいのです。正月に帰省したときには延長は確定的で3年間通えると言う話だったそうなのに、先日急転直下「9月に帰国」という話が降って湧いたのだと言います。


 彼女は話しながら、最後は声を詰まらせて、ただ「わよ、わよ」を繰り返すだけになってしまいました。勿論聞いていたあたしも気持ちがどんどん沈んでいくのが分かりました。サリサリが可哀想と言うのもあります。でも、エゴかも知れませんがあたし自身の中にやりきれない気持ちがどんどん膨らんでいくのです。千歳が去ってもサリサリとふたりで頑張っていこう、そう思っていたところにこの話――


「ごめんね、わよ」

「ううん、サリサリは何にも悪くないでしょ?」

「でもわよ、わよ、マナマナと千歳と一緒がよかったのにわよ、わよ、わよ~っ!」


 まだ決まった訳じゃない、と言いながらも一度溢れた涙が、更なる涙を誘うのでしょうか、いつも元気なサリサリの面影はもうどこにもありません。彼女を慰めようと肩に手を置きました。


「理事長先生に直談判しましょう」

「それは勿論、もう、やったわよ。今朝行ったわよ。でも、でも、わよ……」


 いつしかふたりは抱き合って泣いていました。

 千歳も去ってサリサリも去って、あたしだけがここに残る――


 やりがいはあると思ってました。

 千歳が剛勇を去っても、いつでも連絡できる訳だし、サリサリだっているし。でも、本当に女子がひとりになると思うとさすがに心細くて。


 このことを千歳は知っているのでしょうか?

 多分だけど、知らないんじゃないでしょうか。

 千歳は優しい人です、知っていたら黙っているはずがありません。

 でも、もし知らないんだったら、知らないままでいい。


「ねえサリサリ」

「わよ?」

「このことはまだ、千歳には言わないで」

「わよっ? どうしてわよ?」

「それは……」


 黙ってしまったあたしをじっと見つめていたサリサリは、やがて小さく「わかったわよ」と肯きました。



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