表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/109

第4話

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 拍手とコールと指笛が止まらない。

 僕たちはラインに並んで右に左にそして正面にと頭を下げる。

 劇は成功した、のだろうか……


 王女さまが街の若い娘にキスをして回るという変化球の「シンデレラ?」は文芸部や演劇部による渾身の脚本と演出、そして熱血指導もあって爆笑に次ぐ爆笑の連続。それどころか最初シンデレラがいじめ抜かれるシーンでは泣いている人さえいた。演じた僕も胸のすくような快感に自然と笑みが零れた。だけどアクシデントもあった――


 僕は幕が下りると真っ先に築城先輩に頭を下げた。


「ごめんなさい、あんなことになって……」




 劇の終盤、シンデレラを探して街に出た王女は若い娘達とアクリル越しのキスをする。そしてシンデレラの家を訪れた王女は意地悪な姉役の西園寺くんとサリーともキスをするのだが、西園寺くんとアクリル越しキスをしたあとにそれは起きた。


「アクリル板がなくなったわよ」


 囁くように呟いたサリーは僕を見上げて目を閉じた。長い睫に桜色の唇、でも今は劇の真っ最中、しかも彼女の後ろにはシンデレラも控えているというクライマクスへ続く重要な場面だ、ここでみっともないことは出来ない。しかも―― 今の僕と彼女は女と女、果たしてこのような場面での女性同士のキスというのがどの程度の重みを持つのか、僕には良くい分からないけど男と女でないことは確かで、しかもサリーはもうアクリルなしで口づける気満々。ここはそのまま突っ切るしかない―― そう僕は判断した。



 うおおおお~っ!



 これまでアクリル板越しキスを続けてきた観客は「本物キッス」に大きくどよめき、歓声が沸き起こった。サリーの柔らかな感触に感じ入る暇もない。これは女と女、いや本当は男と女なんだけど、でも、あくまで劇の中でのこと、ドキドキと騒ぎ立てる乱れた心を何とか落ち着ける。


 しかし、観客は許してくれなかった。



 な~ま、な~ま!



 ビールの注文ではない、場内から割れんばかりの「生キス」コール。次こそこの劇のクライマクス、王子さまならぬ王女さまとシンデレラのキスシーンなのだ。意地悪な姉と唇を合わせておいてシンデレラとはできないなんてあり得ない―― そんな趣旨のヤジが乱れ飛ぶ。


 勿論、冷静な築城先輩はポケットに手を突っ込み、白いアクリルの板を―― と、彼の顔色が変わった。


「ない……」


 珍しくオロオロ周囲を見回す築城先輩、僕は覚悟を決めて力強く肯いた。

 そしてふたりは熱い口づけを交わす――




 劇での出来事を思い出したのか、小声で詫びた僕に先輩の頬は真っ赤に染まった。


「な、何言ってるの姉小路さん、謝るのはこっちだよ、アクリル板がなかったのは僕の所為だ。演劇とは言えあんなことになっちゃって。ああもう、今でも胸がドキドキしちゃってダメだ、いやもう今晩は眠れないよ――」

「もう、築城先輩ったら」


 ホントは男同士なんだけど、それは知らぬが花だろう。


「でも、確かにアクリル板は入れておいたはずなんだけど……」

「アタイもわよ、絶対右のポケットに入れたのわよ。確認したわよ、おかしいわよ」


 ふたり揃って同じ事を言う。もしかしたら誰かがイタズラしたのかも知れない。けれどそんなことをする人は楽屋にいなかったはず、なんだけど。

 ともかく、このアクシデントの所為で劇は予想以上の盛り上がりを見せた。


「あ~あ、俺もアクリル無くせばよかった」


 さも残念そうなのは西園寺くん。


「その時は記憶も無くしてあげますわ」


 ってか、築城先輩とのことも僕の記憶から綺麗さっぱり消し去りたい――


「次、ミス剛出場者、入りま~す」


 舞台袖の控え室にミス剛勇コンテストの出場者達が入ってきた。生徒会劇に出演した女性陣は本館に用意されている着替え室へと向かった。


「応援、よろしくな」


 引き続きミス剛にも出場する築城先輩はそのまま舞台袖に残る。僕はまだ茹で蛸状態の先輩に頭を下げて体育館をあとにした。


「生徒会長、顔真っ赤だったわよ」

「そりゃあ姉小路さんと濃厚にあんなことしたんだもんな。あ~あ、先輩だけずるいなあ~っ」

「アタイもしたわよ?」

「サリーちゃんは女だろ、だから別に羨ましくないけど」


 サリーと西園寺くんの会話に口を挟む気にもなれず、聞こえないふりをして歩く。マナはさっきから「う~ん」と考え込んだまま。


「どうしたのよ、マナ」

「いや、アクリル板の件。誰がどこに持って行ったのかなあ? って――」


 確かに不思議だ。サリーだけじゃなく築城先輩も絶対ポケットに入れたはずと言う。控え室にいたのは出演者と衣装メイクを担当してくれた演劇部員だけ。あとは司会の放送部員と発破を掛けに学園長が出入りしただけ………… って、待てよ。いるじゃないか怪しい人物が!


「分かったわ」

「何が分かったの千歳。急にポンと手を打ったりして」


 いけない、つい脳内が口を突いて出てしまった。


「いやその、何でもないわ」

「……」


 ジト目で睨まれた気がするけど冷や汗を隠して話題を変える。


「着替え終わったら一緒にミス剛を見に行きましょうか? 最初で最後のチャンスだし」

「ええ勿論そのつもりよ。サリサリもね」


 僕らの前を歩くサリーは上機嫌で西園寺くんとの会話に夢中だ。どうやらミス剛で誰が優勝するかで盛り上がっているようだ。僕ははやる気持ちを抑えて着替えを済ませると、ミス剛が行われている体育館へと舞い戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、ご感想、つっこみ、お待ちしています!
【小説家になろう 勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