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第5話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 体育館に入ると立ち見の人をかき分け前へと進む。マナは僕の後ろから付いてくる。写真部と新聞部が陣取る前方の特別エリアからこっちにおいでと野郎どもの声がする。僕はツンと澄まし無視して進む。マナは彼らにごめんごめんと愛想を振りまいてそれでも僕に付いてくる。一番前、舞台の脇辺りまで来ると振り返り審査員席を見た。去年優勝した浜岡先輩、食堂のおばさん、PTA会長のおじさん、雑誌編集の三崎さんも招かれていた。勿論、教頭先生と学園長の姿もそこにある。怪しい。絶対に怪しい。犯人は絶対あいつだ―― そう思って母の手元に目を向ける。


「何怖い顔してるの?」


 マナの声と同時に学園長もこっちを見た。「まあ」と驚いた顔をしたのは、僕が母を睨みつけていたからだろう。しかし、次の瞬間容疑者は口角を上げてニヤリと笑うと、手元のノートから白い板を取り出して顔の辺りでヒラヒラと振ってみせた。見間違えるはずがない、劇の最中に行方不明になったアクリル板だ。


「あのバカ学園長~っ――」


 大声で怒鳴りたいところを何とか小声に押しとどめる。それでもマナには丸聞こえだったようで、彼女の手が僕の袖を掴んだ。


「あれ、どういうこと?」

「こっちが聞きたいよ」


 いや、予想はついていた。母はアクリル越しのキスに不満を持っていた。以前、劇の練習を盗み見た母は「男らしく劇中のキスくらい堂々とやりゃあいいのに」とぼやいていたのだ。だからってあんな強硬手段に訴えなくても―― 怒りに震える僕に、マナは落ち着いた声で語りかけてくる。


「学園長先生って、お茶目ね」

「お茶目じゃ澄まないわ。悪よ、悪のデパートよ、悪のスーパーマーケットよ!」


 その悪の大安売りな学園長は審査員席という最前列の特等席に飾られていて、今は文句を言いにいける状況にはない。大声で怒鳴ってやれば聞こえるだろうが、既にミス剛は始まっている。さすがにショーを台無しにするのはまずい。


 鼻息荒く押しかけてきたものの、ここはひとまずクールダウン。マナにポンと肩を叩かれた僕はこくりと肯くと一緒に後方の開いたスペースに移動しステージに目を向けた。今年が最後のミス剛勇コンテスト、壇上では生徒会長がニキビ面を真っ白に塗りまくってセーラー服姿を晒している。スカートがあり得ないくらいに短いのは狙ったからか? そこから伸びる浅黒く短い足。黒いニーソとの間に出来た絶対領域が夢に出てきそうで直視できない。それなのに内股にしてしなを作り、会場にお色気アピールする築城先輩。完全にウケだけを狙っている。


「面白いね、築城会長。ああいうとこが人気なんでしょうね」

「そうね」


 彼はいつも等身大。決して美男子でもなくスタイルもいい訳じゃない。でも、そのままの自分をさらけ出して、時には自分の欠点で笑いを取る。話していても肩肘張った感じがなくて何だか安心できる人だ。


「でもあたしは千歳が一番だと思うわ」

「ええっ?」


 僕の手に温かい手が触れる。ちょっとだけ躊躇ったけど、その手を握った。細くて柔らかいマナの手。


「いよいよ明日ね?」

「あ、ええ。遠くの街に一緒に、だったわね」

「千歳はどこがいい?」


 脳裏に京都のお寺や神戸の中華街、姫路の城が思い浮かぶ。


「あたしはどこでもいいよ。知らない駅で途中下車でも。剛勇生の目もない所ならどこだっていいわ」


 頭の中からデートスポットのイメージが閉め出され、代わって何故か僕が通っていた中学近くの商店街が脳裏を過ぎった。


「どこでも?」


 そう問いながらもマナの意図に感づいた僕は真意を確かめるようにその黒い瞳を覗き込む。


「だってデートでしょ?」

「……女同士で?」

「女同士?」


 思わず頭を抱えた。

 遠くの、剛勇生のいない街でデートをしたい、それは周囲の目がないと言うことだ。女装の必要がないと言うことだ。

 マナの願いは嬉しくもあり怖くもある。今は男にモテモテだけど元の僕は彼女いない歴16年のチェリーボーイなのだ。彼女のことを想うと胸が高鳴る理由を僕は素直に認めざるを得ない。ハッキリ言うと一目惚れ。彼女のことが大好きだ。それなのに彼女の友だち役として男を捨てて毎日我慢して頑張ってきたのだ。男に戻ってマナとふたりの時間を過ごせたら―― 毎晩そんな夢想をしてきたのだ。だけどそれは恐ろしいことでもあった。


 もしも彼女に嫌われたら――


 中学時代の僕は友だちも少ない孤独なぼっちだった。勿論、女友達なんて皆無。それは通っていた中学が男子校だったことも関係あるのだけれど、それでも女の子と言うと妹の神愛としか会話したことがないような原始草食系男子だったのだ。そんな僕にマナを楽しませるデートが出来るのか? ハッキリ言って自信がない。女の僕はモテるかも知れないけど、男の僕が女の子にモテるなんて自信はこれっぽっちもないんだ。


「がっかりするかもよ」

「どうして?」

「楽しくないかも」

「そんなこと絶対にないわ」


 だけどマナは明確に否定する。


「それとも、千歳はあたしと一緒じゃ楽しくないのかな?」

「そっ、そんなことないわ、絶対にないわよ!」


 思わず大きな声を出してしまい周囲の視線を浴びてしまった――

 壇上では変わらず変装した野郎どもが迫力ある女装姿を披露している。


「そうだわ、朝のマナの後輩が会いたがってたけど?」

「大丈夫です、あのあとお話ししましたから。うちの女装喫茶にお客さんとして来たの」

「ねえ、マナってテニス凄く上手かったんでしょ?」

「もう、そんなのお世辞よ」


 プイと顔を逸らしたマナは舞台へと視線を戻した。



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