第7話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
姉小路千歳の朝はゆったり。
「んんんんん~っ!」
6時40分、ベッドで大きく背伸びする。
カーテンの隙間から明るい光が差してくる。今日もきっといい天気。
布団を脱けると鏡の前でセッティング。ヘアスタイルよし、リップクリームよし、Bカップよし、永久脱毛よし! 全部神愛の言いつけ通り。だけどこの服装はまだ慣れない。下着のうさぎちゃんはやたら可愛いし、自分の胸元見て自分でドキリとするし、ニーハイ穿いてスカート穿いて鏡を見てまたドキリ―― いやはや、こんなのに慣れたら自分は男として終わるのかも知れない。それでなくても「千歳は女の子みたいね」ってよく言われてたし――
食堂に入るとカウンター越しに寮母さんが笑顔を見せる。神愛はお茶を入れている。
「おはようございます」
挨拶は優雅に堂々と、これも神愛のアドバイス。少し高飛車でお嬢さま風な物言いが「超絶美少女千歳」のイメージに合うらしい。ああ僕、どんどんダメになっていく気がする。
「お姉ちゃんおはよ、今日も綺麗だね。美女力120%アップだよ」
「そ、そうかしら」
寮母さんも見てるし気は抜けない。ぎこちなくても笑顔笑顔!
寮の朝食は和食だ。ご飯に味噌汁、そしておかず。今日のおかずは鮭の切り身と冷や奴、ひじきと豆の煮物、そして野菜のお浸しと味付け海苔が一袋。美味しいけれど量は控えめ。
「神愛は足りるの?」
「十分だよ」
「じゃあその海苔、分けてくれない?」
「うん、いいけど」
僕はご飯のお代わりをして、神愛の味付け海苔で食べる。
「超絶美少女のイメージに合わないなあ。そんなにガツガツ食べちゃ」
「だって、育ち盛りだもの」
「学校でやっちゃ駄目だよ、人の弁当横取ったり」
「しないって……」
食事が終わると寮母さんが用意したお弁当を受け取る。学校には学食もあるんだけど、神愛の中学も弁当だからふたりとも頼むことにした。お弁当は赤い苺柄のお弁当袋に入っている。どう見ても少女趣味満開で量も控えめ。僕は本当に女の子なのかも、と言う錯覚に襲われる。おお、神よ、僕を救い給え。
朝8時、少し早いけど神愛と一緒に寮を出る。
「やっぱお姉ちゃんは朝日より眩しいよ。今日も男たちのハートをズッキンドッキンだね!」
「そんな気はない」
「あんまり男を泣かしちゃダメだよ」
「けどさ、喜ばせたら変態じゃん?」
神愛に愚痴る。
「ま、そうだけどさ。何て言うのかな、上手な距離の取り方ってあるじゃない? お姉ちゃんっておとなしいでしょ? でも言うことはハッキリ言って断るときはキッパリ断らないと薔薇の園になっちゃうよ」
「ちゃんとキッパリ断ってるわよ」
「お友達でいましょう、とか?」
「鏡見て出直してらっしゃい、みたいな?」
「マジ? そのうち殺されるよ」
未練が残らないようハッキリ断れって神愛が言ったんだろ、って思わず口を尖らせる。すると神愛は「まあそうだけど」と空を見上げる。
「でも、まさかあの優柔不断なお姉ちゃんがそんなセリフ吐くなんて。凄い進歩だね」
「何故かしら、この格好で学校に行くとスイッチが入るのよ――」
「ふ~ん、良かったんじゃない?」
そうかも知れない。
もしかしたら、僕は女に産まれた方が良かったのかも。でも忘れちゃいけない、今どんな格好をしていても僕は男なんだ――
「でもそれ、女装したからかな? 案外、違うんじゃない?」
神愛はカバンを後ろ手に持つと、楽しそうに僕の前に躍り出た。
「どういうこと?」
「さあね。じゃ、神愛はこっちだから。お姉ちゃんはあっちだよ。道、迷わないでね!」
「バカにしないでよ、ちゃんと覚えてるわ!」
神愛は右へ、僕は左へ。
見回すと沿道は剛勇の学ランばかり。この先の目立った施設は剛勇しかないから人の流れに従えば方向音痴の僕だって大丈夫。
坂を上り詰めると道は真っ直ぐ平坦になる。塀の向こうは学校の敷地。50mも歩けば正門が現れる。石の門の向こうに見える校庭は早朝から賑やかだった。