第10話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
好きだからいつも近くにいたい。
好きだから毎日会って毎日お話をして、もっともっと知り合いたい――
当然の気持ちじゃないでしょうか。
でも、好きだからこそ我慢しなきゃならないこともあると思うんです。
千歳はここを離れるべきだと思うんです。
本来あるべき姿に戻って欲しいんです。
あたしは千歳が好きです。
大好きです。
女とか男とか、そんな外見に関係なく千歳が大好きです。
だから千歳には危険な日々を送って欲しくないんです。
女生徒が100人も来たらいつバレるか、ハラハラドキドキじゃないですか?
心臓が幾つあっても持ちそうにありません。
それなのに千歳は――
なぁ~ん
誰もいない夜の中庭、なぁ子の喉を撫でながら千歳のことを想います。
あれから寮に戻って、晩ご飯の時も、お茶の時間も千歳とは口を利いていません。別に喧嘩してる訳じゃないけども、何となく。
さっき。
入浴を済ますと神愛ちゃんのお部屋を尋ねました。
神愛ちゃんにも意見を聞きたいと思って。
「う~ん、見た目はバッチリ女の子なんだけど――」
あたしの質問にそう答えると、神愛ちゃんは考え込みました。
「――でも実際、眞名美先輩にはバレちゃったし。言葉遣いは女の子でも、話す内容は男の子だったりしますよね。将棋とかサッカーとか得意だし男子が好きそうなラノベばっか読んでるし、美少女アニメには目がないし、食べ方は綺麗でも大メシ喰らいでしょ? バレても不思議はないかもですね~」
「そうよね。それに今、女子はたったの3人だから更衣室も広々使えるけど、来年からはたくさんの女の子の前で着替えることになるのよね……」
今でも千歳はあたしとサリサリから見えないところで着替えてます。でも、来年はそんなこと出来ないかも知れません。って、いやそれって、千歳が他の女の子の裸を見るってこと? なんかこう、許せない――
「どうぞ」
神愛ちゃんはポテチの袋を開けて、あたしに勧めてくれました。ありがたく一枚頂戴しパリパリといただきます。オーソドックスな塩味、うん美味しいわ。
「理事長先生も3月まででお役御免だって言ってらしたわ。それに転校先は、あの天下の岳高でしょ?」
「そうなんですよね、お姉ちゃんって抜けてるところはあるけれど、勉強はできるんですよね、羨ましいくらいに」
いつも千歳に負けじと勉強頑張ってたんだけど、賢い神愛ちゃんにこう言わせるんだから最初から勝てっこなかったんだ。まあ、お陰で成績はすっごく上がったから感謝してるんだけど。
「で、眞名美先輩は怒らないんですか?」
「えっ? 怒る?」
「だって、先輩を騙して剛勇に引きずり込んだ張本人が逃げ出すんですよ」
「ははっ、そうね、最初は見事に騙されたわね。でも今は仲良しなお友達でしょ? 千歳のためになることならあたしは喜んで応援するわよ」
「なんかこう、本当にごめんなさい」
「神愛ちゃんが謝ることじゃないわ」
急に立ち上がり、90度に頭を下げる神愛ちゃん、あたしも慌てて立ち上がりました。どう言ったら分かって貰えるのでしょうか、わたしはこれっぽっちも後悔なんてしていないこと。例え千歳がここからいなくなったとしてもあたしの気持ちは絶対に変わりません。彼女の肩に触れ、そしてにっこりと微笑んであたしの気持ちを言葉にすると、彼女の部屋を後にしました――
なぁ~ん
どうしたの? って言ってるみたい。
あたしの気持ちが分かるのかしら、なぁ子。
喉をゴロゴロ撫で回すと目を細めて気持ちよさそう。
ふと見ると、食堂の灯りがついています。
こんな時間に食堂に用があるのは、夜食を食べる千歳くらいでしょう。
――どう伝えたらいいのでしょうか?
あたしは千歳が大好きで、千歳は女装なんかやめるべきで、だから千歳にはここを離れるべきで。
それなのに千歳は分かってくれません。強情な人です。今朝だって傘がいるよって何度も言ったのに、濡れたって平気と持って行かなかったし。
千歳は案外強情です。
だけど、ちゃんと伝えれば分かってくれるはず。
でも、どう言えばいいのでしょう?
考えがまとまりません。
でもこんな、喧嘩みたいな状態はイヤ。
あたしはなぁ子に手を振ると、寮に戻り食堂へと向かいました。