第2話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ねえねえお母さん、高校生になったら巫女さんのバイトしてもいいかな?」
家から自転車で10分のところにある小さな天満宮で年始の巫女さんを募集していることを知った神愛は興奮冷めやらぬ様子。居合わせた神主さんにも気に入られ、「高校生になったら是非来て欲しい」と言われて有頂天。ただし、高校生の助勤(巫女さんはバイトと言わずに助勤と言うらしい)には保護者の同意が必要だとかで、だから家に帰るなり母に了解を取りにいったって訳だ。
「あら神愛、お小遣いが足りないの?」
「お金目的じゃないよ、やってみたいの、巫女さん」
「どうして巫女?」
だって格好いいじゃない、と神愛は熱く語り始める。女子に生まれたからにはメイドと巫女は絶対やっておくべきだと持論を展開する。人生何でも経験だ、特に巫女さんは若いうちしか出来ないんだし、正月の短期限定だしと母に迫る。
「ね、お兄ちゃん。今日の眞名美先輩もすっごく似合ってたよね」
母がなかなかうんと言わないからか、僕を引き込もうとする。
「あ、うん。そうだね」
「眞名美先輩?」
しかし、それを聞いた母は不思議そうに僕に目を向ける。
「眞名美先輩って、遊里さん?」
「そうだよ。家の近くの神社で巫女さんやってるんだよ。ね、お兄ちゃん!」
「ねえ千歳、あなたその格好で――」
あっ、やばっ!
そういや母には、僕の正体がマナにバレたこと言ってなかった。
今日の僕は男の子。この格好で会いに行ったって事は即ち、マナは僕の正体を知ってるって事を意味する訳で――
「千歳、どういうことなの?」
「あ、母さんこれはその……」
突然、口笛吹きつつ神愛がリビングから退場する。
ったく、ずるいヤツだ。
「昨日あげたお年玉、没収かしらね」
「いや、ちょっと待ってよ母さん!」
「じゃあ、1から10まで喋って頂戴」
「そんなにたくさんはなくって……」
「じゃあ0から15まで」
何故に十六進数? と疑問が浮かぶも母の圧力に口に出来るはずもなく、結局全て白状してしまった僕。
話を聞いた母は何かに気がついたように、にんまりとした目を向ける。
「千歳は遊里さんを引き留めた責任があるから2年になっても剛勇に残るって言ってたけど、はは~ん、そう言うことね。千歳も隅に置けないわねえ」
意味深にニヤニヤする。
「違うよ、別に僕はその……」
「あらあら、真っ赤になっちゃって。隠さなくてもいいのよ」
「別に隠してなんかないよ」
「母さん別に童貞が貴重だなんて思ってないから」
「貴重だよ!」
その時、ピピピピと軽快なタイマーの音。
慌ててキッチンに戻った母は、作りかけの雑煮を覗き込んで餅をぽいぽいと放り入れる。母の実家の雑煮は白味噌仕立てだけど父方は鶏ガラのすまし汁。と言う訳で我が家は両方の味が楽しめるんだけど、今日はすまし仕立ての方らしい。
「と言うことは千歳、あなた2年からは男の子に戻れるわよね。遊里さんにバレちゃったんなら、学校に残る理由はないでしょ」
白いエプロンで手を拭きながら舞い戻る母。
「いや、でもほら生徒会もあるし」
「そんなの誰かにやらせちゃえばいいのよ。じゃ、編入手続きしておくわね」
「しなくていいよ!」
「ほら」
母が目の前に突き出したのは薄いレポート。受け取ってペラペラと捲ると、今春の志願情報がまとめられていた。
「ね、凄いでしょ? この調子だと女子は100人どころか150はいけるわよ。最終目標の男女半々になる日もすぐそこだわ。だから千歳のお役はご免なのよ」
「僕は使い捨ての女の子なの?」
「そうよ、強力な女子勧誘フェロモンで女子生徒をワンサカ集めて、使い終わったらポイ、ってわけよ」
「酷いなあ、でも僕、最後まで全うするから」
「全うって何を? 役目が終わった後で、何を全うするの?」
「それは……」
財力も押しの強さも、そして口達者さでも勝てない僕は、それでも抗議の視線を投げ続けた。




