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第1話

第8章の始まりです。

お楽しみいただければ嬉しいです。



 第8章 すれ違い


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 正月、と言えば何を想像しますか?


 鏡餅?

 おせち料理?

 お雑煮?

 お屠蘇とそ

 それとも、お年玉?


 そんな、美味しいことだらけのお正月を僕は久しぶりに実家で過ごしていた。


「あら千歳、どこに行くの?」

「ちょっと初詣に」

「初詣なら昨日行ったじゃない?」


 昨日・元日は家族揃って近所の神社へ参った。そして今日は正月二日、僕はお屠蘇をいただくとジャンパーを着込んた。行き先は電車に乗って1時間半、初めて行く町にある、初めて行く神社。窓の外にはチラチラと雪が舞う。マナからもらったマフラーを巻くと神愛がやってきた。


「お待たせ~っ!」

「じゃあ行こうか」

「お兄ちゃん、そのマフラー似合うね」

「そうかな?」

「眞名美先輩の手編みでしょ? くぅ~っ、けるな~っ!」


 神愛は僕をからかって楽しそう。まったく困った妹だ。ちなみに今日の僕は男の姿。正月休みは男の格好に戻っている。でも時折、女言葉が出たり、女の子の仕草が出たりするのはご愛敬――


 駅までの道すがら、辺りは着飾った女性が目に付く。きっと初詣だろう。神愛はベージュのセーターに暖かそうなピンクのコート、脚には厚手のタイツを穿いて色気より温かさ優先の体制。それでも一緒に歩いているとすれ違う男どもがみな振り返る。我が妹ながら可愛いもんな。学校でもモテるだろうと話を振ると「お姉ちゃんには負けるよ」とさらりとかわされた。


「それにもうすぐ受験でしょ? みんな必死だよ」


 神愛は当然、剛勇を受験する。滑り止めなしの一本勝負だけど、学校からは大丈夫だと太鼓判を押されているとか。


「判定はAだけど最後まで頑張らないとね。そう言えばお兄ちゃんも編入試験があるんじゃないの?」

「あ、あれね。受けない」


 編入試験。

 僕が元いた一貫の男子校へ戻るための試験だ。


 元々それなりの成績を収めていたからその辺も考慮してくれるらしく、事実上形式的なものらしいけど、それでも戻ろうと思うのなら頑張らないといけない。なにしろあそこは日本屈指の進学校なのだ。


「え、戻らないの? どうして?」

「だって遊里さんを引き留めたのは僕だよ。それなのにさ――」

「ふ~ん、愛だね、愛!」

「じゃなくって!」

「でもさ、眞名美先輩にはバレちゃったんでしょ? だったら分かってくれるんじゃない?」


 そうなのかな?

 最初に僕が剛勇を去る話をしたときには、残って欲しそうな口ぶりだったけど。


 電車を乗り換え郊外へと向かう。目的の駅には各駅停車しか止まらないから、手前の駅で快速電車を降りてまた乗り換える。時間が掛かる分、神愛とは色んな話が出来た。剛勇の授業や生徒会でのことを教えたり、神愛の中学の話を聞いたり。神愛の中学は実家から近い公立校だ。一学年6クラスのごく普通の規模の中学校。彼女のクラスで剛勇志望の男子は5人と男子の中では一番人気なんだとか。女子は神愛を含めてふたりだけと言う。興味を示す女の子はもっと多いらしいけど、親御さんの意見に左右されて希望を変える子もいたらしい。


