第8話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
天気予報のおじさんは今年は暖冬だと言い切った。けれども実際は寒さが緩んだと思ったらまた厳しくなるの繰り返し。まあ予報だから恨む気はないけど、自信満々に言い切る根拠はどこにあったのだろう。
今日も彼はテレビの中で胸を張って傘を持っていくことをお勧めしている。朝方は晴れているけど夕方にはにわか雨が降るかも知れないらしい。
「傘、忘れないようにしなきゃね」
朝食を終えたマナは席を立ちながら誰に言うともなく呟く。
「そうわよ。アタイも忘れないようにするわよ」
サリーは素直に賛同するが、僕は黙って食器を片付ける。だって傘は好きじゃない。もし降らなかったら置き忘れる可能性があるし、にわか雨なら降っても少し待てばいい。そもそもちょっとくらい濡れるのは何とも思わない。それにこのおじさんが傘がいると胸を張るときに大抵傘はいらないのだ。
そしてその日、僕は傘を持たずに登校した。
三学期に入ると当面イベント事もなく、みんなは勉強に部活にお遊びにと、自分のペースで打ち込んでいる。勿論、三年生だけは受験があるのでピリピリとした緊張感が伝わってくるけど。放課後になるとクラスの友だちに「ごきげんよう」と挨拶をして生徒会室へと向かった。ノックをしてドアを開けると部屋には築城会長がひとり、ブツブツ独り言を呟きながら何かを考え込んでいた。
「難しいなあ……」
「どうしたんです? そんなに頭を抱えて」
「あ、姉小路さん。実は昼に学園長先生に呼ばれてさ、来年は女子が爆発的に増えるから、女子が多い部活には手厚くしてね、と言うんだよ。でもどこに女子が多く行くかなんてフタを開けないと分からないだろ」
そう言うとポンと手を叩いて立ち上がった。
「そうだ、姉小路さんなら分からないかな? 女子が集まりそうな部活動」
部活の一覧が記された資料を指し示す築城先輩。
聞くと学園長は自信満々に、来年の女子入学者は100人を軽く超えるだろうと予言したのだとか。ドヤ顔で自慢げに吹聴する母の姿が目に浮かぶ。僕は少しムカッとしながら、でもこれは築城先輩のタメだと思い直す。
「わかりました。女子部のみんなで考えてみます」
助かるよ、と頭を掻きながら人懐こい笑顔を見せる築城先輩。
僕はその資料を預かった。どこが女子に人気かなんて男の僕に分かるはずがない。その辺は築城先輩と同条件だ。ここは本物の女子の意見を聞こう――
サリーは漫研に用があるとかでマナを連れて行った。僕は生徒会女子部へと移動すると、ふたりを待つことにした。
ラグビー部、サッカー部、野球部、バスケ部、バレー部、陸上部、卓球部、テニス部、体操部、柔道部、剣道部……
体育会系はこんなところか。野球やサッカー、ラグビーなんかは男子ってイメージが強いけど女子だってやる。けど、考えてみれば女子は増えたと言っても100人。チームが出来ないと試合にならないスポーツはそうたくさん女子部を作れないはず。築城先輩は男女別となる部活については最低5人の参加で設立を認める方針だという。それは今の学校ルールと同じであって妥当な案だと思うけど、はてさて女子が5人集まりそうな部活って言ったら……
「何ひとりで呟いてるのわよ?」
ふと顔を上げるとサリーが資料を覗き込んでいた。彼女の後ろにはマナの姿。いつの間に来たのだろう。ってか、ドア開けて入ってきたことに気がつかないほど考え込んでいたのか。
「えっとね――」
僕の説明にふたりは顔を見合わせる。
「そうねわよ~ テニスとかホッケーとかクリケットとか……」
「クリケット?」
そう言えばサリーはイギリス人、彼女の意見は参考にならないかも知れない。そうなると頼りはマナひとり。しかしその頼みの綱も難しい顔をして考え込んでいる。
「こんなの、フタを開けてみないと分からないと思うわ――」
暫く思案げに資料を見ていた彼女はやおら顔を上げた。
「ちょっとずるいけど、最低限の予算だけを組んで、あとは春になってから状況に応じて補正予算を組んだらどうかしら。そうしたら予算欲しさに部員募集も盛り上がって一石二鳥かも」
「あ、それいいわよ」
なるほどいい考えだ。だけど僕はあの激しい部員争奪戦を思い出す。女子がたったのふたりだった昨春だってあんなに大騒ぎしたのだ。女子が100人も来たらどうなることか容易に想像がつく。それに予算まで絡めるとなると暴動やら紛争やらデモ行進が頻発するに違いない。
「勿論、部員勧誘の紳士条項を決めなきゃ、だけどね」
僕が言うまでもなくマナは分かっている。そういや彼女は柔道部の熊男に絡まれたのだ。あんな怖いことを忘れるはずがない。
「じゃあ、あたし築城会長と話をしてくるねっ」
「だったらわたくしも」
「新聞部に頼まれた原稿もあるでしょ? 千歳とサリサリはそっちをお願い」
珍しく僕に指示を出してマナは出て行った。
そして。
彼女が戻ってきたのは1時間後だった。