第9話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
日曜日、電車を乗り換えること2回、あたしは各停しか止まらない、知らない駅に降り立ちました。一カ所しかない改札を出ると小さなロータリーがあって、バスが1台待ってます。平屋建ての駅建物にはコンビニがあって、そこが千歳との待ち合わせ場所。
と、コンビニの自動ドアが開きました。
「遊里さん」
「千歳…… さん」
ジーンズに明るい青のブルゾン、そして首には水色のマフラーを巻いた千歳。
よかった。
昨晩手渡したプレゼント、2週間遅れのお誕生日プレゼント、ちゃんと巻いてきてくれたんだ。体育祭とか学園祭で忙しかったけど、コツコツ編んでよかった。千歳は長い黒髪を括って背中に流し込んでいて、胸の膨らみもなくって、男の子に大変身。それでもやっぱり中性的で可愛い印象なんだけど、だけど、確かに男の子。
「これ、本当にありがとう」
「気に入ってくれた?」
「勿論さ。肌触りもいいし、とっても温かいし」
あたしは隣に並んで腕を絡めました。彼は一瞬驚いたけど、ゆっくり歩き始めました。
駅の周辺には銀行とか和菓子屋さんとか、数えるほどのお店があるだけで、少し歩くと畑が見えてきます。一体どこへ連れて行ってくれるのでしょう?
「この辺って何もないだろ?」
気のせいかな、いつもよりちょっと低い彼の声。あたしが「うん」と肯くと、千歳は選択肢を出しました。
「ゲームセンターかボーリングか、それともビリヤードか。どれがいい?」
「千歳のお勧めは?」
「遊里さんが決めてよ」
「じゃあね、じゃんけんしましょう」
「じゃんけん?」
「あたしが勝ったらゲームセンター、千歳が勝ったらボーリング、あいこならビリヤード」
面白いね、と笑う千歳とじゃんけんぽん。
「あいこだからビリヤード、ね」
「わかった」
この辺りは昔、千歳のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたところだそう。だからよく知っているんだとか。
「何もないだろ。でもあっちの国道沿いには色々あるんだよ」
「そっちへ向かってるのね?」
歩き始めると、あたしはまた千歳と腕を組みます。
「こうしてると何だか恋人同士みたいだな」
「だって今日はデートでしょ?」
「……だったね」
畑の道をふたり並んで歩きます。
ドキドキ。
腕に感じる鼓動はあたしの心臓?
それとも……
「千歳さん、街道祭お疲れ様」
「遊里さんこそ」
「ねえ、その「遊里さん」って呼ぶの、何とかならない?」
「遊里さんだって僕のこと、さん付けじゃない?」
「だって」
「だって?」
「ふふふっ」
「はははっ」
一緒に笑いだしました。今日の千歳は男の人、だからあたしは呼び方を変えました。変えた、と言うより変わった、のですけど。でも千歳から見たらあたしは何にも変わってないのに……
「違うよ、だって「わたくし」が「僕」に変わったんだから。意識も変わっちゃうんだ」
「そんなものなの?」
「そんなものさ」
すれ違う人もいない畑の道を、ゆっくり歩きながら思います。
これ、あたしから変えなきゃいけないよね。
「ねえ千歳」
「え、何、あえっと…… マナ」
「特に用はないわ」
「……」
「ねえ千歳」
「何?」
「何でもない」
今日はおめかしして、可愛いキュロットにちょっとだけヒールがあるパンプス。歩きやすい格好でって千歳には言われたけど、そこは初めてのデートだし譲れないところです。お気に入りのベージュのパンプスでどんどん歩いて行くと、やがて広い6車線の国道に出ました。車もバンバン行き来して、道沿いには建物がズラリと並んでいます。ファミレスもあるしホームセンターもあるし、工場も大きなオフィスビルもあります。歩道も広くて、でも歩いている人はとても少なくて、多分この辺の人は車で移動するんでしょう。
「ねえねえ彼女たち! 一緒に遊ばない?」
突然声を掛けられました。コンビニの前、大学生風の二人組です。背の高い茶髪のイケメンとぽっちゃり中背の男子。どちらもちょっと目つきが悪い。
「俺、男だけど?」
スッとあたしの前に立った千歳。いつもの如く堂々と相手を見返します。しかも「俺」ですって。さっきまで自分のことを「僕」って言ってたのに、粋がっちゃって。
「えっ? 女の子じゃないの?」
驚くふたりに千歳はない胸をドンと叩きました。
「こんなツルペタぺったんな女の子なんていないでしょ?」
ポカンと口を半開きにする男ども。
「行こう」
あたしの手を取って歩き出した千歳、それはもう堂々として凛々しくて思わず惚れ直しちゃいます。言い寄る剛勇の男どもを冷たく突き放してきた、あの千歳がここにいます。
「ごめんね、僕が女っぽいからこんな目に遭わせて」
「ううん。守ってくれて、嬉しい」
「やっぱり僕って、女に見えるんだね」
あたしが編んだマフラーがちょっと可愛かったせいかも知れません。ブルゾンもジーンズも男物だし。でも、細いストレートのジーンズは痩身の千歳によく似合っていて、遠目にはボーイッシュな女の子って勘違いされるかも。顔だって小さくて綺麗に整ってるし。勿論いつも人工的に作っているBカップはペッタンコで、そこはどう見ても男の子ですけど。でも、発育が遅めな子だっていますし、上着も着てるから――
な~んて、思ったことをそのまま言ったら、千歳はショックを受けるかも知れません。
「大丈夫、女の子にはみえないわよ。美少年、って感じかな」
「……やっぱ複雑な気分だよ」