第3話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
正月休みは慌ただしく過ぎました。
三が日は神社で巫女さんのバイトをしました。別にお金が欲しかった訳じゃなくて、神主さんの奥様がうちの母と知り合いで誘われたのです。普段はあまり人気のない神社もこの時ばかりは猫の手も借りたいそう。家でゆっくりしたい気持ちもあったけど、巫女さんになれるチャンスなんてそうそうあるわけじゃないし、面白そうだからふたつ返事でオーケーしました。実際やってみて楽しかったし、家の近くの神社だから昔の友だちにもたくさん会えましたし。千歳と神愛ちゃんも遠くからわざわざ来てくれました。せっかく来てくれたのにあんまり話をする時間はありませんでしたが。縁起物だからか300円とか500円のおみくじが飛ぶように売れます。破魔矢やお守りもひっきりなしに売れます。休む暇もない忙しさだったけど、それだけに楽しかった。そう言えば来年は神愛ちゃんも巫女さんバイトをするんだって張り切ってたっけ。神愛ちゃんは可愛いしとても似合うと思います。
バイトをした3が日を過ぎても親戚の家に挨拶に行ったり、友だちと遊んだりと毎日やることがいっぱいで、光陰はまさに矢のようでした。
そして今日、冬休みももう最終日。
夕刻、懐かしい寮に戻るとみんなと再会。今日は寮の食事もないので、奮発して回転寿司に行こうって話になりました。
「あけましておめでとうわよ」
クリスマス前から帰省していたサリサリは土産話もいっぱい持ち帰ってくれました。カラフルなドーナツが美味しかった話とか、新しく出来たケーキ屋さんのカップケーキがバカうまだった話とか。もちろん、お話だけじゃなくって、みんなに物理的なお土産も買ってきてくれました。深い緑色の紙袋に入っていたのはとっても可愛いクマのキーホルダー。ハロッズのクマさんです。これ欲しかったんです!
千歳と神愛ちゃんも年末、温泉に行ったとかで箱入りのお菓子を買ってきてくれました。あたしもお土産を用意しておいて良かった。ホントは何にも考えてなかったんだけど、神主さんが、お友達にもどうかなって小さくて可愛いお守りを幾つか分けてくれたから、みんなに持ってきたんです。どこにもあるようなありふれたお守りだけど、普通に買ったらそれなりのお値段するし、サリサリは珍しがってとっても喜んでくれました。
回転寿司を食べ終えると、コンビニでお菓子を買って寮の食堂でティータイム。話はなかなか尽きないもので、正月美味しかった食べ物の事とか、昔の友だちに会った話とか、新しく始まったアニメの感想とか宿題のこととか、いくら時間があってもキリがありません――
「あらみんなお揃いね」
突然の声に振り向けば、学園長先生が立っていました。
「かあ…… 学園長、どうしたんですか?」
「どうしたって寮のチェックよ。今日は寮母さんがお休みの日でしょう?」
そう、学園長先生は千歳のお母さま。そして神愛ちゃんのお母さま。思わず3人の顔を見比べてしまいます。こうして3人の顔を一緒に見るのは秘密を知って初めてなのです――
「あら遊里さん、わたしの顔に何か付いてる?」
「あっ、いえその…… クッキーいかがですか? 美味しいですよ」
ドキリとしました。まさか親子だからよく似てるなあ、って感心してたなんて言えるはずもなく、苦しい出任せを口にしたあたし。そんなあたしの心の中を見抜いたのか、学園長先生は意味深ににやりと口角を上げました。
「そうね。紅茶も欲しいわね。遊里さん、一緒に来てくれる?」
給湯器の方へと歩き出す学園長先生の後を追います。
「あ、あたしが煎れますから座っていてください」
「いいのいいの、わたしも覚えなきゃ」
勝手を知らない学園長先生の横で缶の中からティーバックを取り出します。熱いお湯でカップを温めてから、ティーバックにお湯を注ぎます。
「ねえ遊里さん、あしたの昼休み、あたしの部屋に来てくれる?」
「えっと、学園長室、ですか?」
「そうよ」
「何のお話ですか?」
「それは、その時に」
驚いて見た学園長先生は意味ありげな眼差し。あたしは視線をカップに落としました。みるみる広がる紅茶色を眺めながら、一体何の話だろうと、あれこれ想像を巡らせます。まさか――
「そうだわ、あなた巫女さんのアルバイトをしたんですってね」
「ごっ、ごめんなさいっ!」
「どうして謝るの?」
てっきり届けなしでバイトをしたことを怒られるのかと思っていると。
「来年はわたしもやってみようかしら、まだ生娘だし」
冗談にならない冗談を言った学園長先生は、あたしの手からカップを取ってみんなのいるテーブルへと戻っていきました。