第10話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
国道から脇道へ少し逸れるとビリヤード屋さんが見えてきました。
屋根が高い、木材加工の工房みたいなシンプルな建物ですが、中は広くってビリヤードの台がいっぱい並んでいて、おじさん達が玉撞きに興じています。部屋を区切ってダーツもあるし、カウンターがあって洋酒が並んでいる洒落たお店。
10台ある玉撞き台は半分近く空いているのに入り口から一番遠い台に案内されました。
「やったことがあるんなら、取りあえずナインボールをしてみようか?」
ぱ~んっ!
千歳のブレイクショット、玉が勢いよく弾けると深緑の台の上を色とりどりのボールが動き回ります。
「凄い!」
千歳はとても上手でした。フォームもカッコよくってサマになってるし、的球を狙う鋭い目つきに痺れてしまいそう。ブレイクの破壊力だってあたしとは全然違います。千歳がダイナマイトなら、あたしはくす玉。でも千歳は「くす玉はおめでたいね」と笑ってくれます。
「マナだって上手だよ、フォームも綺麗だし」
お世辞を言ってくれるけど、あたしは昔お父さんと2,3回したことがあるだけ。人差し指と親指で輪っかを作って目標を決めて、って、教えて貰ったけど全然上手じゃない……
「キューは軽く握って、もう少し前を持った方がいいかな」
そうそう、玉を突く棒をキューって言うんでした。色々忘れているあたしに千歳は優しく教えてくれます。
「右腕は肘から下だけを振り子みたいに振る感じで…… ほら入った!」
そう言う千歳は何個も何個も続けて玉を入れていきます。
「千歳ってプロみたい」
「僕なんか全然下手だよ、ネクスト出てないし」
穴にズバッと入ったのに不満げな千歳。白い手玉が次の玉を狙いにくいところへ行ってしまったのが不満らしいけど、そんなの欲張りじゃない?
「ダメなんだよ、だってこれ9番を入れるゲームだろ? 続けて取れずに絶好球を渡すくらいなら、入れない方がマシだよ」
今やっているナインボールは黄色い1番の玉から順番に穴に落としていって失敗したら交代、最後に9番を入れた方が勝ち、と言うゲーム。だけどあたしは下手だから、最後の9番以外は好きな玉を落としていいというハンデ付き。しかもあたしの番が来る度に千歳は白い手玉を狙いやすいところへ動かしてくれます。
「マナは筋がいいね、すぐ上手くなるよ」
見え透いたお世辞、でも嬉しい。ああ、あたしって幸せな性格してるかも…… って調子に乗ると真っ直ぐなのに外してしまう。
「惜しかったね。じゃ僕の番だ。えっと…… 6番をサイドバンク」
手玉が当たった6番の玉はクッションに当たってはね返り、真っ直ぐ反対の穴に吸い込まれていきます。まるで手品みたい。
「千歳凄い!」
「いやあ、実はね――」
聞くと千歳はこのお店に何度も来たことがあるのだそう。この付近に千歳のおじいちゃんのお家があって以前はよく来ていたのだとか。
「中学までは月に1,2回来てたんだけど、こんな田舎じゃヒマだろ? で、いつもここで祖父に遊んでもらってたって訳。祖父は玉撞きがとても上手くてさ、僕なんか全然敵わなかった。きっと今も空から見て「千歳の下手くそ」って笑ってると思う」
なるほど、だから千歳はこの辺に詳しいんだ。
「おやっ、千歳くんじゃないか?」
キューを持って歩いてきたのは人の良さそうな白髪のおじいちゃん、彼を見ると千歳は嬉しそうに眉をハの字に下げました。
「あれっ、畑田さんじゃないですか! ご無沙汰してます!」
「元気そうじゃの」
暫し玉撞きは中断です。
あたしは会話に耳を傾けます。
畑田さんはこの店の常連さんで、千歳のおじいちゃんの玉撞き仲間だったのだとか。だから千歳も彼をよく知っていて、畑田さんと一緒に撞いたこともあるのだとか。
「千歳くんも隅に置けないのう、こんな別嬪な彼女を連れて」
「あ、いやまあ……」
ふたりの視線がこちらを向いたので、あたしは慌てて頭を下げました。
「初めまして、遊里です。姉小路くんとは同じクラスで仲良くさせてもらっています」
「姉小路?」
「あ、あはは…… 実は僕のあだ名みたいなもんで……」
あだ名? えっと、どういうこと? 千歳は実は男の人で、理事長先生の息子で……
って、そうか!
あたしは慌てて言い直します。
「そうなんです。北丘くんのあだ名なんです。みんなそう言うからあたしも……」
なんて苦しい言い訳。しかし畑田さんはニコニコして。
「そうかいそうかい。あだ名があるって言うのは人気がある証拠だ」
まるで自分の孫を見るように眉を下げる畑田さんは、あたしの方へも笑顔を向けて。
「ゆっくり楽しんでいってや」
デートの邪魔しちゃ悪いからな、と手をあげ彼は自分の台へと戻っていきました。
2時間近く玉撞きに興じると、お腹が空いたね、とゲームを終えてファミレスへ。ふたり揃って一番安い日替わりランチを注文すると千歳は想い出話をしてくれました。
「さっきのビリヤード屋さん、ダーツの方は別にして、ビリヤードするのっておじさんとかおじいちゃんばっかりで、女の人は滅多に来ないし、若い男の子もあまり見たことがないんだ。だから僕はいつも可愛がってもらってたんだ。祖父とか畑田さんだけじゃなくって色んな人に教えてもらったな。一度お店に来た有名なプロにも教えてもらったことがあるよ――」
なるほど、だから千歳は上手いんだ。的玉が隠れていなければほぼ確実に穴に入れるしフォームだって華麗だし、すごく格好いい。
「連れてきてくれてありがとう」
頭を下げました。千歳が想い出の場所に連れてきてくれたことがとても嬉しくて。でも、千歳はちょっと驚いた顔をします。
「本当に面白かった?」
「もちろんよ」
「実はさ、じゃんけんでビリヤードってなったとき、ちょっと心配したんだ。楽しんでくれるかなって。だって女の人はあまりしないだろ――」
確かに、今日お店にいた女の人はあたしひとりでした。あ、店員さんは除きますね。でも、あたしホントに面白いと思うんだけど、どうして女の人は少ないんだろ? ちょっと練習が必要で難しいからかしら? でも、そんなの何でも同じですよね――
今日の日替わりランチはハンバーグとクリームコロッケ。あたしはパン、千歳はライスでいただきます。
「この付近も大分変わったみたい。このファミレスも、ちょっと前まで畑だったし」
「小さい頃の千歳って可愛かったんでしょうね」
「どうだろうね。でも千歳って名前だから、女の子に間違われることはよくあったな。だから敢えて戦隊ものの服を着たり野球帽を被ったりしてた」
見てみたかった!
タイムマシンがあったら絶対昔の千歳に会ってみたい。
「僕は昔のマナに会ってみたいな」
そう言うと窓の外に目を向けた千歳。国道沿いの広い歩道、そこにも小さなカップルがいました。幼稚園児かしら。小さな手をギュッと繋いでちょこちょこ歩いてやってきます。あたしが小さく手を振ると、にっこり笑ってくれました。