第9話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
生徒会女子部の真っ白な壁時計が6時を告げていました。
あたしはみんなに声を掛けて赤いカバンに資料を詰め込みます。
「原稿の校正なら、わたくしがやるわよ」
千歳は何でも自分でやっちゃいます。
でも、もう千歳にばかり頼ってちゃダメ。
「大丈夫、あたしにやらせて」
今までは千歳に甘えてました。そんなつもりはなかったし、つい最近まで意識しなかったけど。でも、オープンスクールの時も、部活応援の時も、いつも前面に出たのは千歳でした。学校の誰もが次の生徒会長は千歳が適任だって言ってることが何よりの証拠。あたしは彼に甘えてたんです。だから千歳は剛勇をやめられない。でも、それじゃダメなんです。あたしがもっとしっかりしなきゃ――
「雨、止みそうにないわね」
校舎を出ると恨めしそうに空を見上げる千歳。サリサリは漫研の友だちと約束があると別の方へ行きました。あたしは千歳と渡り廊下を歩いて行きます。雨はそんなに激しくないけれど、下履きに履き替えると傘を広げます。
「あれ、傘は?」
「持ってきてないわ」
傘も差さずに歩き出した千歳に慌てて駆け寄ります。
「濡れるでしょ?」
「大丈夫よ、そんなに酷い雨じゃないし、寮まですぐだし」
「ダメよ、風邪でも引いたらどうするの?」
背の高い千歳にあたしの傘を掲げます。彼女の肩が濡れないように、ちょっと彼に近づいて。
「でもマナが濡れちゃうわ」
「じゃあもっと……」
あたしが更に近づくと、千歳は黙って傘に入ってくれました。
冬の夜6時、空はとっくにどっぷり暮れて、言葉もなく歩くふたりの横を車のヘッドライトが通り過ぎていきます。寮までは5分の短い道のり、だけど黙っていたらドキドキで心臓が持ちそうにありません。何か話題を探さなきゃ――
「マナ、大丈夫?」
ポツリ、千歳が先に声を掛けてくれました。
「大丈夫よ、濡れてないわ」
「そうじゃなくって仕事。原稿とか校正とか」
「もちろん大丈夫に決まってるでしょ、任せてよ。千歳こそ編入試験があるんでしょ?」
「編入試験? 受けないよ」
「でも学園長先生は……」
「母さんに入れ知恵されたの?」
「入れ知恵って……」
「マナは、わたくしが嫌いなの?」
強い口調。見上げると千歳と目が合いました。あたしは千歳のためを想っているのに。千歳だって性別を偽るハラハラドキドキな毎日には疲れてるはずなのに。全部千歳のためと想ってやっているのに――
「バレたらどうするのよ?」
「バレないよ! それに僕には責任があるんだ!」
「バレてからじゃ遅いのよ」
「大丈夫、きっと」
「大丈夫じゃないわ」
「どうして」
「今だって男言葉になってたじゃない」
「それはマナが怒らせるからだろ」
「あたしは千歳のためを思って……」
「母さんがそう言えって言ったんだろ!」
「声が大きい!」
思わず周囲を見回しました。夜の通学道、幸い誰もいなかったけれど、ぴゅうと冷たい風が吹いてきて、傘をぎゅうと握りしめます。雨の中、楽しいはずの相合い傘なのに、ふたりはこんなに近くにいるのに――
「マナは、わたくしが嫌いなのね」
「そんなことない。好きよ、好きだから」
「だったら、どうして母さんのいいなりになんか……」
「千歳のバカッ!」
傘を無理矢理に押しつけると、そのまま走ってしてしました。