「こういうのは一気に、ってのは難しいのかも」


 それでも学年で見ると女子の志願者だけで7人もいるらしく、去年から比べると格段の進歩だそうだ。


「他の中学も女子の志願者が増えてるんだって。予定の100人は確実らしいよ」


そう、それは僕も母さんに聞いた。苦労が報われるって凄く嬉しい。だから任務完了とばかりに転校を勧められてる訳だけど。


 目的の駅で電車を降りるとスマホの案内に従って歩いていく。徒歩20分らしい。寒いけど天気は良くて明るい日差しのお昼前。


「この辺に眞名美先輩の家があるんだね。せっかくだし見ていこうか?」

「やめとこう」

「ホントは見てみたいんじゃないの? このこの~っ」


 肘でガツガツと小突かれる。マジ痛い。

 駅から少し離れると戸建てやマンションが立ち並ぶ住宅街。マナの家もこの辺なのだろうか。

 車も少ない静かな通り、彼女はここで育ったんだ、と思うと不思議な気持ちになる。住宅とマンション、そして小さな公園などが並ぶだけの、何の変哲もない光景だけど、神愛も興味深げに辺りを見回しながら歩いている。やがて辿り着いたのはこぢんまりとした神社。石造りの鳥居をくぐると本殿には4,5組が参拝に並んでいるだけ。たき火の周りには手をかざして暖を取る人たち。そして臨時だろう白いテントではお守りやおみくじが売られていて、ちょっとした人だかりができていた。僕らは神様に手を合わせると、テントへ向かった。


「あっ、千歳に神愛ちゃん、来てくれたんだ!」


 くりっと大きな瞳を輝かせたのは白いころもに赤いはかま、栗色の髪を優雅に結って清廉という言葉がぴったりの巫女さん。正月はここでバイトしているマナをどうしても見に行きたいと神愛が言い出したのだ。


「忙しそうだね」

「そこそこ、ね」


 他のふたりの巫女さんも、参拝客の相手をしたりおみくじを授与していたりと忙しそう。


「眞名美先輩、すっごく似合ってます、格好いいです!」

「そう、かな? ありがとう神愛ちゃん」

「わたしも巫女さんバイトしたいです!」

「ごめんね。ここの神社はご近所さんしかご奉仕できないのよ」

「ええ~っ!」


 ガックリ項垂うなだれる神愛。聞けば巫女さん姿に憧れているらしく、高校生になったら絶対やりたいと思っているのだとか。家の近所の神社を当たってみたらと言うマナの提案に少し元気を取り戻した神愛。でも、ゆっくり話をする暇もなく、背後からお客さんの気配にふたり揃ってマナからおみくじを買うと、少し離れたところに移動した。


「やったよ、大吉だあ! お兄ちゃんは?」

「えっと…… 小吉」

「良かったね、吉仲間で」


 何だその吉仲間って。吉がつけば何でもいいのなら綱吉も次郎吉も、吉田さんさえも吉の仲間だ。


「そうじゃなくって、おめでたい吉の仲間ってことだよ。願い事・思うまま、だって!」


 さっきの落ち込みはどこへやら、喜ぶ神愛の視線は笑顔を絶やさず働くマナへと向けられる。その神秘的な姿に思わず僕の目も釘付けになる。


「来年は神愛も巫女さんやってみたい。だって処女のうちしか出来ないもん」


 え?

 突然何言いだすんだ?


「そんなの、都市伝説だろ?」

「そうかな? あ、そうだ、お兄ちゃんも一緒に巫女さんやろ!」

「何言ってるんだ、僕は男だよ?」

「女装すれば出来ると思うよ」

「いや、ダメだろ」

「お兄ちゃんの女装なら、神様だって見抜けないよ」

「んな」

「それにお兄ちゃん童貞でしょ? わたしも処女だし」


 笑顔でサムズアップする神愛。神聖なる神事を何だと思ってるんだ、と怒ると。


「って、冗談だよ。お兄ちゃんだってホントはやってみたいんでしょ?」

「んなわけあるかっ!」


 ぺろりと舌を出した神愛は、僕の方へと向き直った。


「ねえ、帰り道、近所の神社にも寄って帰ろ? 眞名美先輩の言うとおり早めにわたしを売り込んで来年の予約をしなくっちゃ!」


 そのあと。

 僕は神愛に引きづられ、来年のバイトの約束を取り付けるべく、実家の最寄りの神社を三社も回ることになったのだった。



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