第11話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
食堂の片隅、入り口から死角になる席に、背中を向けた長い黒髪。
「ちと……」
声を飲み込みました。あまりにも美味しそうに麺を啜る音にいたずら心が沸き立ったのです。抜き足差し足忍び足、背後に迫っても一心不乱にズズズ…… と食べる千歳。背中越しに覗くと彼の大好きな大盛りカップ焼きそば。カロリー高そう。700Kcalはあるんじゃない? こんな夜中にこんなもの食べてもスリムなままで、抜群のプロポーションなんて狡いです、反則です、羨ましすぎます。あたしが日夜どれほど甘い誘惑に耐え忍んでいるのか千歳は知っているのでしょうか?
「ち~とせっ!」
「うわっ!」
「驚いた? 美味しそうね」
「あ、うん。マナも食べる?」
くちびるに青のりを付いてるし。
「いらないわ。それにしてもホントよく食べるわね。どうしてそれで太らないの」
「基礎代謝の違い、かしら?」
確かに男女で基礎代謝は違うと言います。でも、スラリとスリムで見た目は完璧に女の子してるのに、基礎代謝とか身体能力とか、都合のいいところばっかり男の子だなんて、千歳はやっぱり狡い。
「4月になって女子寮に一年生がいっぱい入ってきたら、夜中に大盛り焼きそばなんて食べられなくなるわよ」
「えっ? どうして?」
どうしてって、非常識だからでしょ? 運動部でもないのに夕食をお替わりして、その上に夜な夜な誰もいない食堂で大盛りのカップ焼きそばを青のり振り乱して食べるだなんて。普段の千歳とのギャップがありすぎて、きっと疑われてしまいます。だってこれ、男の子の所作にしかみえないもの。勘の鋭い女の子なら気がついても不思議じゃありません。サリサリはアバウトな性格で「日本の女の子ってよく食べるねわよ」なんて軽くスルーしているからいいようなものの――
「やっぱりダメ? 辛いな~、育ち盛りなのに」
あたしの説明にきょとん顔の千歳。だからあたしはついつい追撃しちゃいます。
「それだけじゃないわ。深夜にこっそり大浴場に入ってるでしょ? 肌が弱いから大浴場は無理とか言ってるのに」
「バレてた?」
「本屋さんで男性向けコーナーに視線飛ばしたまま戻ってこなかったり」
「あれは、つい、表紙の引力に負けて……」
「洗濯かごに紛れ込んでたサリサリのブラを手にしたときなんか、顔が真っ赤だったわよ!」
「それはその、激情の赤が……」
「この調子じゃ、4月から女の子がたくさん来たら絶対バレちゃうわよ」
「それ、は…………」
シュンと俯く千歳、少し可愛い。
「でも」
「でも?」
「マナはどうするの?」
「勿論あたしはここにいるわよ」
「だったら……」
「千歳はダメよ」
「どうして?」
千歳はどうしてこんなに頑固で分からず屋なのでしょう?
「千歳は自分のための選択をすべきよ。あたしのことは気にしないで」
「僕のこと、嫌いなの?」
「もうっ、千歳のばかっ!」
思わず声を荒げて、踵を返してしまいました。
せっかく仲直りしようと思ってきたのに。
ばか。
ばかばか。
千歳のばか。
って、でも、分かってます。
ホントのばかは、あたしです……




