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第1話

 第9章 さようなら



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その日はいつもより早く制服に着替えるとみんなで寮を出た。

 冷たい2月の空気をいっぱいに吸い込んで、雲ひとつない空を見上げる。


「楽しみわよ」


 寒さには強いのか、サリーは白い息を吐きながらも、元気に笑顔を見せる。


「凄いわよ。女の受験生、たくさん来てるわよ」


 今日は剛勇の入学試験日。だから授業はお休みなんだけど、僕たちは明日の後輩たちを一目見ようと思った。見上げると学校への上り坂には受験生たちがぞろぞろと列をなしている。学ランにブレザー、セーラー服。ひとりで歩く子が多いけど、お母さんと一緒という子も珍しくはない。絶え間なく続く受験生の行進、3人はその流れの中に溶け込んだ。


「神愛ちゃんはもう着いたかしら」

「ええ、多分とっくに」


 神愛も受験だ。僕らより一足早く寮を出た。一緒に行かないかって誘ったんだけど、そんな心の余裕はないらしい。先生からも合格間違いなしと太鼓判を押されているらしいけど、それでも緊張すると彼女にしては殊勝な言葉を口にして。きっと今頃席について単語のひとつも覚えていることだろう。


 校門の前で立ち止まる。そして今来た道を振り返った。

 誰もが緊張した面持ちでこちらへ歩いてきては、僕らが通い慣れた門へと吸い込まれていく。同じ制服を着た男子三人組に続いてはセーラー服のおかっぱちゃん。その後ろにはセミロングのメガネっ娘。


「女の子がいっぱいわよ」

「そうね。男女比2対1ってところかしら?」


 マナの言うとおり女性比率は思ったよりも高い。共学化の最終目標は男女半々だとは理事長である母の目標だけど、去年の入学者がたったのふたりだったことを考えると大きな進歩には違いない。


「みんな緊張してるわよ」

「入試だもの」

「虫歯になっても生え替わるやつわよ?」

「それは乳歯でしょう」

「神に誓って洗礼を受けたりするのわよ?」

「それは入信」

「おっぱいのみまちゅか~、わよ?」

「それは乳児!」


 校門に吸い込まれていく受験生たちを見送りながら、ボケるサリーに突っ込むマナ。僕には「おっぱいのみまちゅか~」は分からなかった。マナって結構頭の回転速い。


「あの~」


 気がつくと直立不動でカチコチに緊張した女生徒が僕らを見ていた。


「おっ、おはようございます!」

「あ、はい、おはようございます」

「がっ、頑張ってきますっ!」


 差し出された手に3人が順に握手をすると、おかっぱの黒髪少女が勢いよくお辞儀した。


「ありがとうございます!」


 頬が染まってみえたのは気のせいか、その子は踵を返すと校門へと駆け込んだ。


「初々しいわね」


 マナに釣られて笑っていると、サリーに小突かれた。


「わよ」


 見ると目の前に別の女の子、セミロングにブレザー姿の受験生。


「おはようございます!」


 さっきの子と同じように頭を下げられ握手を求められる。


「人気わよ」


 それからもサリーの言うとおり、わざわざ校門を通り過ぎ、僕たちに頭を下げて試験場に向かう女生徒は後を絶たなかった。


 テスト開始は午前9時半。

 9時を回る頃には人波もピークを過ぎた。


「あたしたちも二年生になるのね」

「後輩がいっぱい来るの楽しみわよ」

「一緒に頑張ろうね、サリサリ」

「オッケーわよ。千歳もわよ」

「春からは神愛ちゃんも来るから力強いわね」


 サリーに語りかけるマナ、彼女の口から僕の名は出てこない。

 だけどそれは仕方のないことだ。

 4月になったらここをやめ、元いた男子校へ戻るのだから。

 そのための手続き進めている。

 編入試験は簡単ではなかったけど事前の猛勉強で何とかクリアできた。ま、そのお陰で剛勇の予習復習がおろそかになってるけど。


 勿論僕だってただ母の言いなりになるつもりはない。だから最後まで色々と食い下がってみた。そしてひとつの可能性を見つけた――

 マナには僕がここを離れることは伝えた。でも、サリーや他の生徒たちには伝えていない。まさか、女の僕が男子校に転校する、なんて言えるはずもない。


「数えたわよ、246人わよ」


 手元のバードウォッチ用カウンターを覗き込むサリー。そこまでして数える必要もないと思うのだが、一度やってみたかったらしい。そろそろ試験の説明が始まる時間、来る人はもう誰もいない。


「女の子は何人合格するのかしら?」

「倍率から考えると180人くらいでしょ。でも、合格しても他に行く人もいるから、来てくれるのはそのうち120人ってとこ」

「凄いじゃない。やったね千歳」


 ハイタッチを求めてくるマナに手を合わせると、もうひとつの手も加わった。

 サリーの笑顔も弾ける。彼女たちなら迷える新入生女子をしっかり指導してくれるに違いない。もう僕がここにいる必要はないんだな。そう思うと何だか目頭が熱くなる。ヤバイ、こんな時に泣く訳にはいかない――


「じゃ、そろそろいきましょうか?」


 僕たちは学校を後にすると、意気揚々と祝勝会を兼ねて水族館へと向かった。



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