第7話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
嵐みたいな一日が終わった。
僕はベッドにどっかと身を預けると天井を見つめる。
ふう~っ
色々トラブルはあったけど、学園祭は上手くいったと思う。少なくとも僕の役目は果たせたんじゃないかな。来年度の志願状況も順調だと言うし、この調子でいけば目標は達成出来そうだ。勿論、気を抜いちゃいけないけど、今日も三崎さんが取材に来てくれて、また雑誌に載せてくれるという。三崎さんの記事は面白くて、上手に魅せてくれるからとても楽しみ。思わず顔が綻んじゃう。
体の向きをごろりと変えると窓の外には半分の月。僕は来年の剛勇学園に思いを馳せる。
桜が咲き誇る中、校門をくぐるたくさんのセーラー服。みんな笑顔でお喋りなんかしながら校舎へと吸い込まれていく。そんな彼女たちを並んで出迎えるマナとサリー。その中に僕はいない。僕だけは離れたところからその様子を見ている。いや、僕は剛勇をやめない、そう決めた。マナを引き留めたのはこの僕だ、卑怯な真似はしたくない。だけど瞼に浮かぶ学園風景に僕はいない。校舎の外のどこかから、そんな様子を眺めている……
「お姉ちゃん、入っていいい?」
ノックに続いて聞こえたのは神愛の声。返事をするとドアが開きピンクのシャツが現れた。
「なに? こんな時間に」
「あのさ、お姉ちゃん」
寮の中で神愛は僕を決してお兄ちゃんと呼ばない。その辺は徹底している。しっかりしてるし頭も切れるし、来年の副会長はこいつがいいかも―― そんなことを思っていると神愛はベッドに座る僕の前に立った。
「お姉ちゃん、春からまた元の学校に戻るの?」
「えっ? 戻らないよ」
「でもお母さんは手続きしてるって言ってたよ」
「え?」
元の学校。
それは僕が中学卒業まで通った学校のことだと思う。中高一貫の男子校、かなり有名な進学校。剛勇なんかよりよほど名は通っている。だけど今更戻れるのだろうか?
「編入試験はあるらしいけど、お姉ちゃん勉強優秀だったんでしょ? お母さん全然心配してないみたいだよ」
いいながら彼女は僕の横に腰掛ける。
「ちょっと待って。ぼく、いやわたくしはそんなつもりはないわ」
「だけど、元々1年の約束でしょ?」
「生徒会副会長にもなったんだよ」
「だからってやめちゃいけないってことないよね。理事長、気にしてなかったよ」
「でも……」
「千歳は十分以上に役目を果たしたし成長したって、褒めまくりだったよ」
「ちょっ、そんな勝手な!」
立ち上がりスマホを取ると電話を掛ける。
だけど出ない。
「SNSにメッセージでも流しておいたら?」
そうね、と神愛に応えると来年も剛勇に残る意志を書き殴り送信する。
「でもさ、お姉ちゃんは十分に役目を果たしたと思うよ」
「使うだけ使って、使命を終えたらハイお終いって、そんなこと教育者のすることじゃないだろ?」
「そうかな、わたし理事長の気持ち、ちょっと分かる気がするよ」
神愛は立ち上がりタンスの上に目をやる。
「眞名美先輩が作ったピンクのエプロン、かわいいね」
そう言えばデートの行き先、まだ決めてない。
「理事長はね、帰国子女の転入受け入れも考えてるみたい。ちょっとずつ賑やかになるかもね」
「……」
言いたいことを言うと神愛は部屋を出て行く。
分かってはいた、学園祭が終わったら冬、そして来年の入試。
無理矢理やらされたこんな役目も、いざ終わりに近づくと寂しいものだ―― ううん、違う。わたくしはまだ続ける。マナを引き留めた責任があるから……
僕はまたベッドにごろんと体を預けると窓の外に月を見た。