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第6話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その夜。

 あたしは千歳の部屋を訪ねました。

 誤解は解いておかなきゃいけないですし、伝えなきゃいけないこともあるから。

 千歳は勉強する手を止めて机から立ち上がると、あたしに椅子を勧めてくれました。


「ごめん邪魔して」

「ちょうど終わったとこだから」


 机の上には英単語帳、暗記中だったみたい。そう言えば千歳はサリサリを相手に英語で会話したりしてますからね。あたしも英語は得意なんだけど、ふたりの会話はちんぷんかんぷん。サリサリに言わせると千歳の英語は流暢りゅうちょうとは言わないけれど学校じゃピカイチだって。そんな事を考えていると、千歳はベッドに腰掛けて小首を傾げます。


「こんな時間にどうしたの?」

「いやほら昼間のこと、ホントに気にしなくていいからって」

「昼間の?」

「あたしテニスしたいとかホントにないから」


 一瞬目を見開いた千歳、でもすぐ考える風に、う~んと唸ります。


「小田くんに聞いたんだけど、マナって凄いんだろ? 市の大会で優勝して、全国大会にも出たんでしょ? だから後輩が慕ってくるのよね」


 小田くんったら余計なことを―― と言う言葉は飲み込みます。


「こんな男ばかりのところに引き込んで、マナの楽しみを奪っちゃったんだね――」

「違うんだってば! どこの学校に行ったとしても同じだよ」

「マナは優しいね」

「そんなんじゃなくて」


 思わず溜息が漏れました。どうしたら分かってくれるのでしょう。


「罪滅ぼしになるのか分からないけど頑張るから、楽しいことがいっぱいあるように。これからもよろしくね」


 勝手に結論づけて微笑む千歳。

 まったくもう――


「よろしくって、千歳は2年になったら転校するんでしょ?」

「ん? しないよ」

「どうして? もうこれ以上 危険を冒すこともないでしょ?」

「大丈夫、バレないようにするから」

「現にあたしにはバレちゃったじゃない」

「それはそうだけど…… マナは僕と一緒はイヤ?」

「そうじゃなくって!」


 そうじゃない。

 イヤじゃない。

 あたしだってずっと千歳と一緒にいたい。

 だけど、千歳は元の姿に戻るべき、学園長先生の言う通りだと思うから。


「4月からわんさか女子が来るんだよ、学校にも寮にもね。バレない保証はどこにもないんだよ」

「だからそこは、何とか頑張って――」

「それに転校先は岳校でしょ? うちよりハイレベルな授業が受けれるんじゃない?」

「ちょっと待って。どうしてそれを?」


 あ、学園長先生に会ったこと話してなかった!

 でも隠すことじゃないよね。


 あたしが学園長先生に伺ったことを伝えると、千歳はぎゅっと唇を噛みました。


「ったく母さんったら。でも大丈夫だよ、僕はここに残るから」

「どうして?」

「まさかマナも母さんと同じ考えだって言うの?」


 強い口調で詰め寄られ、次の言葉を飲み込みました。

 でも、あたしも学園長先生と同じ考えです。彼女が言うには千歳が女装して剛勇に通う目的はふたつ。女生徒の勧誘と、彼の気弱な性格を直すこと。その目的が達成されたのなら危険を冒す必要はもうどこにもないと思うんです。と言うか、最初から女装なんてしちゃいけなかったんです。


 あたしが黙っていると千歳は「はうっ」と、小さな息を吐きました。


「マナだって大好きなテニスも出来ないで我慢してるでしょ? 君を引き留めた僕がここに残るのは当然だよ、それは僕の義務だ」

「違う! あたしは何も我慢なんてしていない!」

「うそ!」

「うそじゃない」

「じゃあどうして?」

「それは……」


 千歳がいてくれたから、とは言えません。そんなことを言ったら彼は頑なにここに残ると言い張るでしょう。でも、テニス部のことはホントに関係ないのに。どうしたら千歳に分かって貰えるのかしら。あの時の小さな事件トラブルを白状しないといけないのでしょうか――


「母さんにも言っておくよ、僕はここに残るって」

「千歳はそれでいいの?」

「もちろん」


 ムキになってるみたい。ちょっと冷静に考えたら、もう女装を続ける意味はないことくらい分かると思うんだけど。だけどあたしも冷静じゃないのかも――


「じゃあ、あたしがテニス部に入ったら、女装をやめてくれる?」

「それは、その…… 千歳は僕が嫌いなの?」

「何言ってるの? 違うわよ。違うから言ってるんじゃない!」

「そんなのおかしいよ」

「おかしくない」


 結局、ふたりの気持ちはかみ合わないまま、あたしは部屋を去りました。



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