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第5話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 千歳のことを考えると、岳高に戻れるのなら、その方が彼のためになるでしょう。だってあっちは雲の上の超有名進学校。それにここにいたら千歳は色々忙しく、勉強どころじゃないし、何より性別を偽って暮らさないといけないんですから。


 だからあたしは千歳の船出を応援しようって決めました。


「はあ~っ」

「どうしたのわよ、マナマナが溜息って珍しいわよ」


 午後の体育の授業、持久走のスタートラインに向かいながらサリサリに声を掛けられました。


「あ、ごめんごめん。だって持久走って疲れるじゃない?」

「うそっ、マナマナって走るの得意でしょわよ?」


 確かに運動は嫌いじゃないし、中学時代は部活で相当走り込みもしました。自惚うぬぼれる訳じゃありませんが平均よりは速い方だと思います。でも、この溜息の理由を教える訳にはいきません。曖昧な笑顔で誤魔化すと、スタート地点に千歳を見つけました。彼女の横には宮崎君。最近千歳は宮崎君と仲がいいんですよね。あ、でも決して恋とか愛とか男と女の仲とか、男と男の仲とか、そんな熱く甘い間柄じゃなくって、中二病的な二次元友達なんです。宮崎君はすっごいアニヲタでリアルに興味は全くないらしく、千歳という絶世の美女を前にしても平気の平左衛門。だからでしょうか千歳も彼とは話がしやすいみたいで、最近はよくアニメ談義に花を咲かせまくっているのです。近くで盗み聞けば、今放送中の日常系アニメの主人公の妹が可愛いとか尊いとか、百合がいいとか幼女がいいとか、いったい何を言っているのか理解が追いつきません。と言うか、理解したくありません。


「それ、アタイも見ているわよ」


 しかし、そんな二次元厨にごく自然に溶け込んでいくサリサリ。もしかして、あたしの方がおかしいの? そんなことを思いながら呆然と見つめていると、あたしに気がついた千歳は、こっちにおいでと手招きをしてくれました。


「先に走ってね」


 千歳は軽くウィンクをします。きっと手加減してあたしと同じくらいのタイムで走ろうという魂胆でしょう。でもまあ仕方ありません。あたしは協力するよ、と小さく肯きました。千歳は男の子、本気で走ると色々まずいこともある訳で。


 あたしがマイペースで走り出すと、後ろをピッタリ千歳が付いてきます。サリサリはあたしの前で宮崎君と併走しながらお喋りに夢中。しかし100メートルも走らないうちにふたりはズルズル後方へ落ちていきました。多分、宮崎君がサリサリのペースに合わせたのでしょう。宮崎君大丈夫かしら。先生に怒られないでしょうね――


「ありがとうマナ」


 千歳はあたしに並んで微笑みます。


「色々気をつけることが多いわね」

「そうね。でも、言葉遣いはもう完璧でしょ? まあ、サリサリは留学生だからちょっとくらい地が出ても気づかないでしょうけど」


 トラック4周の1600メートル、あたしは手を抜かずに走ってるのに、千歳は余裕綽々。そりゃまあ千歳は男の子だし、足は速い方みたいだし。


 でもちょっと悔しい。

 あたしは意地になってペースを上げます。別にいいタイムを出したところでご褒美がある訳じゃありません。でも本気モードで頑張ります。


「マナって足速いよね」


 そう言いながら余裕でついてくる千歳。思い起こせばサッカーの時も本気の千歳は男子すら楽々と振り切りました。あたしなんかが勝てる訳ありません。

 ふたりの位置はクラスの半分くらいのところ、あたしにとって男子に混じってのこの位置はちょっと飛ばしすぎかも。


「大丈夫?」


 小さく首を縦に振りますが、言葉を返す余裕はありません。でも、走っていてちょっと体が楽になってきた感じ。ランナーズハイってヤツでしょうか。元々走るのは嫌いじゃないですしね。


 結局、男子に混じって堂々真ん中でのゴールイン。千歳はあたしから2秒遅れ、勿論わざと負けたのです。


「マナの駆ける姿って格好いいわ」

「もう千歳ったら……」


 随分遅れてゴールに向かってくるサリサリに手を振っていると、背後から声を掛けられました。


「遊里さんって足速いんだね」


 よく日に焼けた顔に爽やかな笑顔をみせるのは小田おだくん。


「小田くんの方が速かったでしょ?」

「そりゃあ僕は男子だし、一応運動部だし―― ねえ、遊里さん」


 少し息を切らしながらも、彼は言葉を続けます。


「遊里さんってテニスやってたんだよね。府のベスト4までいったんだろ?」

「どうしてそれを?」

「昔の資料を見てたら君の名前があったんだ。凄いじゃないか、しかも2年生の時にだろ」


 別に隠してた訳じゃないんですけど、そんなの昔の話です。しかし彼はあたしにテニス部に入らないかと言い出しました。そう言えば彼はテニス部。その気がないと断っても、来年一年生女子を勧誘する上で二年生がいたら有利だからって彼もなかなか引きません。


「ホントごめんなさい」

「どうしてさ? 怪我とかしたわけでもないんだろ?」

「そりゃまあ、そうですけど」


 あ、肩を壊したことにすれば良かったかな、こう言う時バカ正直な自分を恨めしく思っちゃいます。


「じゃあさ――」

「マナ、そろそろ集合しましょ」


 千歳が声を掛けてくれました。見ると集合場所はまだ人もまばら、きっと助け船を出してくれたんだわ。


「ありがとう千歳」


 並んで歩き始めると、千歳はポツリと。


「ごめん。こんな男ばっかりの学校に来たから好きなことも出来ないで――」

「そんなことないってば」


 ホントに違うのに彼は聞いていません。


「やっぱりひとりじゃ二の足踏むよね。わたしも一緒に入りましょうか? 試合には出れないけれど」

「だから、違うんだってば!」



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